デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

4章 道徳・宗教
5節 修養団体
4款 財団法人修養団
■綱文

第43巻 p.572-573(DK430115k) ページ画像

大正8年2月11日(1919年)

是日、当団本部ニ於テ、創立第十四回記念会開カル。栄一、菓子ヲ寄贈ス。


■資料

集会日時通知表 大正八年(DK430115k-0001)
第43巻 p.572 ページ画像

集会日時通知表 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
弐月十一日 火 午後一時 修養団記念会(蔵前本部)
   ○栄一、是日同時刻ニ埼玉学生誘掖会ニテ講演シ居ルヲ以テ、修養団ニハ出席セザルモノノ如シ。
 - 第43巻 p.573 -ページ画像 


向上 第一三巻第三号・第九三―九四頁 大正八年三月 本団創立記念会記(DK430115k-0002)
第43巻 p.573 ページ画像

向上 第一三巻第三号・第九三―九四頁大正八年三月
    本団創立記念会記
 修養団創立第十四回記念会は二月十一日午後一時より本部道場に於て開会。二木謙三博士・松浦玉圃・津崎尚武・島芳太郎・新井円作・岡野繁蔵・林岱治・高須憲隆の諸氏及び蓮沼主幹、其他松本・妹尾幹事等、各向上舎生、在京団員等約五十名列席の上、司会者妹尾幹事の挨拶に次で君が代を合唱する事二回。畢つて蓮沼主幹演壇に立ち、熱烈なる態度を以て感謝の辞を述ぶ。主幹は例の如く同胞相愛主義を解説し、総ての事業に於て愛なき所には生命なしと結び、修養団の創設の由来たるや已むに止まれぬ愛国の至情が然らしめたるもの也、又団体生活の根本は相互扶助の原則に因らざる可からずと論断せり。之に次ぎ妹尾幹事は田尻団長代理として左の如き式辞を述ぶ。
 皇祖神武帝、宝祚無窮の紀元を肇め給ひてより玆に二千五百七十有九年、大帝明治不磨の憲法を布かれてより既に三十年也。此吉辰に当りて我修養団は創立十四年の記念日を迎ふ。奚んぞ欣快に堪へん哉。夫れ愛すべきは国に非ずや、尊むべきは君に非ずや、敬すべきは父兄に非ずや、慈むべきは弟少に非ずや、親むべく信ずべきは朋友に非ずや、励むべきは業に非ずや、之れ天地の大道也。斯の如くなれば誰か其身を傷り、其国を害はん。然るに今人努むる事少くして得ん事多きを貪り、施す事薄くして求むる事大也。之が為めに百福期せずして却つて百禍の攻むる所となり、煩悶憂苦の声漸く喧し。之現代の一大禍根に非ずや。本団が愛と汗とを宣伝せんとするは、実に天地の大道を以て此の禍根を除かんと欲するが故なり。今や欧洲の戦禍漸く終熄し平和の瑞気新たに光熙せんとす、吾国亦五大強国の一として世界の平和を確保すべき選に在り。実に国民の一大覚悟を要すべきの秋也。修養団同人は和衷協力、今後益々奮励し邦家の為め克く其初志を貫徹せん事を望む
○中略
 尚ほ当日は紀元節の事とて本団関係諸先輩等の来会者尠かりしは遺憾なりし、又渋沢男よりは大福餅の寄贈、高須憲隆・田野井多吉の両氏より金円若干の寄附あり、共に深く同人の感謝する所なり。