デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.722-725(DK390308k) ページ画像

昭和5年10月3日(1930年)

是日、アメリカ合衆国ダラー汽船会社社長ロバート・ダラー、渋沢事務所ニ栄一ヲ訪フ。


■資料

総長ト外国人トノ談話筆記集 【○ダラ氏の訪問】(DK390308k-0001)
第39巻 p.722-724 ページ画像

総長ト外国人トノ談話筆記集         (渋沢子爵家所蔵)
    ○ダラ氏の訪問
                 (昭和五年十月三日(金)午後三時於丸ノ内渋沢事務所)
   米国ダラ汽船会社社長キヤプテン・ロバルト・ダラ氏(Captain Robert Dollar)は、同社東京支店長ジエー・エム・コンウエー(J. M. Conway)及横浜支店長クレア・トムスン(Clair Thompson)の両氏を伴ひ、渋沢事務所に青淵先生を訪問せられた。此日米国から着かれて多忙の為約束の時間を過ぐる数十分後であつた。
   これより先、堀越善重郎氏及頭本元貞氏はダラ氏と旧知の間柄なので、多忙中を繰合せて先生と共に待合はされた。殊に堀越氏は横浜からわざわざ上京して参加せられた。
   ダラ氏は長躯赭顔、頭上には絹糸のやうに美しい白髪が房々と
 - 第39巻 p.723 -ページ画像 
波打つてをり、胸には純白な顎鬚が長く垂れてをる。
   ダラ氏は大卓の一端に青淵先生と寄添ふ様に位置し、嬉々として話される。
ダラ氏「再び子爵の御健康な御様子を拝しまして、お喜びを申上げます。」
青淵先生「私も実にお喜びを同じうするので、ダラーさんは御健康であり且つ御事業も御繁栄で誠にお目出度う存じます。」
ダ氏「家内も非常に健康でして、今度は一緒に参りました。」
先生「何よりで、衷心からお喜び申上げます。」
ダ氏「子爵は私よりも余程年嵩でいられましたかな。」
先生「左様……」
    (此処で通訳の小畑氏が五歳程相違がある旨答へる。)
ダ氏「私は急いで子爵の御年齢に近付かうとしてゐるのであります。」
先生「所が私も同時に年をとりますから」
ダ氏「私は子爵にまけてゐます、けれども近付かうとするのは悪くはありますまい……ハヽヽヽヽ」
    (笑声靄然)
ダ氏「桑港でアレキザンダさんに会つて来ましたが、アレキザンダさんも子爵の御健康に就て尋ねるやうにとの事で御座いました。」
先生「アレキザンダーさんも昨年御いでになつて、度々御会ひ致しました。時に、アレキザンダーさんは御元気ですか。」
ダ氏「先達来一寸健康を害してゐましたが、もう快くなりまりました私共は相倶に日米両国の関係を一層親善ならしめようとして計つてをります。」
先生「お志の程は誠に辱く、いつも喜んでをります。それゆゑ御国の方にお目にかゝると千九百廿四年の法律の事を考へて、つい失礼を申上げるやうになつて困ります。」
   此時細長いダラ氏の顔には笑ひが充ち溢れて、その上に美しい細い白い赫かしい銀髪の冠さつた頭を、頻りに左右に振りつゞけて、両手を額の両脇に差上げ、一種の声を発して云ふ。
  「あの事は下等な政治家のした事で申訳ありません。……」(手を下す。)「丁度二ケ月ばかり前に桑港で船と鉄道とホテルの代表者が集りまして、或相談を致しました。それは米国の観光客は非常に多く欧洲に渡りますが、その一部を東洋に行かせるやうな方法はあるまいかといふ事でした。毎年非常に大きな団体が欧洲に参りまして、数千万弗の金を落します。それを東洋にもよこさうといふ希望であります。」
先生「誠に御尤な御思案で、我々東洋人は其御思考に対して御礼を申上げねばなりません、又申上げてをるのですが、御心付の点がおありになりましたならば、私はかうした老人ではありますけれども、御遠慮なく御申聞を願ます。」
