デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
1節 実業教育
9款 市立名古屋商業学校付商友会
■綱文

第44巻 p.473-475(DK440100k) ページ画像

大正12年6月10日(1923年)

是ヨリ先、当校校友等、元校長市村芳樹ノ寿像建設ヲ計画ス。栄一嘱ニ依リ題字ヲ揮毫ス。是日、当校校庭ニ於テ除幕式挙行セラル。栄一、土肥脩策ヲ代理トシテ、祝辞ヲ寄ス。


■資料

御揮毫物控 【(大正十一年十一月廿八日) 送リ状 一紙二枚 名古屋商業学校願出】(DK440100k-0001)
第44巻 p.473 ページ画像

御揮毫物控               (渋沢子爵家所蔵)
(大正十一年十一月廿八日)
    送リ状
一紙二枚 名古屋商業学校願出
  銅像之題字「市村芳樹先生」ノ六字
  大正十一年十一月初旬中ニ願上候
右之通リ御送リ申上候間可然御取計願上候
                   兜町 事務所
  飛鳥山邸
    磯村十郎様


市村先生語集 山崎増二 杉浦太三郎 伊藤惣次郎 編 附録・第四九頁 大正一五年一二月再版刊(DK440100k-0002)
第44巻 p.473-474 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

市村先生語集 山崎増二 杉浦太三郎 伊藤惣次郎 編 附録・第五〇頁 大正一五年一二月再版刊(DK440100k-0003)
第44巻 p.474-475 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

商士 第二〇〇号・第一一頁 大正一二年六月 渋沢子爵祝辞(DK440100k-0004)
第44巻 p.475 ページ画像

商士 第二〇〇号・第一一頁 大正一二年六月
    渋沢子爵祝辞
 市村先生と同門の親友土肥脩策氏は渋沢子爵の祝辞を朗読せらる。
      祝辞
大正十二年六月十日、前名古屋商業学校長市村芳樹君ノ寿像成リテ其除幕式ヲ挙行セラル、慶賀何ソ堪ヘン
君ハ東京商科大学ノ前身タル東京高等商業学校ノ出身ニシテ、職ヲ名古屋商業学校ニ奉シテヨリ専心一意卓識ト熱誠ト慈愛トヲ以テ同校子弟ノ教育ニ尽スコト二十有五年、校風大ニ揚リ教務益々備ハリテ多数ノ俊秀ヲ社会ニ送リ、然モ此等幾千ノ子弟ハ高潔ナル恩師偉大ナル慈父トシテ君ヲ敬慕セリ、而シテ君ガ其職ヲ辞スルヤ門弟諸子ハ師ノ鴻恩ニ酬ヒンカ為ニ普ク資ヲ募リテ君カ世界視察ノ志ヲ遂ゲシメタリ、今又商友会京阪神支部ノ首唱ト同会本部ノ賛同尽力トニヨリテ名古屋商業学校校庭ニ君ノ寿像建設セラル、玆ニ市村君ノ高風表シテ千載ニ伝フヘク、門弟諸子ノ厚誼記シテ世教ヲ益スヘキナリ
惟フニ世界ノ大勢ト我国運ノ進歩トハ益商業教育振興ノ必要ヲ見ル、市村君猶春秋ニ富ム、将来愈其徳ヲ積ミテ斯道ニ尽瘁セラレ、門弟諸子亦師ノ意ヲ体シテ斯業ノ発展ニ努力セラレンコトヲ切望シテ止マサル所ナリ、遥ニ一言ヲ寄セテ以テ祝辞トナス
  大正十二年六月十日
                   子爵 渋沢栄一
  公人としての渋沢子爵に関しては一言をも費すの要は無い。只玆に言はざるべからざるは子爵が我国商業教育の大恩人たる事である。此大恩人は常に商業教育界の第一人者として我市村先生を推賞し先きに名古屋商業学校創立三十年祝典に又市村先生謝恩会にも老躯を提げて演壇に立ちて祝辞を述べ、先生及門下生を激励せられたるは常に我等の感謝に堪へざる所であるが、今回の寿像建設の挙を聞きて大に悦び、我等の請を容れて題額を与へられ、土肥氏を通じて今日の式典に親しく臨む能はざるを遺憾とする旨を伝へられ、此祝辞を寄せられたるは我等只感激の外は無い。