デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
7款 帰一協会
■綱文

第46巻 p.482-485(DK460123k) ページ画像

大正2年7月4日(1913年)

是日栄一、上野精養軒ニ於ケル姉崎正治ノ渡米送別会ヲ兼ネタル当協会大会ニ出席ス。


■資料

帰一協会記事 一(DK460123k-0001)
第46巻 p.482-484 ページ画像

帰一協会記事 一               (竹園賢了氏所蔵)
    第拾壱回例会(大会)
七月四日○大正二年 午后四時半上野精養軒ニ開ク
今回ハ姉崎博士ノ送別会ヲ兼ネ特ニ今回ヲ大会トス
来賓招待状ヲ発スル事五十通
    (評議員会)
評議員出席者
 服部宇之吉氏  早川千吉郎氏  森村市左衛門氏
 成瀬仁蔵氏   浮田和民氏   姉崎正治氏
 筧克彦氏
本会議ニ於テ、加藤咄堂氏以下七氏ヲ本会々員トスル事ニ決シ、新ニ左ノ諸氏ヲ会員ニ推薦ス
 蘆部敬三郎氏 (八代・石橋両氏紹介)
 吉田静致氏  (井上・服部両氏〃)
 得能文氏   (姉崎・井上両氏〃)
 岡田哲蔵氏  (姉崎)
 三宅雄次郎氏 ( )
 島地大等氏  ( )
 高楠順次郎氏 ( )
 五代竜作氏  (渋沢・成瀬両氏〃)
 山内繁雄氏  (五島・成瀬両氏〃)
 - 第46巻 p.483 -ページ画像 
 団琢磨氏   (井上・成瀬両氏〃)
 伊沢修二氏  ( )
 松浦政泰氏  (成瀬・浮田両氏〃)
 小林一郎氏  (八代・姉崎両氏〃)
 一戸兵衛氏  (本郷・矢野茂両氏〃)
 安川氏    (渋沢男)
 山川端夫氏  (八代・佐藤両氏〃)
      右
当日出席者左ノ如シ
来賓 加藤咄堂氏   桜井錠二氏
   五代竜作氏   カーデイナー氏
   岡田哲蔵氏   吉田静致氏
   神田乃武氏   馬場恒吾氏
   三宅雄次郎氏  得能文氏
   増田明六氏
会員 姉崎正治氏   浮田和民氏
   成瀬仁蔵氏   石橋甫氏
   宮岡恒次郎氏  本郷房太郎氏
   五島清太郎氏  吉川重吉男
   加藤玄智氏   早川千吉郎氏
   森村市左衛門氏 村井知至氏
   矢野茂氏    杉山重義氏
   八代六郎氏   筧克彦氏
   黒岩周六氏   塩沢昌貞氏
   内ケ崎作三郎氏 マツコーレー氏
   大岡育造氏   古谷久綱氏
   本野一郎男   佐藤鉄太郎氏
   中野武営氏   ウエンライト氏
   中島力造氏   片山国嘉氏
   井上哲次郎氏  大内青巒氏
   荘田平五郎氏  阪谷芳郎男
   釈宗演氏    服部宇之吉氏
   渋沢栄一男   以上
開会前会計ノ報告、規約、姉崎博士渡米ニ付キ相談アリ、同博士ノ渡米ニ付キ新ニ服部博士ニ幹事ノ任ヲ依頼シ、博士ノ承諾ヲ得タリ、尚姉崎博士ハ在外中ト雖モ幹事ノ任ヲ帯ビラルヽ事、次テ服部博士新任ノ御挨拶アリ
当日ノ研究題目並主題者左ノ如シ
 仏教トキリスト教トノ異同      姉崎正治氏
      (五時廿分開講、神代氏筆記)
食事後批評並ニ意見
三宅雄二都氏 宗教ノ感化ニ対スル世人ノ考ヲ説キテ姉崎博士ニ希望ヲ述ベ、姉崎博士ハ之ニ答弁シ
中島力造氏 姉崎博士ハ両教ノ根本的差異ヲ力説セサルガ如シ、基督
 - 第46巻 p.484 -ページ画像 
教ノ中心ハ神ナリ、神ハ意志ナリ、孔子ノ教ニハ天意ヲ説ク、而ルニ仏教ニハ意ヲ説カズ、之レ最モ調和ニ困難ナル所ナリ
姉崎博士 法ハ心ト離ル可ラズ、心ハ理智ナリ、同時ニ心ノ活動ノ場合ハ意志ノ方面ナリ即心行ナリ、悲智=仏教 慈悲=意
(中島博士 姉崎博士ノ仏教ハ基教ノ所謂神学ニハ非ザルカ)
次ニ井上博士ノ批評及意見アリテ討論ヲ終リ、最後ニ桜井錠二博士ハ曰ク、姉崎博士ノ渡米ハ最モ適当ナル人ヲ得タルヲ喜ブ、日本文明ノ為ニ大ニ名誉トス云々ト祝辞ヲ述ヘ、姉崎博士ノ謝辞アリテ閉会ス
閉会ニ当リ左ノ件ヲ決ス
 一、八月例会ハ休会ノ事
 一、爾後例会定日ヲ第一水曜トスル事
 一、九月例会ハ特ニ第三水曜日(十七日)ニ開会スル事
 一、九月講演ヲ井上博士ニ依頼スルノ件


