デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
16款 江原奨学資金
■綱文

第46巻 p.5-8(DK460001k) ページ画像

明治45年6月1日(1912年)

是ヨリ先、麻布中学校校長江原素六、古稀ヲ迎ヘ、更ニ是年四月貴族院議員ニ勅選セラル。友人等発起委員トナリ、是日、麻布中学校ニ於テ祝賀会ヲ開催ス。栄一、出席シテ祝辞ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第二八九号・第九五頁明治四五年六月 ○江原素六氏祝賀会(DK460001k-0001)
第46巻 p.5 ページ画像

竜門雑誌 第二八九号・第九五頁明治四五年六月
○江原素六氏祝賀会 江原素六氏は昨年古稀の齢に達し、今春貴族院議員に勅選せられたるに由り、知己及門人諸氏発起となり、六月一日午後二時半より、氏の管理する麻布中学校に氏を招待して其祝賀会を開きたり、来会者の重なるは青淵先生・長谷場文相・高木兼寛男・大岡衆議院議長・井口陸軍中将其他学生等約千余名にして、真野工学博士開会の趣意を述べ、長谷場文相・尾崎市長の祝辞朗読あり。夫れより青淵先生は発起人を代表して一場の祝辞を述べたり、其要に曰く
 江原翁と余とは二個の重要なる関係を有す、其一は両人共に古稀の齢を迎へたること、其二は両人共に徳川幕府の遺臣たること是れなり、而して翁の是まで政治・教育・宗教三方面に尽瘁したる功績は偉大なるものあり、而かも翁は驕らず傲らず自ら奉ずること頗る薄し、往昔顔回は蔬を食ひ水を飲み市井に隠遁したるが、翁は顔回の如き隠君子にあらずして、蔬を食ひ水を飲みて現に社会に活動しつつあるは多とすべきなり
と其績、其徳を頌揚し、記念品目録を贈呈し、尚ほ益田孝氏・麻布中学生徒総代の祝辞、江原素六氏の謝辞ありて会衆一同氏の万歳を三唱し、午後四時散会せりと云ふ。
   ○本記事中「発起人を代表して云々」トアルハ誤ナラン。


江原素六先生伝 江原先生伝編纂会委員編 第三一五―三二〇頁大正一二年五月刊(DK460001k-0002)
第46巻 p.5-8 ページ画像

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