デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
3節 寺院及ビ仏教団体
6款 其他 4. 大覚寺(京都)
■綱文

第42巻 p.101-103(DK420017k) ページ画像

大正10年3月3日(1921年)

是ヨリ先、京都嵯峨大覚寺門跡竜池密雄、後宇多天皇六百年御忌協賛会ヲ設立シ、栄一ニ東京ニ於ケル募金ヲ乞フ。是日栄一、六十余名ノ財界有力者ヲ東京銀行集会所ニ招待シテ第一回発起人会ヲ開ク。栄一出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正一〇年(DK420017k-0001)
第42巻 p.101 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年        (渋沢子爵家所蔵)
三日○三月 木 午後二時 大覚寺ニ関スル件ニ付御会合(銀行クラブ)


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK420017k-0002)
第42巻 p.101-102 ページ画像

渋沢栄一日記  大正一〇年         (渋沢子爵家所蔵)
二月五日 晴 寒
午前七時半起床、朝事ヲ畢リ、後、大覚寺住職竜池密雄外一名及田辺氏ノ同行アリ、本寺ノ歴史ヲ詳述セラル○下略
  ○中略。
二月八日 晴 寒
午前七時半起床、洗面、朝食畢テ、大覚寺門跡及同伴ノ来人ニ接ス
○下略
  ○中略。
二月十日 晴 寒
○上略京都大覚寺ノ僧侶来訪セラル○下略
  ○中略。
三月三日 晴 寒
○上略午飧後銀行倶楽部ニ抵リ、大覚寺門跡本堂建立ニ関スル寄附金募集ノ事ニ付、市内有力者ヲ会同ス、大倉男爵・池田謙三氏連名ス、来会者ニ対シテ門跡ヨリ懇請ノ趣旨ヲ演説ス、別ニ黒板博士○勝美ヨリ、本寺ノ由緒及心経ノ由来等ヲ説明ス○下略
  ○中略。
三月六日 晴 寒
○上略田辺頼真氏来リ、大覚寺ノ事ヲ談ス○下略
三月七日 晴 寒
○上略午後二時三菱会社ニ抵リ、青木菊雄氏ニ面会シテ○中略大覚寺寄附金○中略ノ事ヲ依頼ス○下略
  ○中略。
三月十四日 晴 寒
 - 第42巻 p.102 -ページ画像 
○上略田辺頼真氏来リ、大覚寺寄附金ノ事ヲ談話ス○下略
  ○中略。
三月十六日 曇 軽寒
○上略田辺頼真氏来リ、大覚寺寄附金ノ事ニ付、三井・岩崎二家ヘ勧誘ノ事ヲ談シ、名刺ヲ交付ス○下略
  ○中略。
三月二十二日 晴 寒
午前七時半起床、入浴、朝飧ヲ畢リテ、田辺頼真氏来リテ、大覚寺門跡寄附金ノ事ヲ協議ス○下略
  ○中略。
四月六日 晴 軽寒
午前七時起床、入浴・朝食例ノ如ク、後田辺頼真氏来話ス○下略


大覚寺回答(DK420017k-0003)
第42巻 p.102 ページ画像

大覚寺回答                (財団法人竜門社所蔵)
去る大正十三年は大本山大覚寺御中興、後宇多法皇六百年御忌に相当し、御忌大法会奉修と共に、其の記念事業として、嵯峨天皇外五帝宸翰勅封般若心経奉安殿再建を企図す、総予算額三十弐万円也、其の費用の一部は末寺六百ケ寺へ賦課すると共に、大部分は天下大方有志者の寄附に仍る事とせり、於玆、後宇多天皇六百年御忌協賛会を設け、各地有力者の援助を乞ひたりしが、第一着手として、東京に於て勧財の事に決し、其の発起人として渋沢老子爵・大倉老男爵・故池田謙三氏の三方を煩し、大正十年三月三日東京銀行集会所に於て、第一回集会を開催し、三人の総代として老子爵名義を以て、有力者六十余名の招待会を開催し、之より勧財に着手せり、本会賛成人として山県公・松方公・徳川公・近衛公・大隈侯・徳川頼倫侯・大木伯等多数あれ共省略す
次いで大阪に及ぼすに就てに、老子爵の御紹介に仍り、時の知事池松時和氏を煩し、次で又井上孝哉氏知事となるに及んで老子爵自ら同氏へ御口添等を頂き、大阪に於ても知事・市長等発起の下に勧財せり
併し、中途関東大震災等の為め法会は一ケ年之を延期し、大正十四年四月予定工事の完成と共に、大法会も無事奉修するを得て完了せり
京都に於ては、別に勅封心経奉讚会を組織し、時の知事池松時和氏会長の下に、商工会議所会頭浜岡光哲氏副会長となりて、勧財せり
因みに老子爵と当山門跡竜池密雄大僧正とは、前にも多少の御知り合ありし由伝聞す
  ○右ハ当資料編纂所ノ問合セニ対シテ回答セラレタルモノナリ。


竜門雑誌 第三九四号・第五一頁大正一〇年三月 ○心経会発起(DK420017k-0004)
第42巻 p.102-103 ページ画像

竜門雑誌  第三九四号・第五一頁大正一〇年三月
○心経会発起 旧嵯峨御所たる京都大覚寺には、歴代天皇の宸翰を蔵し居る由にて、今般之を収むる宝庫を建築する為め、青淵先生・大倉男・池田謙三氏等発起の下に心経会なるものを組織し、三月三日午後二時丸の内銀行倶楽部に於て、朝野の名士に宸翰を拝観せしむると共に、黒板文学博士の大覚寺史の講演ありし由なり。
  ○当協賛会ハ、大覚寺回答ニヨレバ、大正十二年ノ関東大震災ニヨツテ、東
 - 第42巻 p.103 -ページ画像 
京ニ於ケル組織ハ自然解消シタルモノノ如シ。栄一ハ副会長ニ推サレ、専ラ募金ニ尽力シ、京都・大阪方面ニ対シテモ紹介ノ労ヲ執リテ援助ス。大正十四年四月宸翰勅封般若心経奉安殿再建成リ、法要奉修執行セラル。尚「竜門雑誌」ニヨレバ、東京ニ於ケル会名ハ心経会ナルガ如クナルモ会ノ組織ハ完成ニ至ラズシテ終リタルモノノ如シ。