デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
1節 実業教育
1款 東京高等商業学校 付 社団法人如水会
■綱文

第44巻 p.141-142(DK440052k) ページ画像

明治43年1月22日(1910年)

是日栄一、当校ニ於テ生徒ニ対シ、渡米中ノ所感ヲ述ブ。同夕、上野精養軒ニ於テ開カレタル当校職員並ニ同窓会主催ノ渋沢・神田両男爵帰国歓迎晩餐会ニ出席シテ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK440052k-0001)
第44巻 p.141 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二十二日 曇 寒
○上略 午後三時高等商業学校ニ抵リ、学生一同ノ企望ニ応シテ米国旅行中ノ感想ヲ講演ス、聴衆一千余名、満堂余地ナキニ至ル、校長沢柳氏先ツ紹介ノ詞アリ、夫ヨリ一時間余ノ長演説ヲ為ス、畢テ神田氏ノ英語演説アリ、五時ヨリ上野精養軒ニ於テ晩餐会ヲ開カル、同窓会員多ク来集ス、食堂ニ於テ一場ノ演説ヲ為ス、夜十時散宴帰宿ス。
  ○当校ニ於ケル講演概要ハ、本資料第三十二巻所収「渡米実業団」明治四十二年十二月二十六日ノ条ニ収ム。


竜門雑誌 第二六二号・第二三―二四頁 明治四三年三月 今後の商業家(DK440052k-0002)
第44巻 p.141-142 ページ画像

竜門雑誌  第二六二号・第二三―二四頁 明治四三年三月
    今後の商業家
 本篇は、東京高等商業学校の歓迎会席上に於て青淵先生が、渡米所感の一端を述べて謝辞に代へたるものなり
満場の諸君、私は先刻学校の講堂に於て申した事を、再び爰で繰り返へすので御座いますが、其れは外でもありません、昨年の六月二十一日は、実に涙を含んでの会見で御座いました。然るに今夕は夫れに引きかへ、笑顔を以て皆さんに御目に掛ることを得まして、御互に誠に悦ばしい次第に存じます。私が昨年米国に向つて出発致した頃までは学校は此のさき如何成り行くものにや、或は門前雀羅を張るに至りはせぬかなどゝ、第一に学校の存在が疑はれて実に掛念に堪へませんでした。然るに今日では、校長にも実に良校長を得まして、全く本に復するを得ましたのは、返す返すも悦ばしい次第で御座います。
然るに学校の問題として、今回私が彼の地で感じました点を、一・二申上げて見ますれば、今日の商業家は、第一に語学が頗る必要だと信じます。此点は現に私が彼の地の言葉に通じませんが為めに自ら大に不便と苦痛とを感じましたから、今回痛切に言葉の必要なる事を感じた次第で御座います。第二には学問負けをしない事であります。亜米利加の人は、己が学んだ学問は能く自分の腹の中に咀嚼し、且つ同化
 - 第44巻 p.142 -ページ画像 
して、之を日常万般の上に活用して居る事が、明かに認めらるゝのでありますが、翻つて我が国の有様を観ますれば、我が国の学者は、己が学問を能く咀嚼し、同化する事が出来ない為めか、如何にも学問が身体に別にクツツイて居るかの如くに感じられ、従つて学問の活用はおろか、却て己が学問が己れの邪魔に成り、謂はゞ己が学問に力負けをする様な傾きがありはせぬかと思はれます。以上の二点に就ては学校の職員諸賢に御一顧を煩はしたいと思ひます。次に同窓会員諸賢に向て申上げて見たいと思ひますのは、近年学校の卒業生も、毎年二百数十名に達するとの事なれば、会員は年々殖えるばかりで有りませうが、世には人数の増加が、却つて四分五裂を醸す基と成る様な事が往往御座います様ですから、既に皆さんで御計画が有つて居れば、私が申上る必要も御座いませんが、此の際適当の方法を講ぜられ、今の基礎を愈々鞏固ならしめ、且つ大に会の発展を期せらるゝ様の御計画を切に希望致します。