デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 2. 財団法人二松学舎
■綱文

第45巻 p.601-605(DK450226k) ページ画像

昭和2年1月5日(1927年)

是ヨリ先、大正十五年六月、当学舎学長児島献吉郎辞任ス。栄一、第七高等学校講師山田準ヲ後任ニ推シ、学長ヲ嘱託ス。是日、山田準着任ス。


■資料

二松学舎六十年史要 国分三亥編 第六五―六六頁昭和一二年一二月刊(DK450226k-0001)
第45巻 p.601 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第六五―六六頁昭和一二年一二月刊
 ○第一編第二章歴年沿革
    大正十五年(昭和元年)
○上略
 六月十八日、児島献吉郎京城大学赴任に付、二松学舎学長を辞す、第七高等学校講師、山田準に学長を嘱託す。
○中略
     昭和二年
一月五日、二松学舎学長山田準、鹿児島より入京し学長事務及教授に従事す。
○下略


渋沢栄一 日記 昭和二年(DK450226k-0002)
第45巻 p.601-602 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
 - 第45巻 p.602 -ページ画像 
一月九日 曇 寒気昨日ト同シ
○上略 午後二松学舎学長山田準氏、鹿児島県高等学校ヲ去リテ出京セシ趣ニテ来訪ス、会見シテ学舎ノ近状ヲ談話ス○下略


渋沢栄一書翰控 山田準宛 大正一五年五月二二日(DK450226k-0003)
第45巻 p.602 ページ画像

渋沢栄一書翰控  山田準宛大正一五年五月二二日   (渋沢子爵家所蔵)
  (朱書)
  大正十五年五月廿二日付山田準氏宛総長親書写
拝啓、追日暖気相加候得共賢台益御清適之条欣慰之至ニ候、然者過般御出京之節ハ態々拙宅まても御枉駕被下候処、匆卒之御接遇いたし欠礼奉謝候、其際御懇話仕候二松学舎学長御就任之件ハ如何之御都合ニ候哉、老生ハ爾来頻ニ苦慮罷在候、折角中洲先生之御遺業たる学舎も先頃学長三島復君死去之後ハ、自ら中心を失ひ候姿と相成、老生ハ勿論理事一同其他之人々迄も切ニ賢台に嘱望致し居候、就而ハ方谷大人之令嗣にして中洲先生之高弟たる賢台ニ於て御奮発被下候ハヽ学舎将来之隆盛期して俟つへき事と存候、曩に老生舎長に就任致し候も身柄不相当とハ思惟せしも、本学舎をして幾分にても現下之世道人心ニ裨補あらしめ度熱望ニ外ならさる次第に付、何卒其辺之事情御諒察相成至急御快諾之御回示被成下度懇祈之至ニ候、右一書可得貴意如此御座候 敬具
  大正十五年五月廿二日
                        渋沢栄一
    山田準様
       玉案下


(山田準)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)六月一一日(DK450226k-0004)
第45巻 p.602-603 ページ画像

(山田準)書翰  渋沢栄一宛(大正一五年)六月一一日
                    (渋沢子爵家所蔵)
拝復仕候、時下雨期に入候処閣下御健勝御起居被遊、為邦家各方面御賢労被成下候段不堪感激候、且又先年より二松学舎々長として御老体にも不被為拘格別の御配慮御援護を垂れさせられ、小生等末徒只管感銘罷在候而已ならす、先師の霊如何許り泉下に感喜致候はん、難有仕合奉存候、然処先年学舎長三島復氏仙去致し、児島高師教授一時弥縫致来候処、是亦朝鮮大学赴任の為京地を去り、折柄四月初旬小生入京候処、尾立理事国分評議員を始め衆議小生の学長就任相勧められ、閣下御邸相伺候処、是亦先師御宿契の由来学舎の現況より説て小生の就任御勧被下、誠ニ浅学不才の小生感泣の外無之候、然処小生京を出てて二十八年、其内二十六年ハ鹿児島七高奉職罷在り、公私共事情錯綜致居候間、御即答仕兼帰麑致、荏苒相過候処、去月下旬ハ更ニ懇書を賜り、小生の決心御促被下恐懼の外無之候、就てハ機を見て七高校長及嗣子共へ小生衷情相語候処、双方共諒解を得候間、玆ニ閣下へ御返答申上候次第ニ立至り候、小生事先師に対し甚深の恩義相蒙り、且又両家関係も格外の儀有之候に不拘、閣下其他斯迄学舎の為御配慮被下候に対し辞拒致候は罪悪不軽相感候間、謹而御請け致候、但徳薄く才疎ニ学長の重責ハ重々身に余り候、此点中心より恐懼不知所措候得共閣下其他の御援助に依り犬馬の労に服し度存入候、御来教の通現代人心の悪化及学舎の現状寒心の次第ニ御座候、今より偏ニ閣下御指導の
 - 第45巻 p.603 -ページ画像 
下に努力仕度、閣下御高齢且又各方面御多用被為入候御事奉拝察候得共、何分共我々後進御引廻被下、学舎一段の拡張其他万御指導被成下候様伏而奉懇願期待候
次ニ野生上京時期に御座候、早速発程も可致の処、当七高今秋創立二十五周年紀念式挙行の筈にて、小生等委員として計画中ニ有之、且小生本校創立以来継続教員の一人にも有之、又後任者の関係上上京ハ本年末迄御猶予相願度、甚勝手ながら此段折入り奉願候
先ハ乍延引右御返答申上候、時気雨意相含候、折角為邦家御自重被遊度奉願候 草々拝具
  六月十一日               山田準
  二松学舎長
    渋沢栄一様
        侍史


