デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 2. 財団法人二松学舎
■綱文

第45巻 p.618-619(DK450230k) ページ画像

昭和4年5月12日(1929年)

是日、当学舎講堂ニ於テ、中洲先生十年祭並ビニ雷堂先生五年祭祭典挙行セラル。栄一病気ノタメ代理トシテ高田利吉出席ス。


■資料

二松学舎六十年史要 国分三亥編 第七〇頁昭和一二年一二月刊(DK450230k-0001)
第45巻 p.618 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第七〇頁昭和一二年一二月刊
 ○第一編 第二章 歴年沿革
    昭和四年
○上略
 五月十二日は中洲先生満十年の忌辰に当り、且本年は雷堂前学長の逝去後満五年に相当するを以て、併せて午前九時より本舎に於て祭典を行ふ。当日は遺墨を展覧に供し、午後二時半両先生の墓所に参拝す
○下略


(山田準)書翰 渋沢栄一宛(昭和四年)五月四日(DK450230k-0002)
第45巻 p.618-619 ページ画像

(山田準)書翰  渋沢栄一宛(昭和四年)五月四日   (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆朱書)
                  昭和四年五月四日
                      山田準氏来状
拝啓仕候、時下不順ニ御座候処去月来御引籠被遊候も昨今御快気被為入奉南山候、其後御伺候相懈り不本意奉存候、然者別紙ノ通相当致候間理事会協議の上挙行致し、閣下御名義を以て案内状差出候間御含被下度、当日ハ理事其他にて万事取計可申候間御心安く御思召被下度、十分御静養の程奉懇願候 拝具
  五月四日
                      山田準
    青淵先生
       侍史
 尚陽明会事東敬治氏病気快治の上帰京相成候間、今後両人手分ケシテ講釈可致是亦御含奉願候
(別紙、印刷物)
拝啓時下御多祥被為入奉欣賀候、然者来十二日は故中洲先生満十年忌辰ニ相当致候に付、故雷堂先生五年祭を併せ、本舎主催左記順序に依り祭典及講演等執行仕候間御繰合御参列被成下度、此段御案内申上候
                           敬具
  昭和四年五月五日
                      財団法人二松学舎
                        舎長 子爵渋沢栄一
    記
一、祭典開始      十二日午前九時 於本舎講堂
一、講演        同  午前十時 同
 - 第45巻 p.619 -ページ画像 
   講演者 男爵 阪谷芳郎氏 山田準氏
一、遺墨陳列      同  午前中 於階上教室
一、展墓(有志者)   同  午後二時三十分墓地参集
  墓所 荏原郡池上村字小池。省線五反田駅乗換池上電鉄長原駅下車左方約三丁洗足小池上。目標一本松アリ

○記念会 中洲会主催 十二日午後六時富士見町富士見軒開会
     会費金参円五拾銭当日御持参可被下候
 右御賛同の方は本舎内中洲会へ至急御一報可被下候
  ○右書翰封筒ニ栄一鉛筆ヲ以テ次ノ如キ記入アリ。
   当日ハ代理トシテ高田利吉氏ヲ出席セシメ、且祭壇ヘ香奠トシテ金五拾円ヲ備ヘタリ


(山田準)書翰 渋沢栄一宛(昭和四年)五月一四日(DK450230k-0003)
第45巻 p.619 ページ画像

(山田準)書翰  渋沢栄一宛(昭和四年)五月一四日   (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆朱書)
                  昭和四年五月十四日
                      山田準氏来状
拝啓、中洲・雷堂両師の忌辰祭執行に際し、御名代御差遣はされ候のみならず霊前に御供物を辱うし御芳志奉深謝候、以御蔭万端無事結了致候間御休神被成下度、右不取敢御礼迄如此御座候 敬具
  五月十四日               山田準
    渋沢子爵閣下