デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
3款 日印協会
■綱文

第36巻 p.69-75(DK360031k) ページ画像

大正15年5月2日(1926年)

是日、当協会事業拡張資金募集勧誘ノタメ、副会頭大隈信常、京阪地方ニ赴ク。栄一書ヲ発シテ之ヲ援ク。


■資料

渋沢栄一書翰 斎藤恒三宛 大正一五年五月一日(DK360031k-0001)
第36巻 p.69-70 ページ画像

渋沢栄一書翰 斎藤恒三宛 大正一五年五月一日 (斎藤恒三氏所蔵)
拝啓、爾来御疎情ニ打過候得共賢台益御清適之条奉賀候、然は此一書を以て特ニ懇願いたし候ハ今般日印協会に於て基金設定之必要有之、東京・大阪等ニ於て印度ニ関係ある向々に拝願し特別之御寄附金懇請致、東京ニてハ御取極被下候方々も有之候ニ付、貴地方有力家へ拝請之為此度大隈侯爵及副島常務理事両三日中《(専カ)》ニ出立貴地へ参上仕候、就而ハ貴方各位之勧誘ニ付而ハ何卒賢台ニ於て別而御斡旋被下、第一賢台御担当之東洋紡績会社に於て従来之御縁故上一段之御奮発被成下度候、尚東京ニて之振合等ハ副島氏申上候筈ニ候得共、老生義ハ特ニ貴会社との旧縁も有之、現ニ協会ニも重要之関係を有し候旁、折入而御願申上候義ニ御坐候、尚書外侯爵及副島氏より陳上之筈ニ御坐候、右可得貴意匆々如此御坐候 敬具
  大正十五年五月一日
                      渋沢栄一
    斎藤恒三様
        玉案下
 尚々本協会に於ても印度ニ対する通信事業又ハ通商関係等ニ付而も
 - 第36巻 p.70 -ページ画像 
其後種々微力を致居候、右等も副島理事より御聞取被下度候也
大阪市北区堂島浜通二ノ八 東洋紡績株式会社 斎藤恒三様 至急拝願
渋沢栄一


日印協会書類 (一)(DK360031k-0002)
第36巻 p.70 ページ画像

日印協会書類 (一)           (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
益々御清適奉賀候、陳者小生先年大隈老侯の後を承け会頭の任に当り居候日印協会の事業拡張に関し、同協会専務理事副島八十六氏参上致候間、御多忙中恐縮に候へども何卒御引見の上事情御聴取り、何分の御援助を賜り度願上候、右御紹介申上度如斯御座候 敬具
  年月日
                      渋沢栄一
 宛名 斎藤恒三氏、菊地恭三氏
    武藤山治氏、谷口房蔵氏
    児玉一造氏
   ○右紹介状ハ大正十五年二月ノ交ニ副島単独ニテ大阪地方ヘ出張シタル時ニ与ヘラレタルモノナリ。(副島八十六談話)


日印協会書類 (一)(DK360031k-0003)
第36巻 p.70-71 ページ画像

日印協会書類 (一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十五年五月六日
                     日印協会
    子爵 渋沢会頭殿
拝啓愈々御清適奉賀候
陳者過日会務を帯び阪神地方へ西下の副島理事より左記の情報有之候に付、不取敢御通報申上候
 ○五月四日午後七時着電
  喜多、堀両氏の大骨折と大隈副会頭の奔走にて色々の集会ある筈形勢よくなる見込、委細文 副島
 ○同六日正午到着書状(五月五日朝認)の大意は
  去三日着阪後喜多、堀両理事及日本棉花同業会の入江等の斡旋尽力にて諸般の準備を了し、更に神戸に赴き金子理事及会員別所幸吉氏と会合協議の結果、五日以後大体左記の行動を取ることに予定し居れり
一、四日 午前中大隈侯副島理事同伴、大阪に於ける紡績・棉花関係者十余氏を訪問せし処、二・三の不在者を除く外は皆面会の上懇談をなし得たり
一、五日 正午大阪ホテルに於て午餐会。出席の旨通報ありしもの五
 - 第36巻 p.71 -ページ画像 
十余名。
一、同日晩 大隈侯の名を以て有力者四十余名を平野町阪卯楼《(堺卯楼カ)》に招請し、神戸より金子・岡崎両理事も参加の事に決し案内状を発送せし処、二十余名来会の回答ありたり。
一、同日晩 更に喜多理事の好意にて右会合の中より最有力者数氏を南地大和屋に送り懇談を重ぬる筈
一、六日 大日本紡績聯合会側の招請にて大阪倶楽部に午餐会
一、八日、九日 大隈侯は名古屋に於ける早稲田大学の校友会に臨席せらる筈、副島理事は滞阪
一、十日夜 神戸に於て金子、岡崎両理事の斡旋にて晩餐会を開く、大隈副会頭は名古屋より再び引返して列席の筈
一、十一、十二日 神戸に滞在
一、十三、十四日 大阪に滞在
一、十五日 帰京の予定
     以上


