デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.100-107(DK470010k) ページ画像

大正6年3月12日(1917年)

是月八日、栄一、東京商業会議所ニ於ケル常務委員会ニ出席、又是日、首相官邸ニ開カレタル設立協議会ニ出席シテ、創立委員長トシテ経過ノ大要ヲ述ブ。次イデ翌十三日、東京商業会議所ニ創立委員会ヲ開キ、栄一、寄付行為ニツキ説明シテ承認ヲ得。


■資料

集会日時通知表 大正六年(DK470010k-0001)
第47巻 p.101 ページ画像

集会日時通知表  大正六年       (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 木 午後二時半 理化学研究所常務委員会(商業会議所)
  ○中略。
三月十二日 月 正午 理化学研究所ノ件(首相官邸)


渋沢栄一 日記 大正六年(DK470010k-0002)
第47巻 p.101 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正六年       (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 晴 寒
○上略 午後二時過商業会議所ニ於テ理化学研究所常務委員会開催ス、寄附行為ヲ議決ス○下略
  ○中略。
三月十二日 晴 軽寒
○上略 正午寺内総理大臣官邸ニ抵リ、午飧中理化学研究所寄附金ノ事ニ関シ市内有力ノ人士集合シテ、各其出金額ヲ協議ス○下略


設立経過(DK470010k-0003)
第47巻 p.101 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
大正六年三月八日午後二時半ヨリ、東京商業会議所ニ於テ、常務委員会ヲ開催セリ
当日ハ委員長及常務委員七名ノ外、上山農商務次官及高峰博士来会セラレ、渋沢委員長ヨリ、来ル三月十二日寺内伯爵ハ寄附金勧誘ノ為メ京浜ノ重ナル実業家ヲ招集シテ設立協議会ヲ開催スルコトヽナリタル旨報告セラレ、次テ之カ人選並ニ寄附金取扱銀行ヲ設クル等ノ件ニ付協議ヲ遂ケ、左ノ通決議シ、午後五時散会セリ
而シテ寺内伯ノ招待会ニ案内ヲ受クヘキ者ハ一万円以上ノ寄附見込アル実業家又ハ会社等ノ代表者ヲ選定スルコトトシ、協議ノ結果東京市ニ於テ七十二名、横浜市ニ於テ十二名ヲ選定シ、即日内閣書記官長ニ其人名表ヲ送付セリ
    記
 一、寺内伯爵ノ招待会席上ニ於テ、寄附金ノ決定登記ヲ請フ為メ芳名薄ヲ準備スルコト
 二、壱万円以上ノ寄附者ハ設立者ト為スコト
 三、寄附金取扱銀行ハ六大都市ノ外福岡市ヲ加ヘ、至急取引開始ノ交渉ヲ為スコト
 四、三月十三日創立委員会ヲ開催スルコト
 五、寄附行為中前会ニ於テ決定セサリシ副総裁ノ員数ヲ二人ト為スコト
  大正六年三月九日
   農商務省商工局御中


中外商業新報 第一一一〇六号大正六年三月九日 ○理研創立を急ぐ 十二日首相邸招待(DK470010k-0004)
第47巻 p.101-102 ページ画像

中外商業新報  第一一一〇六号大正六年三月九日
    ○理研創立を急ぐ
      十二日首相邸招待
理化学研究所常務委員たる渋沢男・中野武営・団琢磨・和田豊治・大橋新太郎・桜井錠二・高松豊吉・高峰譲吉・荘清次郎・上山農商務次
 - 第47巻 p.102 -ページ画像 
官の諸氏は、八日午後二時より四時過ぎに亘り東京商業会議所に会合協議を尽したるが、既に決定せる寄附金としては、三井・三菱家の各五十万円、原六郎氏の三十万円と、渋沢男の三万円、大橋新太郎氏の二万円合計百三十五万円丈け也、然るに会社の創立は明年度予算面に於て既に二十五万円の補助費支出方針計上しあり、引続き継続的に総額二百万円を補助する事となり居れば、是非共本月中旬迄に財団法人を組織し登記を経るの必要あれば、自余の富豪有志者を来る十二日正午寺内首相邸に招待の上、寄附方勧誘する事に就き内協議を遂げたり十二日の首相邸招待は東京・横浜に止め、名古屋・京都・大阪・神戸の各地の寄附金に就きては、来る十三日渋沢男の西下を機会に同男より勧誘するに至るべしと也


