デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
3節 寺院及ビ仏教団体
2款 金竜山浅草寺関係 3. 浅草寺臨時営繕局
■綱文

第42巻 p.44-48(DK420008k) ページ画像

大正14年9月28日(1925年)

是日栄一、浅草寺臨時営繕局顧問トナル。後、金千円ヲ寄付ス。


■資料

浅草寺関係書類(一)(DK420008k-0001)
第42巻 p.44 ページ画像

浅草寺関係書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
専啓
然ハ九月二十八日午後三時、浅草寺ニ於テ、本堂営繕ニ関スル第一回評議員会開会致候条、万障御繰合御出席被成下度、此段及御案内候也
  大正十四年九月二十三日
             臨時営繕局長 壬生雄舜
   (宛名手書)
   信徒総代
    子爵 渋沢栄一殿


浅草寺関係書類(一)(DK420008k-0002)
第42巻 p.44-45 ページ画像

浅草寺関係書類(一)            (渋沢子爵家所蔵)
(朱書)

        子爵 渋沢栄一殿
 浅草寺臨時営繕局顧問ヲ嘱託ス
  大正十四年九月二十八日
 - 第42巻 p.45 -ページ画像 
                 浅草寺貫主
                  大僧正 救護栄海


浅草寺関係書類(一)(DK420008k-0003)
第42巻 p.45 ページ画像

浅草寺関係書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
寸啓、昨日本堂大営繕ニ関スル第一回評議員会ニ於テ、別紙議案大体ニ於テ承認相成候間、何卒御同意被成下度、得貴意候
次ニ公園問題解決案ニ就テハ、追テ意見ヲ綜合シ、確タル希望案ヲ具シ、東京市理事者ヘ開陳可致候条、尚此之上トモ御心添之程奉懇願候何レ其ノ内拝趨委曲御報告可申上候得共、右不取敢申述候 敬具
  大正十四年九月廿九日        浅草寺執事
                     壬生雄舜
浅草寺信徒総代
    子爵 渋沢栄一殿
           几下
 二白、当山貫首ヨリ臨時営繕局職制第四条ニ依リ顧問御嘱託申上候間何卒御承諾奉願候


浅草寺関係書類(一)(DK420008k-0004)
第42巻 p.45 ページ画像

浅草寺関係書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    浅草寺臨時営繕局顧問並会計・工務監督
 顧問     天台座主 吉田源応
 同      内務大臣 若槻礼次郎
 同      文部大臣 岡田良平
 同     東京府知事 平塚広義
 同      東京市長 中村是公
 同      宗教局長 下村寿一
 同        子爵 渋沢栄一
 同           馬越恭平
 同      文学博士 沢柳政太郎
 同      工学博士 伊東忠太
 同      工学博士 関野禎
 同       代議士 太田信次郎
 同           松崎亀松
 顧問・会計監督並ニ工務監督
 会計監督        馬越恭平
 工務監督   工学博士 関野禎
               以上


浅草寺観音堂大営繕趣意書(DK420008k-0005)
第42巻 p.45-46 ページ画像

浅草寺観音堂大営繕趣意書         (渋沢子爵家所蔵)
                東京市浅草公園
                     金竜山浅草寺
    金竜山浅草寺本堂大営繕勧財募縁
当寺本尊観音大悲薩埵は推古天皇三十六年の出現にして、孝徳天皇の御宇開基勝海上人始めて堂宇を建立せられ、文徳天皇の御宇中興慈覚
 - 第42巻 p.46 -ページ画像 
大師更に規模を大にし玉ふ、爾来祝融の災に遇ふこと数回なりしも、王侯将相の帰仰世々に絶えず、罹災の都度直に再建せられ、輪奐の美却つて古に優れり、今存する所の堂宇は慶安中徳川家光公の造営所謂公儀御普請に由るものにて、本堂の棟の高さ八十八尺三寸二分、桁行百四尺八寸、梁間九十五尺六寸、四方の廻椽各十尺、世に観音堂十八間四面と云ふもの是なり、其後七十年を歴て享保の初年、又幕府より大修繕の命あらんとす、時の別当公然僧正謂へらく、公儀普請は有難き事なれども、衆庶信念の力を以て維持の道を講ずるに非ざれば、第一に慈眼視衆生の御本願に適はず、第二に久遠盛栄の策立つること能はざるべしと、斯くして幕府に上申して、寺家自力修繕の許可を受け親ら大小名乃至士農工商の家に就いて浄財の喜捨を乞ひ、遂に修繕の大業を完うせり、されど幕府直営の時代は、参詣の衆庶も堂上に昇ることを許されず、賽銭函の設置無かりしに、寺家自力修繕の成就に及び始めて堂の四扉を開き、一般参拝者も土足のまゝ堂内に入り、新に設けられたる大函に浄財を投入する例を開くに至れり、是れ実に二百年以来の事とす、而して安政大震後の修繕も、先例に依り上下の喜捨を受けて好果を収めぬ、後六十余年にして大正十二年の大震火災に遭ひ、堂塔の震害を受くること頗る多し、唯観音の妙智力に依り本堂・仁王門・五重塔・経蔵より伝法院に至るまで、四面劫火の中にありて其厄を免れたるを尊く感ずるのみ、災後既に三年、暫く罹災者の復興待ちたれども、本堂の傾斜、棟棰の腐朽甚しく、一日の遅延は百年の悔を貽す患あり、仍て玆に公然僧正の遺法を奉じ、衆庶帰依の力に依りて、永く本尊の宝座を安んぜんとす、仰ぎ願はくは大方の善男善女福聚海無量の御誓願を承けて、信心を傾け、浄財を喜捨し、速に此の大願を果させたまへ、謹んで勧進すと云爾
  昭和五年五月      金竜山浅草寺住職
                   僧正 大森亮順
              信徒総代
                   子爵 渋沢栄一
            会計監督貴族院議員 馬越恭平
                衆議院議員 太田信治郎
                      中川清太郎
                      松崎孫太郎
                      青木新九郎
              顧問
              天台座主大僧正 梅谷孝永
              文部省宗教局長 西山政猪
                東京府知事 牛塚虎太郎
                 東京市長 永田秀次郎
                 工学博士 塚本靖
                 工学博士 伊東忠太
                 文学博士 黒板勝美
                      松崎亀松

