デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
2節 神社
5款 財団法人明治神宮奉賛会
■綱文

第41巻 p.560-562(DK410109k) ページ画像

大正4年9月29日(1915年)

是日栄一、第一銀行支店開設ニ関シ、東京ヲ発シテ広島・熊本ニ赴ク。途次各地ニ於テ当奉賛会ニツキ懇請・報告等尽力少ナカラズ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK410109k-0001)
第41巻 p.560 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
九月廿九日 小雨
此日ハ関西旅行発途ノ約アルニヨリ○中略八時前家ヲ発シ東京停車場ニ抵リ多数ノ送別人ニ会見ス、八時三十分発ノ急行列車ニ搭ス○下略
   ○中略。
十月三日 快晴
○上略 九時広島支店ニ抵リ、詰合ノ行員ニ一場ノ訓示ヲ為ス、寺田知事官舎ヲ訪ヒ奉賛会ノ事ヲ委托ス○下略
   ○中略。
十月八日 晴
○上略 八時二十六分発ノ汽車ニテ神戸ニ抵ル、杉田・明石二氏同行ス、県庁ニ抵リ服部知事・鹿島市長及地方有力者十余名ノ会同アリテ、神宮奉賛会設立ノ顛末ヲ報告シ、当地ニ於ル献金ノ事ヲ依頼ス○下略
十月九日 快晴
○上略 午前十一時大阪ホテルニ抵リ○中略十二時大久保知事・池上市長其他関係ノ人々二十有余名来会セラル、依テ神宮奉賛会設立ノ顛末ヲ報告シ、大阪ニ於ル献金ノ勧募ヲ依頼ス○下略
   ○中略。
十月十一日 晴
○上略 一路平安夜九時過東京駅ニ達シ、直ニ自働車ニテ帰宅ス○下略


竜門雑誌 第三二九号・第六九―七一頁大正四年一〇月 ○青淵先生西南紀行 随行員 白石喜太郎記(DK410109k-0002)
第41巻 p.560-562 ページ画像

