デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
13款 財団法人私立高千穂学校
■綱文

第45巻 p.527-528(DK450197k) ページ画像

大正11年5月27日(1922年)

是日栄一、当校創立第十九周年記念式ニ出席シテ演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK450197k-0001)
第45巻 p.527 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年      (渋沢子爵家所蔵)
五月廿七日 土 午後二時 高千穂学校記念会(同校)


竜門雑誌 第四一六号・第二四―二六頁 大正一二年一月 ○吉宗公と其令孫 青淵先生(DK450197k-0002)
第45巻 p.527-528 ページ画像

竜門雑誌  第四一六号・第二四―二六頁 大正一二年一月
    ○吉宗公と其令孫
                      青淵先生
  本篇は青淵先生の高千穂学校創立満十九周年記念会席上に於ける講演の要旨なりとす。(編者識)
 高千穂学校の記念日には、毎年出まして、何か感想を述べて居りますが、本日も罷出まして多数の若い方々にお目にかゝり、甚だ愉快に思ひます。本校も年と共に盛大となり、卒業生及在学生の成績の見るべきものあるは、校長並に教員の方々と共に私も深く喜ぶところであります。今日此席に於きまして、諸君に一言お話申し上げたいことがあります。それは、徳川吉宗公とその令孫に当らるゝ松平楽翁公との美徳に関することであります。吉宗公は紀州家の出で、徳川中興の武将と仰がれて居る人であります。その吉宗公の話を集めた柳営夜話と申す本の中に、人の世に処し事を行ふには、堪忍の必要であると云ふことゝ、又人は他人に対して常に敬愛の念を懐かねばならぬと云ふことが書いてあります。今その一節を読み上げますと
 一、短気なる者は事を為損じ身を失ふこと多し。我性質短気なりと知らば、随分堪忍の心を用ひ禁め慎しむべし。短気は大分我儘より出づるものなり。名人の上に嘗て無之ことなり。
 一、昔、数度武功の誉ある老士あり。若き人々武功物語を所望しけるに、老士語つて曰く、某若き時に左したる武功はなし。天性愛敬ありて人によく思はれし故に、少の働きをもよく取成されて、思はず誉を得たり。人は愛敬あるがよし、と語りしとかや、殊勝の物語なり。
 さて「堪忍のなる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍」とは卑俗な諺ではありますが、物に耐えるが堪忍で、この堪忍の出来ぬ人は修養の足らぬが為であると言つたものであります。「己に怒り、天に怒らず」と古人も申されました。吉宗公も、其通り、短気は皆我儘、惰弱から来るものであることを教へられたものであります。又、人は敬愛の念が非常に大切であります。これは最も重要な徳であつて、勝れた人、殊に気高い人が、他人から尊敬せられますのは、皆この敬愛の徳を守るからであります。
 次にお話申し上げたいと思ひますことは、吉宗公の令孫松平楽翁公のことであります。この方は天明七年から寛政五年まで、老中の職に在りて、幕府の政事を改革された偉人であります。私は、徳川幕府時代の人々の嘉言善行は、比較的よく之を識つて居る積りでありますがその中にて、人格者として最も尊ぶべきは、白河楽翁公であらうと思
 - 第45巻 p.528 -ページ画像 
ひます。公の御事績を考ふるに、七歳の時から本を読み初め、先生から大層覚えがよいと褒められたので、御自分も何か人より覚えがよいのであらうと考へ、それから大学と申す本を読まれたさうでありますが、この本はなかなか六ケ敷い本で、急に覚えられませんでしたさうであります。そこで、左程記憶のよくないものを褒めたりするのは、人を誤らせる基であると思ひつき、十二歳の時、自ら教へる考へで、自教鑑と云ふ本を著はされました。その自教鑑の中に、次のやうなことが書いてあります。
 口は禍の門と云ふが、或場合には、幸の門になることがあります。即ち使ひ方次第で、口も禍の門ばかりにはならないと云ふことが書いてあります。十二歳の時のお考へといたしましては誠に驚き入つたものであります。公が生涯の徳業事功は皆さんもよく御承知のことゝ存じますから、今日この席で、それらのことを詳にお話いたしますことは差控へます。只一言申し添へたいと思ひますことは、公は少壮の時分大層負けぬ気のお方であつたさうであります。然るに修養に心を用ひさせられ、つとめて短気を制し、堪忍の徳を修められ、徳行申分ないお方になられました。その祖父に当らせらるゝ吉宗公の遺訓に就て考へ合しますと、吉宗公のやうなお方に楽翁公のやうな立派なお孫さんがあつたのは、当然のことのやうに思ひます。されば柳営夜話の中に見えてゐます、人の世に処する上に於て、是非心掛けねばならぬ堪忍と敬愛との二徳を述べ、二公の当代及後世より深く尊敬せらるゝも全く堪忍と敬愛との二徳を円満に備へて居られ、よく人を容れたからであることを申し上げ、御参考に供した次第であります。