デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
13款 社団法人国際聯盟協会
■綱文

第37巻 p.278-283(DK370071k) ページ画像

昭和5年3月10日(1930年)

是日栄一、当協会会長トシテ、国際聯盟事務局次長杉村陽太郎ヲ飛鳥山邸ニ招キ、当協会ノ委嘱ニヨリ各地ニ於テ国際聯盟ノタメニ講演ヲナセル労
 - 第37巻 p.279 -ページ画像 
ヲ謝ス。


■資料

国際聯盟協会書類(四) 【(別筆・朱書) 廃案 (会長より杉村次長への謝状案)】(DK370071k-0001)
第37巻 p.279 ページ画像

国際聯盟協会書類(四) (渋沢子爵家所蔵)
(別筆・朱書)
廃案
    (会長より杉村次長への謝状案)
拝啓、春寒料峭の候益御清栄奉賀候、然ば先般御帰朝匆々の東京朝日講堂に於ける大講演を始とし、在京各学生支部・地方支部、並に各地学生支部に於て弐拾余回に渉り御講演下され、且本会諸雑誌を通じて国際聯盟に関する、最新該博なる知識と熱烈透徹なる聯盟精神を徹底せしめられ候のみならず、機会ある毎に本協会の為め、不一方御高配被下候義、真に拝謝の至に御座候
予て御承知の如く本協会は、聯盟精神普及の為、不断の努力を致居候得共、事志と違ひ前途遼遠の憾有之候に就ては、今回の御高配は真に絶大の援助に有之、本協会の目的達成の為に多大なる好刺戟を与ふるものとして、ひたすら拝謝罷在候義に有之候
不日御帰任の途に就かるゝ趣、拝聞致候に付ては、一路平安御着任の上益聯盟の為、御尽瘁被下度希望仕候と共に、本協会一同の深謝の意を表し度、書中如此御座候 敬具
            国際聯盟協会
                会長 子爵渋沢栄一
   (別筆・朱書)
   右と同一趣旨を以て、子爵自身起案執筆の筈なりしが、微恙全癒に不至、遂に実現せざりき、然し昭和五年三月十日、杉村氏を飛鳥山邸に招き、親しく謝意を表せられ、又謝金参百円並ニ手書論語、大学、赤壁賦を進呈せられたり。
   ○右論語他二篇ハ栄一手書ヲ写真複製版トナセルモノナリ。


国際メール 第四六号・第二丁昭和四年一一月一〇日 杉村聯盟次長講演日程(DK370071k-0002)
第37巻 p.279 ページ画像

国際メール 第四六号・第二丁昭和四年一一月一〇日
(謄写版)
    ◎杉村聯盟次長講演日程
(聯盟協会の依頼にかゝる部分)
十一月七日 (木)午后六時朝日講堂「時代の進運と国際聯盟」
十一月八日 (金)ラヂオ
十一月九日 (土)ラヂオ
十一月十一日(月)午后六時半朝日講堂「大和民族の世界的使命」
十一月十二日―十三日 先約
十一月十四日(木)午后三時明治大学「建設か破壊か」
十一月十五日(金)正午貴族院「国際政局の趨向」
十一月十六日(土)午后三時日本女子大学「国際関係の合理化」
十一月十八日(月)午后三時慶応義塾「関税休戦と汎ヨーロツパ」
十一月十九日(火)午后一時文理科大学「強国か大国か」
十一月二十日(水)午后三時東京帝大「現代に於ける国際政治の指導者」
十一月廿一日(木)午后三時早稲田大学「軍縮問題の解剖」
(其の後は訪支の予定)
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国際メール 第四八号・第三―四丁昭和四年一二月一〇日 杉村聯盟次長の鎮西講演(DK370071k-0003)
第37巻 p.280 ページ画像

国際メール 第四八号・第三―四丁昭和四年一二月一〇日
(謄写版)
    ◎杉村聯盟次長の鎮西講演
 一時帰朝中なりし、国際聯盟事務次長杉村陽太郎博士は、帝都を中心とする各所の講演を終へ、支那訪問に向ひたるが、其途次九州に立寄り、各所の講演会に臨まれた。即ち、
 福岡市仏教青年会館に於ける九大支部主催の国際講演会は、満場の聴衆に向つて始終熱と誠意とを以て、一人一人に話しかけるといつた演説ぶりにて、一寸一分のすきもなき謹聴ぶり、会場の門前には氏の出で来るを待つ群集、つめ寄せると云ふ有様であつた。講演は協会大熊真氏の「国際聯盟協会の事業」に始まり、杉村博士の「我国民の世界的使命」であつた。
 長崎に於ける同博士講演会は、長崎高商にて開催、聴衆は高商の学生、市内中学校上級生、中等学校々長等にて満堂、杉村博士は「我が商業の世界的進出」と題する講話あり、午后七時より県支部主催にて市内青年会館にて講演会開催、一、「開会の辞」木村高商校長、一、「世界と日本」杉村博士、一、「閉会の辞」松尾孫八氏。前後を通じ聴衆の質何れも良く、西日本に於ける聯盟思想の進出に一大効能ありしを信ぜらる。