渋沢栄一書翰 山田準宛大正一五年八月八日(DK450226k-0005)
第45巻 p.603 ページ画像

渋沢栄一書翰  山田準宛大正一五年八月八日   (山田準氏所蔵)
拝啓、炎暑難堪候へとも賢台益御清適之御事と奉遥頌候、老生追々衰頽ハ相加り候も今年ハ臥床迄に至らすして引続き瑣事ニ拮据罷在候、御省慮可被下候、然者先般御出京拝眉之際特ニ懇願致し、其後書中にて縷々申上候二松学舎学長御担任之事ハ特別ニ御考慮被下候趣にて、去ル六月十一日附尊翰を以て御快諾之旨御回答被成下、老生ハ勿論学舎一同大悦此事ニ御坐候、依而尾立君等と種々協議之上、其後学舎ニ評議員会を開き、賢台本舎学長御承諾被下候事を報告いたし、更に理事会ニ於て学舎将来之経営方法ニ付色々と熟議致候得共、兎角近来漢学ニ人気少く、最良学生之入舎を企図するにハ学舎にも相当之施設なかるへからすと申事にて、右等種々計画中ニ御坐候、其中御就任之上充分御考慮可相願と期待致候も乍序一応申上置候、但し賢台之御出京ハ本年末との来示も拝承致候間、理事各位特ニ尾立君と審議し、此際幾分之改進を謀りて学舎之教務も名声も向上致候様努致居候間御降神被下度候《(力脱)》、右ハ過般之貴翰に対する拝答迄匆々如此御坐候 敬具
  大正十五年八月八日
                    香山客舎ニ於て
                      渋沢栄一
    山田準様
           拝復
  乍略儀追啓申上候ハ、客月十八日にハ御祖考山田方谷先生五十年祭典御執行ニ付、紀念品をも相添鄭重なる御通知を忝ふいたし候も、遠隔之土地殊ニ老衰之身体乍思御疎音仕候、御海容被下度候何れ御出京拝眉之際ニハ、方谷先生之国事御尽瘁之経緯詳細相伺度と期待仕候
  老生本月々初より伊香保温泉に転地仕候、是ハ疾病之為にハ無之全然之避暑旅行にて、数日之経過なるも都門之炎熱を忘れ朝夕涼風清絶実ニ別世界之感有之候、依て来客なき日ハ早朝より書類之整理又ハ揮毫抔ニ消光し、積埋《(堆)》せる書債之償却に努力罷在候、乍序申添候也

 - 第45巻 p.604 -ページ画像 

(山田準)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)一〇月一八日(DK450226k-0006)
第45巻 p.604 ページ画像

(山田準)書翰  渋沢栄一宛(大正一五年)一〇月一八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
敬啓仕候
秋晴之砌御康寧御起居相成且又為邦家始終御賢労被成下難有仕合奉存候、然者二松学舎之儀、去十日五十年記念式御挙行被成下盛大相了り候段、全く御配慮之賜、先師泉下の霊満悦無限の儀相察候、門下後生の一員として小子共御礼の申上様も無之候、尚其前御邸にて貴紳招待被成下、二松校発展の御相談被遊下候由、何から何迄深甚の御厚配感激の至ニ御座候、尾立・池田諸氏より時々報道相受候次第ニ御座候
去八月初旬ハ香山より御懇書相戴候縷々御申示被下感涙相咽候、折柄小子ハ外務省対支文化事業なる支那視察の一員として、十二日渡支、長江筋より武漢を経て京漢鉄道にて北京に入り、曲阜に孔廟を拝し、泰山登探、青島より大連に渡り、旅順ニ皇軍義戦の迹を偲ひ、朝鮮を経而旅程三十五日無事帰着候、彼是して暑中御伺も致兼、且又折角の松校記念式も理事の言葉にあまえ不参致し、我儘の至り御海容の程奉願候
不肖の身兼て御嘱望の重きに恐縮罷在候得共 閣下御老体御厭も無之御賢労被下候を、自分共後輩因循罷在る可筋に無之、弥々当地本年限り引上けて、松校に青少年の相手可仕候、然る上ハ万々御指図の程奉懇願候
本日ハ報徳会の花田氏も桃山より久々にて帰省致候間、明年後小生の心事相話し、閣下の御高誼相語り、共に与ニ世道の上に相尽す可く熟話致候様の次第に御座候
時下不順ニ御座候、十分御加養被為在度奉祈候、草々拝具
  十月十八日
                      山田準
    渋沢貴爵閣下


(山田準)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)一二月五日(DK450226k-0007)
第45巻 p.604-605 ページ画像

(山田準)書翰  渋沢栄一宛(大正一五年)一二月五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓仕候
時下冷気相加候処御安祥被為入奉南山候
此間ハ
御上より我二松学舎へ御下賜金被下感泣の至りニ奉存候、是れ 皇恩の然らしむる処ハ勿論ニ候も、閣下多年舎長として御尽瘁被成下御蔭と只管拝謝致候次第ニ御座候
尚又二松学舎拡張募費の件、不一方御配慮被成下是亦難有仕合奉存候私事入京相後れ相済み不申候、来月五日此地引上候、何かの御用ニ相立候はゞ仕合奉存候
弊著陽明学精義此地にて研究に候間此地に相残し度と、貧弱の小著且又内容杜選恥入候得共、会員の切望にて印刷致候間、一本数日前御手元差出候、御一瞥被下候得ハ仕合奉存候
先ハ時候御伺且又御挨拶如斯御座候、草々拝具
 - 第45巻 p.605 -ページ画像 
  十二月五日
                        山田準
    渋沢栄一様
       御執事