デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 財団法人竜門社
■綱文

第43巻 p.218-219(DK430019k) ページ画像

大正14年11月20日(1925年)

是日、当社第七十三回会員総会、帝国ホテルニ於テ開カル。栄一病気ノタメ出席セズ。


■資料

竜門雑誌 第四四七号・第一一五頁大正一四年一二月 本社第七十三回会員総会(DK430019k-0001)
第43巻 p.218-219 ページ画像

竜門雑誌  第四四七号・第一一五頁大正一四年一二月
    本社第七十三回会員総会
十一月廿日(金曜日)午後四時三十分、帝国ホテルに於て、本社第七十三回会員総会を開く。出席会員二百四十余名。定刻、阪谷理事長の開会辞あり、直に講演に移る趣を断り、続て講演者文学博士坪内雄蔵氏を紹介し、同氏は近来、早稲田大学の講座以外、他の集会に於て講演せらるゝことなきにも拘らず、特に本社の請を容れられ、玆に講演
 - 第43巻 p.219 -ページ画像 
せらるゝ旨を披露せられ、次で坪内博士壇に上り、我国の演劇並に劇画に就きて詳述せらるゝこと二時間余に亘り、該博なる学識と、深遠なる卓見とは、絢爛花の如き数十種の錦絵と相俟ちて、会員一同に多大の感動を与へて閉会を告げ、晩餐会に移り、食後大島伯鶴の講談、「木村重成勘忍袋」の一席に興じ、午後九時散会したり。


(増田明六)日誌 大正一四年(DK430019k-0002)
第43巻 p.219 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一四年   (増田正純氏所蔵)
二十日○一一月 金 晴
午前中、飛鳥山邸拝訪、子爵並同令夫人御病気御見舞の上、子爵ニ左記ノ件御話申上けたり
○中略
午前十一時、林正道氏来診、子爵を診断、平常と御変り無き由なり
○中略
午後四時半、事務処ニ至る、孰れも帝国ホテルに於ける竜門社総会ニ到り不在、直ニ同処ニ赴き出席
午後五時、総会開始、議事無し、阪谷理事長の挨拶ニ次き、坪内逍遥博士の「日本劇画ニ付て」の通常聞く事を得ざるべき講話を聴取す、博士の講話ハ予め其筋書を印刷ニ付して会員ニ配布して、其順序ニ依りて、二時間ニ亘り詳話、聴者何れも感動す
晩餐会に移る○下略
  ○此時期ニ於ケル当社ノ前掲以外ノ主ナル会合左ノ通リ。
   大正十四年十月二十三日 理事会・評議員会・講演会・会員有志晩餐会(午後四時半ヨリ、於東京銀行倶楽部)栄一出席セズ。
   大正十五年二月五日 講演会・会員有志晩餐会(午後五時―九時)栄一出席セズ。
   同年三月四日 理事会・評議員会・講演会・会員有志晩餐会(午後四時半ヨリ、於東京銀行倶楽部)栄一出席セズ。



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一五年(DK430019k-0003)
第43巻 p.219 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一五年        (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 快晴 寒
午前○中略白石及岡田二氏ノ来訪アリテ、竜門雑誌ニ掲載スヘキ感想談ヲ為ス、政治教育及現今ノ青年ノ態度ニ付テ不満足ニ思惟スル点ヲ縷述ス○下略
  ○中略。
二月五日 晴 寒
○上略 岡田純夫氏来リ、竜門雑誌ニ対スル意見発表ノ事ヲ指示ス○下略
  ○中略。
二月十一日 晴 寒
風邪気未タ快方セス、午前○中略岡田純夫氏来リ、竜門雑誌記載ノ文書ニ付談話ス○下略
  ○中略。
三月八日 晴 寒
午前○中略白石喜太郎・岡田純夫二氏来リ、竜門雑誌ニ対スル記事ヲ要求セラル、今日米国ヨリ来レル観光団ニ談話スルモノヲ之ニ充ツル事ト指示ス○下略