ダ氏「いや之は大仕事です。欧洲へ渡るといふのは長い間の習慣でありますから、これを東洋へ向けるといふには、相当の時がかゝります。けれども東洋訪問は単に景色を喜ぶのみならず、東洋の事
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業に対する投資を誘ふ事となりませうから、中々大切な事であります。」
先生「左様、事業関係に寄与する所が非常に多いでせう――単に富士山を眺めるといふ丈ではなく……観光客を日本にお招するのは、日本といふものをよく知らしめて、その後に安心して事業に関係させる事が出来るのですから……」
ダ氏「又子爵の不断に御努力遊ばされる国交の親善といふ事も、つまり此事業関係の親密に負ふ所が多いのですから……」
先生「実に貴方の御事業などがその一つですから、私などはダラーさんの御事業を大いに歓迎してゐるので御座います。」
ダ氏「無論之は大事業でありまして、日本の政府側の人ともよく懇談しようとしてをるのであります。それで之れから外務省を訪問しまして今夜神戸へ立つ予定であります。」
   此処で小畑氏は、五年前に此同じ青淵先生の御書斎で、ダラ氏と先生とが一緒に撮られた写真を出して、感想を尋ねた。ダラ氏は之と同じ写真の御寄贈を受けて、米国の自分の書斎に飾つて居常之を誇としてゐると云つて、其写真を見つめた。
   ダラ氏は非常に忙しかつたので、直ちに記念撮影をする事になつた。先生と並んでソウフアにかけたダラ氏は「五年前に、此処で私は『日本のグランド・オウルド・マンと共に写真を撮影するのは無上の光栄である』と申上げた所が、子爵は『海上のグランド・オウルド・マンと共に撮影するのは最も大きな光栄である』と言はれました」といふ。先生は御気嫌よくお笑ひになる。ダラ氏は「其光栄を再びし得るのは、光栄中の光栄である」といふ。先生は「日本の諺に『二度ある事は三度ある』と申しますから、我々はキツトもう一度写真をとる事になりませう」と云はれる。ダラ氏は独特の声を発し嬉々として頷く。先生は言葉を続けて「今度は今五・六年したら、又かうしてとりませう、その時には私も百に近くなりませうから……」と元気に笑はれる。
   撮影が済むと、ダラ氏の一行は直ちに暇をつげられた。別れに臨みダラ氏は「もう一度日本へ来て子爵を訪問するのは私の義務であります。六週間後再び東京へ参りますから其時はもう少し緩々御懇談を願ひ度い」といはれた。先生はエレベーターまで御一行を見送られた。
  ○右ハ「竜門雑誌」第五〇五号(昭和五年一〇月)ニ転載セラレタリ。


渋沢栄一書翰控 ロバート・ダラー宛 (昭和五年一〇月一四日)(DK390308k-0002)
第39巻 p.724-725 ページ画像

渋沢栄一書翰控  ロバート・ダラー宛(昭和五年一〇月一四日)(渋沢子爵家所蔵)
 桑港
  ダラー汽船会社
   ロバート・ダラー様
                   東京渋沢栄一
拝啓、益御清適奉賀候、然ば過日は真に喜ばしき御来訪に接し甚だ短時間の会見には候得共、老生に取り頗る愉快なるものに有之候、其際
 - 第39巻 p.725 -ページ画像 
申上候通り日本には「弐度あることは三度ある」と云ふ諺有之候、就ては少なくとも今一度貴台と相並びて写真撮影の機会あることゝ存候第壱回と第弐回との撮影の間には五年を経過致候、此割合なれば第参回目は貴台九十一歳、老生九十七歳に達する頃と相成可申候
写真弐葉別封にて御送付申上候間御落手被下度候
右得貴意度如此御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ昭和五年十月十四日付ニテ発送セラレタリ。
  ○本款明治四十五年三月九日及ビ大正十五年六月二十八日ノ条参照。