国際メール 第四八号・第七―一〇丁昭和四年一二月一〇日 協会日誌(十一月)(DK370071k-0004)
第37巻 p.280-281 ページ画像

国際メール 第四八号・第七―一〇丁昭和四年一二月一〇日
(謄写版)
    ◎協会日誌(十一月)
 七日 東京朝日新聞社後援の下に、朝日講堂に於て杉村次長の講演会を開く、山川博士・米田博士の挨拶に次いで、杉村次長は「時代の進運と国際聯盟」なる演題にて、二時間に亘り講演。
○中略
 八日 JOAK国際講座に於て杉村次長の「世界と日本」第一講。
○中略
 九日○中略
 JOAK国際講座に於て杉村次長の「世界と日本」第二講。
  ○中略。
 十一日
  ○中略。
 十四日○中略
 十五日○中略
 十六日○中略
 十八日○中略
 十九日 ○中略
 二十日○中略
 二十一日 ○中略
 二十五日 ○中略
大阪支部主催の下に杉村次長講演。
 - 第37巻 p.281 -ページ画像 
 二十六日 ○中略
大阪支部及び大阪自由通商協会主催の下に、杉村次長関税問題につき講演。
 二十七日 ○中略
九州帝国大学学生支部は、福岡県社会教育協会と共同主催にて、講演会開催、講師杉村次長「国際聯盟と日本《(我国民の世界的使命ト訂正セルカ)》」、藤沢教授。
 三十日 ○中略
長崎高等商業学生支部は午後、長崎支部は夜、杉村次長を招き夫々講演会を開く。


国際知識 第一〇第二号・第一三二頁昭和五年二月 ○聯盟の活動 杉村次長の動静(DK370071k-0005)
第37巻 p.281-282 ページ画像

国際知識 第一〇第二号・第一三二頁昭和五年二月
 ○聯盟の活動
△杉村次長の動静
杉村聯盟事務次長の其の後の動静は、左の如くである。(一九二九年末迄)
十一月二十一日 同志社同窓会にて講演
   二十二日 午前日本青年団にて講演、夜東洋協会にて講演
   二十四日 東京発
   二十五日 国際聯盟協会大阪支部講演会
   二十六日 大阪自由通商協会々員と午餐を共にし、講演
   二十七日 夜福岡市にて講演会
   二十八日 戸畑明治専門学校にて講演会
   三十日  午後長崎高商にて講演会、夜国際聯盟協会支部主催にて講演会
十二月五日   午後上海同文書院にて講演会、夜上海日本基教青年会にて講演会
   七日   昼上海一高会にて談話、夜中日聯誼会にて講演
   八日   夜上海本邦貿易業者を中心とする団体にて会食、後講演
   九日   昼パン・パシフイク・ソサエテイ(日支欧米人より成り、京都太平洋会議に参加したる各国代表者も数多列席)にて講演
   十日   三井物産其他上海に於ける本邦商館員のため講演
   十二日  午後上海ロータリー倶楽部(日支欧米人を網羅)にて講演、夜学士会にて講演
   十三日  午後上海に於ける学者・平和論者等と会食後談話、夜講道館員の会合で講演
   十六日  大連満鉄幹部に談話
   十九日  大連ロータリー倶楽部に於て講演
   二十日  満鉄会館に於て講演
   二十一日 大連基教青年館にて講演
   二十三日 鞍山製鉄所にて講演
   二十六日 安東にて講演会
   二十七日 京城国際親和会にて講演
 - 第37巻 p.282 -ページ画像 
   三十日  東京著


国際メール 第五二号・第二丁昭和五年二月一〇日 杉村陽太郎博士消息(DK370071k-0006)
第37巻 p.282 ページ画像

国際メール 第五二号・第二丁昭和五年二月一〇日
(謄写版)
    ◎杉村陽太郎博士消息
国際聯盟次長にして政治部長を兼ぬる杉村博士は、昨年末支那訪問より帰りて以来、国際聯盟に関する講演其他に日も足らぬ有様であつた。一月中同博士の動静を顧みるに、
一月八日=宮内省にて宮内大臣以下に講演。
  九日=内務大臣に面談。
  十日=午後霞ケ浦航空隊にて講演、同夜嘉納塾同窓会にて講演。
 十一日=外務大臣茶会に出席講話。
 十四日=京浜実業家新年会にて講演。
 十六日=東京府・市・区会議員及府市高級吏員に講演。
  廿日=各省・大銀行・会社首脳部(次官・専務取締役等)に講演。
 廿二日=東京弁護士・医師等自由職業に従事する少壮者の会合にて講演。
 廿三日=午後 天皇陛下に進講、夜李王殿下に進講。
 廿五日=文明協会にて講演。
 廿七日=自由貿易協会にて講演。
 廿九日=外務省次官以下局課長に講演。
  卅日=法理研究会にて講演。