帰一協会会報 第三・第四―六頁大正二年一二月 七月大会記事(DK460123k-0002)
第46巻 p.484 ページ画像

帰一協会会報 第三・第四―六頁大正二年一二月
    七月大会記事
○七月四日 午後四時半上野精養軒に於て、文学博士姉崎正治氏の送別会を兼ね本会大会を開催す。此日会員外の人士を招待せること五十一名、其中出席せられたる人々は左の如し。
 桜井錠二氏    加藤咄堂氏    五代竜作氏
 カーデイナー氏  岡田哲蔵氏    吉田静致氏
 神田乃武氏    馬場恒吾氏    三宅雄次郎氏
 得能文氏     増田明六氏
      外に会員出席者三十五名。
当日の研究問題並に主題者は左の如し。
 仏教とキリスト教との異同 文学博士 姉崎正治氏
晩餐後批評及び意見続出し、先づ三宅博士は宗教の感化に対する学者の説を批評し、姉崎博士に希望を述べ、尋で、中島博士・井上博士の質問及び批評あり。
それより来賓総代として、桜井博士は、「姉崎博士の渡米は最も適当なる人を得たると喜び、日本文明の為めに大に名誉とす」云々との挨拶あり。之に対し姉崎博士の謝辞ありて閉会す。
 尚ほ玆に記すべきは、本会規則第九条に幹事五名とあるを六名と改むることに評議員会にて議決し、本日の大会にて規定の同意者を得て確定したり。次で此改正により文学博士服部宇之吉氏を新に本会幹事に推薦し、従来姉崎博士の担任せる事務を継承することとなり、姉崎博士は渡米後も依然幹事として留任せらるゝこととし、各々その承諾を得て、成瀬幹事より報告せり。姉崎氏の宿所は左の如し。
  No, 37, Ware Hall,
    Cambridge, Mass.
        U.S.A.


渋沢栄一書翰 姉崎正治宛(大正二年)六月二七日(DK460123k-0003)
第46巻 p.484-485 ページ画像

渋沢栄一書翰 姉崎正治宛(大正二年)六月二七日 (姉崎正治氏所蔵)
再度之貴翰拝読、賢台益御清適之条奉賀候、然者過日御送別之小宴相
 - 第46巻 p.485 -ページ画像 
催候ニ付、種々御懇切之来示ニ接し候ハ却而恐悚之至ニ候、実ハ昨年春帰一協会開設以後百事御担任被下細大となく御一身ニ引受御処理被成下候ハ、老生一人御礼申上候而ハ公事を私する之嫌有之候義と差扣居候も、近々米国御旅行を機とし同志諸君と相会し陳謝之微意を表すると共に、本会将来之施設ニ付御熟議申上候ハ恰好之事と、即ち賢台及諸彦之尊臨相願候義ニ御座候、其際各位之御陳述之如く、本会之事務ハ真ニ前途遼遠ニ付御同様ニ飽迄も精励、是非とも彼岸ニ達し候様仕度ニ付、此上とも御勉力奉頼候
服部君ニ御後任相托候由拝承至極之事と存候、貴命ニ従ひ老生今日一書差上御尽力相願置候、森村翁ニも昨夜会見之処、来月之例会ニハ出席之由申居候、成瀬氏も今朝面会色々打合申候
乍序申上候は、本会之計算書創立より今日迄之処別紙之通出納致候、残金千円余之中より向後之諸仕払支弁之筈ニて余祐無之ニ付、森村翁とも申合せ、更ニ各千円宛本年分として寄附之積ニ御坐候、もし是迄之姿ニ経営いたし候ハヽ右ニて明年迄維持し得へき筈なれとも、米国との権衡上今一段発展と申事ニ候ハヽ財源ニ一工夫を要し可申と存候御含まて申上候
右拝復旁匆々如此御坐候 不宣
  六月廿七日

    姉崎賢契
       坐下
   ○別紙ヲ欠ク。
   ○姉崎正治ハ日米交換教授トシテ、大正二年八月二十一日渡米ス。本資料第四十巻所収「日米交換教授」同日ノ条参照。