デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.350-352(DK390198k) ページ画像

大正15年4月16日(1926年)

是日栄一、アメリカ合衆国特命全権大使チャールズ・マクヴェーヲ、飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

集会日時通知表 大正一五年(DK390198k-0001)
第39巻 p.350 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十六日 金 正午 米大使招待会(アスカ山邸)


(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正一五年(DK390198k-0002)
第39巻 p.350 ページ画像

(阪谷芳郎) 日米関係委員会日記 大正一五年
                 (阪谷子爵家所蔵)
十五、四、十六 王子邸午餐、米大使マクベイン夫妻《(衍)》、其他館員諸氏井上準之助・同雅二・矢田・其他


(シドニー・エル・ギユーリツク)書翰 渋沢栄一宛一九二六年二月二四日(DK390198k-0003)
第39巻 p.350-351 ページ画像

(シドニー・エル・ギユーリツク)書翰 渋沢栄一宛一九二六年二月二四日
                        (渋沢子爵家所蔵)
         NATIONAL COMMITTEE
             ON
       AMERICAN JAPANESE RELATIONS
        287 FOURTH AVE., NEW YORK
                  Februray 24, 1926
Viscount E. Shibusawa,
  2 Kabutocho, Nihonbashi,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount Shibusawa:
  One of the members of our National Committee on American Japanese Relations, Mr. George Markham of St. Louis, Missouri, has just written me that he is to be in Japan from April second to April twenty-fourth.
  He is a Harvard classmate and friend of Ambassador Mac-Veagh and acquainted with Baron Kaneko.
  He can be reached through Lt. William K. MacKittrick at the American Embassy, Tokyo, and possibly some of our Japanese friends would enjoy meeting him.
             Cordially yours,
           (Signed) Sidney L. Gulick
(右訳文)
 - 第39巻 p.351 -ページ画像 
          (別筆)
           三月卅日朗読申上済
           マクヴエー氏案内ノ際招待スルコト
                   (三月廿日入手)明六
 東京市日本橋区兜町二
  子爵渋沢栄一閣下 紐育、一九二六年二月廿四日
               シドニー・エル・ギユーリツク
拝啓 紐育日米関係委員会の一員にして、ミゾリ州セント・ルヰス市なるジヨージ・マーカム氏よりの来書によれば、氏は四月二日より同廿四日まで日本に滞在の由に御座候
同氏はハーヴアード大学に於てマクヴエー大使の級友、且つ友人たるのみならず、金子子爵の知人に有之候
同氏の動静は米国大使館のウヰリアム・ケイ・マツキトリツク氏に御問合せ被下候はゞ判明可致、多分日本の友人諸氏に於かれても同氏に御会見相成候はヾ、御興味可有之と存申候 敬具



〔参考〕(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一四年(DK390198k-0004)
第39巻 p.351 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一四年
                 (阪谷子爵家所蔵)
十四、十二、一 米大使マクビー到着ス



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一五年(DK390198k-0005)
第39巻 p.351 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一五年    (渋沢子爵家所蔵)
一月二十二日 晴 寒
○上略 十一時東洋拓植会社楼上《(殖)》ニ在ル米国大使館ニ抵リ、マクベー大使ト会見シ、日米国交ニ関スル種々ノ意見及従来ノ関係等ヲ詳話ス○下略



〔参考〕(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一五年(DK390198k-0006)
第39巻 p.351 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一五年
                 (阪谷子爵家所蔵)
十五、一、三〇 金子堅太郎氏ト青山ニテ面会ス、同氏米大使マクビーント会見《(衍)》 日米問題解決ニ付提案ノ依頼アリ、依テ尽力ノ見込ナリ、此事ハ渋沢子ニモ一寸話ヲキタリ云々



〔参考〕(野依秀一)書翰 渋沢栄一宛(昭和二年一一月又ハ一二月)(DK390198k-0007)
第39巻 p.351-352 ページ画像

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