デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
7節 其他ノ資料
3款 其他外国関係資料
■綱文

第40巻 p.539-543(DK400165k) ページ画像

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■資料

渋沢栄一 日記 大正七年(DK400165k-0001)
第40巻 p.539 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十五日 晴 寒
午前八時起床、洗面シテ病褥ニ於テ朝飧ス、食後桜井義肇氏来ル、明日発足印度ニ渡航スルニ付告別ノ為メ訪問セラルルナリ、依テ面会ノ上マイソールナルカンタラジヤ氏ヘ日光ノ画巻物ヲ贈リ、曩ニ贈与セラレタル写真帖及神話ノ書冊ニ酬ユ○下略


支那関係諸方往復(一)(DK400165k-0002)
第40巻 p.539-540 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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(増田明六)日誌 大正一三年(DK400165k-0003)
第40巻 p.540 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一三年      (増田正純氏所蔵)
十月十二日 日
朝、福島甲子三氏鮮人魚江同伴来訪す、魚江は目下日本中学校三年生なるが、学資不足の為め福島氏の懇談に依り、同校卒業迄子爵ニ於て給費(月額金拾五円宛)せらるゝ事と為りしを以て、特に今朝同伴同人を小生ニ引合ハされたる次第なり
○下略


支那関係諸方往復(一)(DK400165k-0004)
第40巻 p.540-541 ページ画像

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(増田明六)日誌 大正一四年(DK400165k-0005)
第40巻 p.541 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一四年    (増田正純氏所蔵)
三日○五月 日 雨
来訪者
○中略
 魚江(鮮人)子爵より学資補助ある関係上学校ニ関する件
○下略



〔参考〕(孫松画伯後援会)書翰 渋沢栄一宛大正一五年一月一八日(DK400165k-0006)
第40巻 p.541-542 ページ画像

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〔参考〕外務省関係書類(三)(DK400165k-0007)
第40巻 p.542-543 ページ画像

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〔参考〕諸会報告書 【(印刷物) 拝啓、時下益御健勝奉賀上候 扨各固よりの留学生友遇並に人道的国際友誼の為め…】(DK400165k-0008)
第40巻 p.543 ページ画像

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〔参考〕国際知識 第一二巻第二号・第四五―五四頁昭和七年二月 日米親善と故渋沢子爵 日米関係委員会幹事小畑久五郎(DK400165k-0009)
第40巻 p.543 ページ画像

国際知識  第一二巻第二号・第四五―五四頁昭和七年二月
    日米親善と故渋沢子爵
                 日米関係委員会幹事小畑久五郎
 大正十二年に起つた関東大震火災以来、昭和六年迄の八年間、個人的に故渋沢子爵を訪問された外国人(大多数米国人)の数は延べ人員にして約三百人である。男女別にすれば男二百三十六人、女六十四人である。男二百三十六人を職業によつて分類すれば実業家五十六人、宗教家五十四人、新聞雑誌記者三十二人、外交官十八人、学者十六人銀行家十六人、教育家六人、官吏六人、国際的事業関係者三人、弁護士一人、社会事業家一人、軍人一人、医師一人、外少年二人である。女六十四人中の主たる者は妻君連であつて、其内には記者・社会事業家・芸術家等も加はゝつて居る。○下略