デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.151-152(DK390061k) ページ画像

大正6年1月22日(1917年)

是日栄一、高峰譲吉ト共ニ、アメリカ合衆国人デーヴィスヲ銀行倶楽部ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

中外商業新報 第一一〇六一号大正六年一月二三日 ○デビス氏招待会 渋沢男等の招宴(DK390061k-0001)
第39巻 p.151 ページ画像

中外商業新報 第一一〇六一号大正六年一月二三日
    ○デビス氏招待会
      渋沢男等の招宴
米国アルミニユーム会社の重役デビス氏は、日本にアルミニユーム会社を設立する目的を有し、又同氏は前のアルミニユーム会社々長ミツトル氏の逝去するに際し、其遺産数千万円を挙げ之を支那・日本及びバルカンの教育事業に投ずるの信託を受け居るを以て、其遺言を執行する目的をも有し目下日本に渡来中なるに依り、渋沢男及高峰博士主人側となり、二十二日正午同氏を銀行倶楽部に招待し午餐会を開きたるが、当日は左の諸氏も陪賓として列席し、互に歓語談笑裡に極めて有益の智識を交換し、午後二時半散会せり
 ダアーリンク、フヰックアース、益田孝、副島伯、岡田文相、金子子爵、田逓相、菊池男、井上準之助、近藤男、団博士、高松博士、岸博士、桜井博士、北里博士、大橋新太郎
尚、デビス氏は近く横浜出帆の春洋丸に搭乗、一応帰国したる後更に再び日本に渡来する予定なりと


渋沢栄一 日記 大正六年(DK390061k-0002)
第39巻 p.151-152 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正六年 (渋沢子爵家所蔵)
一月二十四日 晴 寒
 - 第39巻 p.152 -ページ画像 
○上略 六時常盤屋ニ抵リ三共会社ノ宴会ニ出席ス、高峰博士ト談話ス、九時高峰氏ト共ニ木挽町山口屋ニ抵リ、米人フライシヤ氏ノ宴会ニ出席ス、同国人デビス氏・ウエリヤムス氏其他数名ノ米人来会ス、夜十一時帰宿ス
ウエリヤムス氏ハ露国及支那等ニ於テ事業経営ノ由ニ付支那ニ対スル商工業ニ付種々談話ヲ交換ス
   ○中略。
一月二十六日 晴 寒
○上略 午後六時半、三井集会所ニ抵リテ、ウエリヤムス氏ノ招宴ニ出席ス、中途転シテ帝国ホテルニ抵リ、デビス氏ヨリノ招宴ニ出席ス、高峰博士ノ通訳ニテ、デビス氏ト種々ノ談話ヲ為ス、理化学研究所ノ事ニ論及シテ、同氏ノ同情ヲ喚起スルニ努ム、夜十二時散宴帰宿ス
デビス氏ノ宴会ハ米国婦人多ク、食後音楽ノ余興アリタリ