竜門雑誌 第三二九号・第六九―七一頁大正四年一〇月
    ○青淵先生西南紀行
                 随行員 白石喜太郎記
第一銀行に於て這般支店を広島・熊本両市に開設し、広島支店は十月二日に、熊本支店は同月四日に、其の披露の宴を夫々催す事となりたるに付き、先生には御渡米前殊に御多忙なるに拘らず、特に繰合せられ、之に臨席の為西下せらるゝ事となれり。会ま予てより其顧問として尽力せられつゝある大阪市公会堂の定礎式が月の八日に挙行せらるる筈なりしを以て、帰途之に列席せられ、尚序を以て各地に於て明治神宮奉賛会に関する要務をも果さるゝ事とし、十月一日京を発し、同じく十一日御帰京の事に予定せらる。然るに出発の数日前山下亀三郎氏の懇請により、途中松山市に立寄らるゝ事となり、為に出発の期を九月二十九日と変更せられたり。余は幸に随て此行に在り、同日午前
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八時三十分出発せられてより十月十一日午後八時三十分帰京せらるる迄、前後十三日間常に先生の左右に侍するを得たり。依て其間見聞したる処の一班を録し、先に会員諸彦の劉覧に供ふ。
      一、梗概
九月二十九日 午前八時三十分発特別急行列車にて出発せられ、松山市へ東道の主人山下亀三郎氏同車せらる。午後九時十一分三ノ宮着、直に自動車にて西常盤に到り一泊せらる。
九月三十日 午前七時十九分三ノ宮発列車にて尾ノ道に向はる、山下氏及び杉田富氏同行せらる。午後零時三十二分尾ノ道着、山下氏が特に準備しありたる快走船紅葉丸に移乗せられ、直に出帆、航走四時間余にして午後五時四十分高浜着、伊予鉄道株式会社の好意により仕立られたる特別列車に搭乗せられ、午後六時四十分松山着、直に県公会堂に於ける官民合同の歓迎会に臨席せられたる後、午後九時過道後に到り鮒屋旅館に投宿せらる。
十月一日 午前八時四十分旅館を出で、伊予鉄道株式会社社長井上要氏の先導にて人力車を連ね道後公園を経て午前九時松山商業学校に到り、記念植樹をせられたる上、校庭に於て生徒に対し一場の訓諭ありそれより午前九時三十分よりの県公会堂に於ける中等諸学校生徒に対する講話、午前十時三十分よりの農工銀行楼上に於ける商工業者に対する講話をせられたる上、松山城天守閣に於ける各銀行会社聯合の午餐会に臨席せられ、記念撮影の上更に午後二時三十分より県公会堂に於て女学校及婦人会の為に講話せらる。午後三時四十分松山発列車にて高浜に向はれ、午後四時十分同地着、直に紅葉丸に乗船出発せられ午後八時三十分宇品着、出迎の西条峯三郎・松井万緑両氏の案内にて広島に到着、長沼旅館に投宿せらる。出発以来始終同行せられし山下氏は玆に袂を分ち即夜帰神せらる。
十月二日 午前十時より商品陳列館会議室に於て同地青年実業家の団体たる交魚会の為に講演せられ、正午より同盟銀行の歓迎午餐会に出席せられ、更に午後五時より県公会堂に於ける第一銀行広島支店開店披露宴に臨まる。
十月三日 午前九時第一銀行支店に赴かれ、行員に対し一場の訓辞を与へられ、転じて寺田県知事を其官舎に訪ひ、明治神宮奉賛会の件に付懇談せられ、午前十時より県公会堂に於ける広島商業会議所及び広島植民協会聯合の講演会に臨まれ、講演せられたる後、午餐の饗を受けらる。午後三時六分広島発列車にて下関に向はる、寺田県知事・松本清助氏及松井支店長等宮島迄同車見送らる、神戸以来同行の杉田氏は宮島にて分れ、即日帰神せらる。竹山純平・西条峯三郎両氏同行せらる。午後八時二十四分下関着、春帆楼に投宿せらる。
十月四日 午前十時四十五分門司発列車にて出発せられ、竹山・西条両氏同行せらる。午後三時三十三分熊本に着せられ、直に自動車にて旅館綿屋に到り小憩の後、午後五時より階行社に於て催されたる第一銀行熊本支店開店披露宴に臨席せられ、午後九時旅館に帰着せらる。
十月五日 午前八時四十八分熊本発列車にて出発、同十時五分万田に着せられ、三池炭礦事務所長植木平之允氏の案内にて、万田坑及三池
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港、コークス並に副産物工場を視察せられたる後、山上倶楽部にて午餐の饗を受けられ、午後二時二十三分大牟田発列車によりて午後三時三十三分熊本に帰着、直に第一銀行支店に到り、行員に訓言を与へられたる後、記念撮影あり、更に午後五時より九州製紙会社の晩餐会に臨まる。竹山氏は故市原氏の葬儀に参列の為、急遽渡鮮せらるゝ事となり、此日午後一時十六分出発せらる。
十月六日 午前十時より県会議事堂に於て開催の官民合同の歓迎会に臨席せられ、一場の演説をせらる。午後一時十六分熊本発列車にて下関に向はれ、竹村利三郎氏大牟田まで同車見送らる。午後五時五十九分下関着、直ちに春帆楼に投宿せらる。午後七時より同所に於て催されたる第一銀行下関支店の招宴に列席せらる。
松井万緑氏も列席の為来関せらる。
十月七日 午前九時五十分下関発列車にて神戸に向はる。西条氏松井両氏同車せられ、松井氏は広島駅に下車せらる。杉田富氏姫路迄出張出迎らる。午後十時二十五分神戸着、当地迄同行、見送られたる西条氏に別れを告げ、車を替えて午後十一時二十二分住吉着、直に明石氏邸に到り一泊せらる。
十月八日 午前八時二十六分住吉発、同八時四十三分神戸者、直に兵庫県庁に到り知事及実業家諸氏に面会、明治神宮奉賛会の件に付き熟談せられ、十時三十分退出直に第一銀行神戸支店に入り小憩せらる。十一時二十分発の列車にて大阪に赴かれ、出迎の野口弥三氏の先導にて公会堂建設事務所に到り定礎式に関する打合をなされたる上第一銀行支店に入らる。午後二時より定礎式に臨まれ、更に午後七時より岩本栄之助氏よりの招宴に列席せられたる後、旅館松塚に投宿せらる。
十月九日 正午より大阪ホテルに於ける明治神宮奉賛会の件に関する協議会に臨席せらる。午後三時二十一分大阪発の列車により午後四時三十四分京都に着せられ、直に京都市役所に赴かれ明治神宮奉賛会の件に付有力者と協議せらる。右を終り午後七時旅館玉川楼に入らる。
十月十日 午前八時三十九分京都発列車にて住吉に赴かる。大阪より成瀬仁蔵・野口弥三両氏同車、同十時二十九分住吉着、出迎への明石氏を加へ、共に自動車にて久原房之助氏を其邸に訪はれ、午後二時半明石氏邸に入らる。午後九時四十二分住吉発列車にて午後十時二十分大阪に着せられ、直に松塚に投宿せらる。
十月十一日 午前八時三十分大阪発特別急行列車にて出発せられ、午後八時三十分東京に帰着せらる。