国際メール 第五四号・第二丁昭和五年三月一〇日 杉村次長二月中の動静(DK370071k-0007)
第37巻 p.282 ページ画像

国際メール 第五四号・第二丁昭和五年三月一〇日
(謄写版)
    ◎杉村次長二月中の動静
 国際聯盟次長杉村陽太郎博士が昨年十月帰朝以来、各方面とも直接博士より国際聯盟に関する講話を聴かんとするもの、日も足らぬ有様であるが、近く寿府に帰任さるべく、今其の二月中に於ける講演、其他を列挙すれば、
 二月一日=商科大学、三日=聯盟協会外人部、四日=学習院、五日=工業倶楽部(聴講者三井・三菱・日銀・正金等、東京一流銀行家約二十名、講演後長時間に亘り質問応答)、六日=午后東京高等商船学校、夜聯盟協会理事会にて、七日=名古屋経済会、八日=名古屋放送局にて講演放送、十二日=竜門社(渋沢子爵を中心とする実業道徳涵養の為めの団体)、十四日=自由学園、十七日=日本貿易協会、十八日=華族会館、十九日=講道館員に、廿一日=午后枢密院・貴衆両議院、教育界、実業界等の巨頭連より成る金曜会、夜学芸協力委員会、廿二日=日本赤十字社、廿四日=東京倶楽部、廿五日=商工会議所全国大会、廿六日=海軍将官より成る会合(出席者約百名)、廿七日=陸軍省及陸軍首脳部の会合、廿八日=大蔵省にて講演。以上。
   ○竜門社ニ於ケル杉村ノ講演速記ハ「竜門雑誌」第四九八号(昭和五年三月)「竜門雑誌」第四九九号(昭和五年四月)ニ掲ゲラレタリ。
 - 第37巻 p.283 -ページ画像 

国際知識 第一〇巻第四号・第一三〇頁昭和五年四月 ○聯盟の活動 雑録(DK370071k-0008)
第37巻 p.283 ページ画像

国際知識 第一〇巻第四号・第一三〇頁昭和五年四月
 ○聯盟の活動
    雑録
△杉村次長帰任
 昨年十月中旬帰朝以来、五ケ月間に亘り日本・支那の各地に於て、聯盟事業の紹介、聯盟思想の普及に努力を致された聯盟事務次長兼政治部長杉村陽太郎博士は、去三月十四日午前十時東京駅発、シベリア経由で帰任せられた。
○下略
   ○杉村ニ就イテハ、本款大正十一年四月二十九日ノ条(第三十六巻所収)及ビ大正十五年十一月二十七日ノ条参照。



〔参考〕(阪谷芳郎)書翰 渋沢栄一宛昭和五年五月一二日(DK370071k-0009)
第37巻 p.283 ページ画像

(阪谷芳郎)書翰 渋沢栄一宛昭和五年五月一二日
                    (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、在ゼネバ杉村陽太郎氏より小生宛近信、時節柄頗る有益と存候に付、写入御覧候、尤も末段小生等聯盟協会幹部に関する讚辞は、溢美にして肝顔の至りに存候 敬具
  昭和五年五月十二日          阪谷芳郎
    子爵渋沢栄一殿
(写)
  昭和五年四月二十日          杉村陽太郎
    阪谷男爵閣下
拝啓
陳者時下愈々御清適の御趣、邦家の為め大賀此事に奉存上候、着欧後三週日留守中の仕事整理に日を暮申候
○中略
帰任後諸方にて報告演説を為したる際、我聯盟協会の努力に言及するを毎と致候処、協会のことは既に広く知れ渡り、其声価の高きこと到底東京にて御想像もなし得られざる程にて、日本の軍閥や政党屋が何程乱暴な真似をなしても、聡明且有力なる先進指導階級に於て組織せらるゝ協会ある以上、日本が国策を誤り日本の国論が血迷ふことなしとは、一般に信ぜらるゝところに有之候
故に協会は単なる日本の看板としてだけでも、真に大切なる役目を演じ居る次第に有之、男爵閣下・渋沢子爵・徳川公爵其他幹部の労は、充分に報ゐられ居る様にも感得せられ、衷心欣懐に存申候
○中略
先は右欧洲近情御報告旁如斯御座候
○下略