日印協会書類 (一)(DK360031k-0004)
第36巻 p.71 ページ画像

日印協会書類 (一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十五年五月十二日午前九時半発電
 京都府下下鴨蓼倉町八沢井方
  副島八十六
毎日の報告により貴方策動の機敏なるを承知し御苦労の程感謝す、副会頭にもよろしく御伝へ乞ふ
                         渋沢


集会日時通知表 大正一五年(DK360031k-0005)
第36巻 p.71 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
五月廿三日 日 午前九時 副島八十六氏来約(飛鳥山邸)
   ○右ハ資金勧募ニ関スル報告ヲナセルモノカ。


渋沢栄一書翰 阿部房次郎宛 大正一五年八月一二日(DK360031k-0006)
第36巻 p.71-72 ページ画像

渋沢栄一書翰 阿部房次郎宛 大正一五年八月一二日 (阿部房次郎氏所蔵)
○上略
更に一事御願申上候ハ、先般日印協会基金募集之義ニ付大隈侯爵及副島理事貴地ニ罷出候際にも、貴会社応募之金額ハ是非とも東京に於る大会社之寄附金と同額に迄御奮発被下候様切望いたし候共、未た御同意を得す其儘に相成候由、就て副島被申聞にハ本会懇願之要点ハ前陳之通に候も満足之御許容を得難しとせハ、せめて更に五千円御増し被下合計金壱万円と被成下度と鄭寧反覆請願有之候ニ付其儘伝達仕候、幸ニ御許容被下候ハヽ老生ニ於ても感謝此事に御坐候、右書中可得貴意如此御坐候 敬具
  大正十五年八月十二日
                   伊香保客舎に於て
                      渋沢栄一
    阿部房次郎様
        玉案下
 - 第36巻 p.72 -ページ画像 
 尚々老生義本月三日より避暑之為メ伊香保温泉ニ転地仕候、尤も本月末にハ帰京之積ニ候、乍序申添候也
   ○東洋紡績会社ノ申込金額ハ一万円トナレリ。後掲「日印協会会報」第三九号参照。


(阿部房次郎) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一五年)八月一九日(DK360031k-0007)
第36巻 p.72 ページ画像

(阿部房次郎) 書翰 渋沢栄一宛 (大正一五年)八月一九日
                    (渋沢子爵家所蔵)
○上略
日印協会寄附之事先般大隈侯爵・副島君御来阪御懇談之次第あり種々斡旋致候も、当地同業者之意向之れに添ひ不申甚だ汗顔に存候、又重ねて御念書に接し恐縮に存、弊社壱万円出金之事は承諾仕候得共、本件に付き他同業者と話合い候次第もあり旁一応其向きに相話し、然る上出捐之事に致度候間、此義何卒御含み置被下度候
○中略
  八月十九日
                      阿部房次郎
    渋沢子爵
       搨下
上州伊香保 木暮第二別館方 渋沢栄一殿 御直披 (消印・一五・八・一九)
八月十九日 封 兵庫県武庫郡住吉村 阿部房次郎


日印協会会報 第三八号・第一二〇―一二一頁 大正一五年八月 会務記事 大隈副会頭間島副島両理事の関西出張(DK360031k-0008)
第36巻 p.72-74 ページ画像

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日印協会会報 第三九号・第一二〇―一二一頁 昭和元年一二月 会務記事 本会事業拡張計画に就いて(DK360031k-0009)
第36巻 p.74-75 ページ画像

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