 - 第42巻 p.47 -ページ画像 

浅草寺関係書類(二)(DK420008k-0006)
第42巻 p.47-48 ページ画像

浅草寺関係書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
    記
浅草寺執事清水谷恭順氏及浅草寺臨時営繕局勧募課長上村貞孝氏来訪談話之要領如左
本堂営繕ニ関スル計算次之通
一金六拾八万円  費用予定高
   内
  金五万円   浅草寺負担
  金五万円   東京市下付金
  金壱万円   内務省交附金
差引
 金五拾七万円  寄付金募集見込
   内
 金参拾万円    申込済寄付金額
   (金拾八万円 既収寄付金)
再差引
 金弐拾万円    募集必要額
右募集ニ付、財界有力者諸氏ニ御面会致度希望致居ルモ、格別御懇意ニモ無之、突然訪問シテモ面会出来ガタキニ付、信徒総代タル渋沢子爵ヨリ御紹介願上度旨、過日飛鳥山邸ニ罷出、親シク御依頼シタル処快諾セラレ、何レ事務所ノ人々ト協議ノ上、紹介状ヲ作リ置クヘシトノ御答ヲ得タル次第ナルガ、渋沢子爵ヨリ御沙汰アリタルヤ伺ヒタシトノコトニ付
一向承知セズ、故ニ子爵ガ如何ニ考ヘ居ラルヽヤ不明ナレバ、敢テ彼是申スコトヲ得ザル次第ナルモ、目下ノ深刻ナル不況ニ鑑ミ、寄付金募集ハ困難ナルベク思ハル、当方トシテモ可成緊縮シ、寄付金等ハ出来丈ケ控エラレタク希望致シ居ル次第ニモアリ、子爵ヨリ寄付募集ノ為メ御紹介スルコトハ如何カト思ハルヽモ、兎モ角子爵ニ申上、其上ニテ何レトモ御返事可申上ト答ヘタリ
右ニ付御話ノ趣ハヨク了解致、真ニ御同感ナルガ、今回御紹介ヲ願上ゲル次第ハ、直チニ御醵金ヲ請フ訳ニモ無之、御見知リ置ヲ願ヒ、追テ御援助願フ場合ノ用意ヲナス次第ニ付、ヨロシク御高配有之度、又御紹介ハ子爵御一人ニ願上、馬越氏ハ主義トシテ御紹介ハ成サヾル旨ヲ以テ謝絶セラレ、其代リ寄付金ヲ奮発セラルヽ約束ナリ、御参考ニ申添フ云々
尚三井・三菱両家ニハ別方面ヨリ御交渉致タルニ付、其以外ノ諸氏ニ御紹介願上度云々 以上
(欄外記事)
  [昭和五年七月四日
昭和五年七月七日右ノ概要ヲ子爵ニ申上ゲ、左ノ如ク申聞ケラレタリ
 浅草寺信徒総代ハ故高木益太郎氏ノ勧誘ニヨリタルモノト思ハルヽガ、単ニ名ヲ列シタルノミニテ、其以上ノコトハ到底御引受致兼ヌル所ナリ、他方面ヘノ寄付勧誘ノ如キハ甚タ当惑ニ付、可然断ル様致度云々
 - 第42巻 p.48 -ページ画像 
右ノ通リ断ズミ、昭和五年七月十日記之


浅草寺時報 第五五号・第一二二頁昭和八年五月 滝ノ川区内寄附者芳名(DK420008k-0007)
第42巻 p.48 ページ画像

浅草寺時報  第五五号・第一二二頁昭和八年五月
    滝ノ川区内寄附者芳名
一金壱千円也
     渋沢栄一殿
○下略
  ○浅草寺本堂ノ大営繕ハ、大正十四年七月十二日臨時一山会議ニ於テ、経費五十万円ヲ以テ着手スルコト決議セラレ、九月二十八日第一回評議員会開催、本堂修繕費概算及ビ勧募金額ノ予定(市内二十一万円、他府県九万円特信者寄付十万円)等ヲ決ス。
  ○昭和三年五月、仮本殿成リ本尊ヲ遷座シ、本堂ノ修繕ニ着手、昭和八年三月十六日竣工、ソノ日落慶正遷座式ヲ挙グ、総経費百五万円也(着手当初ノ議定予定ハ六十八万円)。