デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 1. 財団法人二松義会
■綱文

第45巻 p.560-561(DK450211k) ページ画像

大正6年8月7日(1917年)

是日、当会会員総会開催セラレ、評議員改選ノ結果、栄一当会評議員ニ推挙セラル。


■資料

二松学舎六十年史要 国分三亥編 第一〇九頁 昭和一二年一二月刊(DK450211k-0001)
第45巻 p.560-561 ページ画像

二松学舎六十年史要  国分三亥編 第一〇九頁 昭和一二年一二月刊
 ○第二編 財団法人二松学舎沿革
    第二章 財団法人二松義会時代
○上略

 - 第45巻 p.561 -ページ画像 
八月七日○大正六年会員総会開催、評議員を選任すること左の如し。
  岡田起作   佐倉孫三    山田準
  平野猷太郎  荘田要二郎   林直方
  三島毅    三島復     三島桂
  三島広    尾立維孝    那智佐伝
  児島献吉郎  久保輗次郎   斎藤良一
  井上公二   池田四郎次郎  尾崎嘉太郎
  速水柳平   大城戸宗重   入江為守
  細田謙蔵(以上重任)
  五弓安二郎  安井小太郎   宮内黙蔵
  渋沢栄一(以上新任)計二十六名
○下略
  ○因ミニ栄一ノ会長・理事タルコト従前ト同ジ。


渋沢栄一書翰 三島毅宛 (大正六年)一二月二一日(DK450211k-0002)
第45巻 p.561 ページ画像

渋沢栄一書翰  三島毅宛 (大正六年)一二月二一日   (三島美代氏所蔵)
粛啓、爾来追々御宿痾御軽快之趣欣賀此事ニ御坐候、其後近況御伺旁参上仕度之処雑務ニ取紛れ御疎情ニ打過申訳無之候、頃日ハ尊翰且高作御恵投被下拝読仕候、弊荘ニ対する玉詠ハ来春御揮毫相願申度候
二松学舎之義ニ付而も兎角捗々敷相運不申恥入候義ニ御坐候、細田氏之事ハ疇昔池田・速水両氏ニ懇々申談置候、其中何とか回答有之候事と存候、年内余日無之候ニ付而ハ、明春早々諸氏を督促いたし目的ニ達し申度と期念罷在候、右乍延引奉復如此御坐候 敬具
  十二月廿一日
                        渋沢栄一
    中洲三島先生
        玉案下


渋沢栄一 日記 大正七年(DK450211k-0003)
第45巻 p.561 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年          (渋沢子爵家所蔵)
二月二日 晴 寒
○上略 四時二松義会理事三氏来会ス、来ル十二日ノ会談ヲ約ス○下略
  ○中略。
二月十二日 晴 風ナクシテ天気快晴ナリ
○上略午後四時半二松義会ニ抵リ、評議員会ヲ開キ計算書ノ承認ヲ受ク後細田・池田・尾崎・速水ノ四理事ト富士見軒ニ会食シテ種々ノ協議ヲ為ス、十時散会帰宿ス
  ○中略。
二月二十六日 晴 寒威日々ニ減シテ春色漸ク加フルヲ覚フ
○上略 三島復氏来ル、二松学舎幹事山口氏ノ事ヲ談話ス○下略
  ○中略。
三月十一日 曇
○上略 細田謙蔵氏来リ、二松義会ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
三月十五日 曇
○上略 午後三時事務所ニ抵リ、田辺為三郎氏来訪、二松義会ノ事ヲ談ス○下略