デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 財団法人竜門社
■綱文

第43巻 p.294-295(DK430036k) ページ画像

昭和6年11月15日(1931年)

是ヨリ先是月十一日栄一歿ス。是日、栄一ノ葬儀ニ際シ、当社ヨリ弔詞ヲ贈ル。


■資料

竜門雑誌 第五一八号・第一頁昭和六年一一月 青淵先生薨去(DK430036k-0001)
第43巻 p.294 ページ画像

竜門雑誌 第五一八号・第一頁昭和六年一一月
    青淵先生薨去
 青淵先生は遂に十一月十一日午前一時五十分薨去された。我等竜門社員は、その頼つて来た巨人の空しくなられたのに愁傷の思ひのみ深く、再び接するを得ない温容を胸に描いて、ただ悲歎これを久しうするのみである。
 然しながら先生の薨去は、決して常人の場合の如く徒らに悲しむべきものではない。明朗玉の如き人格を以て、聊かの私慾もない聖者そのまゝの生活に終始せられた先生は、人事を尽して天命を待つて居られたのであるから、その死の直前にあつても、悠然として淡々身を自然に委ねきつて、次に来るべきものに接せられたのである。故に我々の歎きは、単に凡俗としての悲愁に過ぎないのであつて、先生の人を超越した御心境には遥かに遠いものがある。かくて先生の薨去はさらに我々に対して偉大なる教訓を垂れ給ふたのである。
 されば我々竜門社員は、先生居まさずとも、永久にその御遺志を奉じて、国家の隆盛と社会の進運とに極力努めなければならぬ。寔に先生の英霊は、永く我々を護り続けて下さるのであるから、何処までも常時先生に接するの思いを以て、事に当らねばなるまい。


竜門雑誌 第五一八号・第二〇―二三頁昭和六年一一月 葬儀(DK430036k-0002)
第43巻 p.294-295 ページ画像

竜門雑誌 第五一八号・第二〇―二三頁昭和六年一一月
    葬儀
十五日○一一月
○中略
 一、青山斎場着棺 午前九時四十分
 一、葬儀開始   午前十時
 - 第43巻 p.295 -ページ画像 
 一、葬儀終了   午前十一時三十分
 一、告別式    午後一時開始三時終了
○中略
また東京市民を代表した永田市長の弔詞、実業界を代表した郷誠之助男の弔詞朗読があり、他の数百に達する弔詞を霊前に供へ、十一時半予定の如く葬儀を終了した。
○下略


竜門雑誌 第五一八号・第二頁昭和六年一一月 弔詞(DK430036k-0003)
第43巻 p.295 ページ画像

竜門雑誌 第五一八号・第二頁昭和六年一一月
    弔詞
昭和六年十一月十一日、我カ竜門社同人ノ四十年来師父ト仰ケル青淵渋沢先生、溘焉トシテ館ヲ捐テラレ、此ニ葬送ノ儀ヲ行ハル、嗚呼哀シキ哉、夫レ先生ノ豊勲偉功ハ内外ノ斉シク瞻仰スル所ニシテ、吾徒亦既ニ数々之ヲ頌セリ、今更ニ呶々スルヲ須ヰサルナリ、唯先生ハ今年高齢九十二ニ躋ラレタリト雖モ、一日モ国ヲ忘レス、専ラ社会ノ安寧福祉ヲ以テ念トセラル、是ヲ以テ、世或ハ先生ヲ目シテ無冠ノ宰相トナスモノアルニ至レルコト、亦偶然ニアラサルナリ、今ヤ内ニ所謂思想経済ノ国難アリ、外ニ満洲ノ事変アリ、国歩艱険、先生ノ指導斡旋ニ俟タサルヘカラサルモノ甚タ多シ、然ルニ天何ノ意ゾ、遽ニ其寿ヲ奪フ、今ヨリシテ後、吾徒誰ニカ依リ、誰ニカ頼ラン、悲愁断腸殆ト言フ所ヲ知ラス、纔ニ数語ヲ陳ネテ哀慟ノ意ヲ致スノミ、語ノ短キハ輙チ意ノ長キ所以ナリ、先生ノ霊、其レ能ク微衷ヲ昭鑑シ給ヘ
  昭和六年十一月十五日          竜門社