デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
10款 皇典講究所・国学院大学
■綱文

第45巻 p.419-420(DK450162k) ページ画像

大正12年10月25日(1923年)

是年四月、当所総裁北白川宮成久王薨去セラル。依ツテ久邇宮邦彦王ニ総裁就任ヲ請願、是日承諾セラル。栄一顧問トシテコノ議ニ与ル。


■資料

皇典講究所書類 (一)(DK450162k-0001)
第45巻 p.419-420 ページ画像

皇典講究所書類 (一)          (渋沢子爵家所蔵)
(写)
謹啓、益御清適為邦家御尽力被成下忝奉存候、先日ハ御多端之御央参館御妨申上候、其節申上置候総裁推戴ノ件、別紙議案御捺印被成下度奉希候
右御願迄如此ニ御座候 敬具
  十月十五日               桑原芳樹
    渋沢閣下
桑原氏書状ニ附記の上同書状返戻せらる
        拝読、来示之通リ直ニ捺印返上仕候、早々御取運被下度候、過日ハ特ニ此件ニ付御来訪被下、近況をも詳悉するを得、大悦此事ニ御座候
        乍略儀拝復如此御座候 不宣
明六 十月十五日 栄一 栄一
(別紙)
十月十五日小印の上返却せらる 明六
                             (桑原)
大正十二年八月二十七日              専務理事 (印)
   (平山)        (江木千之) (清浦)  (岡部)
 顧問 (印) 栄一 (印)  (印)
    (一木)
 所長 (花押)
   (芳賀)
 学長 (印)
    総裁推戴ノ件
総裁北白川宮殿下薨去アラセラレ候ニ付久邇宮殿下ヲ総裁ニ推戴致度理事会及協議員会ニ於テ決議致候、左記ノ通願出可然哉
      総裁推戴ノ儀ニ付御願
 - 第45巻 p.420 -ページ画像 
故大勲位成久王殿下ヲ本所総裁ニ推戴罷在候処、不幸ニモ四月一日ニ薨去アラセラレ恐懼悲痛措ク能ハザル儀ニ御座候、然ルニ如今処務進展ノ為総裁奉戴ノ儀荏苒経過スルコト能ハズ候間、恐レナガラ久邇宮殿下ヲ本所総裁ニ奉戴致度本所理事会及協議員会一同ノ希望ニシテ、今般右両会共全会一致ヲ以テ決議致候間、奉恐入候ヘドモ特別ノ思召ヲ以テ御聴許被為在候様御取計被成下度、此段奉願候也
  大正十二年十月十二日
                         所長名
  久邇宮御附
    宮内事務官 野村礼譲殿
   ○右桑原書翰以下渋沢事務所ニ於ケル写ナリ。栄一記文・加印同断。


皇典講究所書類 (一)(DK450162k-0002)
第45巻 p.420 ページ画像

皇典講究所書類 (一)          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
予テ協議員会全会一致ノ決議ニヨリ
大勲位邦彦王殿下ヲ本所総裁ニ推戴ノ儀御願申上置候処、本日御許諾被為在候ニ付此段及御通知候也
  大正十二年十月二十五日
          皇典講究所長 一木喜徳郎 皇典講究所長印
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿



〔参考〕皇典講究所五十年史 同所編 第三〇六―三〇七頁昭和七年一〇月刊(DK450162k-0003)
第45巻 p.420 ページ画像

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