設立経過(DK470010k-0005)
第47巻 p.102 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    首相官邸ニ於ケル設立協議会開催ノ件
大正六年三月十二日正午、寺内伯爵ハ永田町官邸ニ京浜ノ実業家及本所創立常務委員ヲ招待シテ設立協議会ヲ開キ、理化学研究所設立ノ急務ナルコト、帝室御下賜金ノ内定シタルコトニ付陳述シテ、来会者ノ寄附ヲ勧誘セラレ、渋沢男爵ハ設立ニ関スル経過ノ大要ヲ陳述シ、本事業ニ対スル一同ノ賛同ヲ切望セラレ、午餐ヲ共ニシ、終テ別席ニ於テ芳名薄ニ来会者ノ寄附金額ノ記入ヲ求メタルニ、其結果既ニ申込済ノモノヲ合セテ其総額金百九十一万円ニ達スルニ至レリ
寄附額及寄附者氏名左ノ如シ

図表を画像で表示--

 五拾万円  三井男爵    弐万円   茂木惣兵衛 五拾万円  岩崎男爵    弐万円   大川平三郎 参拾万円  原六郎           田中栄八郎 拾万円   古河男爵    弐万円   服部金太郎 拾万円   安田善三郎   弐万円   根津嘉一郎 五万円   高峰譲吉    弐万円   田中平八       塩原又策          田中銀之助 参万円   渋沢男爵    壱万円   和田豊治 参万円   村井吉兵衛   壱万円   団琢磨 参万円   森村男爵    壱万円   三輪善兵衛       森村開作    壱万円   柴田清之助 参万円   高田慎蔵    壱万円   山下亀三郎 参万円   浅野総一郎   壱万円   内藤久寛 弐万円   大橋新太郎   壱万円   藤原銀次郎 弐万円   原富太郎 



                      以上
而シテ当日招待セラレタル者八十四名ニシテ、出席者ハ三十六名ナリ
農商務省ヨリハ上山次官・岡商工局長・柴山参事官来会セラリタリ


中外商業新報 第一一一一〇号大正六年三月一三日 ○理研委員招待 首相官邸午餐会(DK470010k-0006)
第47巻 p.102-103 ページ画像

中外商業新報  第一一一一〇号大正六年三月一三日
    ○理研委員招待
      首相官邸午餐会
寺内首相は十二日午後零時半永田町首相官邸に理化学研究所創立発起人及び東京・横浜の知名実業家を招待し午餐会を開けり、政府側より
 - 第47巻 p.103 -ページ画像 
は寺内首相の外、大蔵・文部・逓信各大臣、児玉翰長・上山農商務次官・岡商工局長・柴山農商務書記官等臨席し、各発起人其他諸氏出席の上、定刻直に食堂に入り、食後寺内首相より、成可く速かに理化学研究所の創立を希望する旨を述べ、次で渋沢男は発起人委員長として時局の関係上一刻も早く寄附金の醵集を計りたしと述べ、午後三時散会せるが、寄附金は既定の分及び当日申込めるは左の如し
○中略
尚ほ大倉喜八郎男は欠席の為め未だ申込確定せざるも略十万円位の寄附内定せるあり、三島日本銀行総裁・近藤郵船社長・中村満鉄総裁等の申込額も追つて決定せらる可く、右にて略二百二・三十万円に達する見込にて、予て噂ありし如く宮内省よりも百万円の御内帑金御下賜ある筈也と、因に当日の出席者左の如し
 渋沢男・井上準之助・服部金太郎・原六郎・和田豊治・大橋新太郎・堀越角次郎・大川平三郎・藤原銀次郎・田中銀之助・根津嘉一郎・中村雄次郎男・中野武営、内藤久寛・植村澄三郎・安田善三郎・藤山雷太・近藤廉平男・浅野総一郎・三輪善兵衛・志村源太郎・塩原又策・末延道成・田中栄八郎・門野重九郎・小倉常吉・山下亀三郎・美濃部俊吉・柴田清之助・荘清次郎(以上東京)原富太郎・小野光景・中村房次郎・平沼久三郎・茂木惣兵衛(以上横浜)


財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編 第二〇―二一頁刊(DK470010k-0007)
第47巻 p.103 ページ画像

財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編
                    第二〇―二一頁刊
 ○第二章 着手
八、富豪及篤志家ノ賛同
東京府下品川町原六郎氏ハ予テ記念事業ノ一トシテ電気化学研究所設立ノ計画中ナリシカ、卒先シテ理化学研究所ノ計画ヲ翼賛シ、大正五年十一月二十六日前記ノ目的ニ宛タル資金三十万円ノ寄附ヲ申込ミ、又渋沢委員長ハ桜井委員ト共ニ東京市ニ於ケル有力ナル実業家ヲ歴訪シテ寄附ヲ勧誘シタルニ、大正六年三月三日三井及岩崎両男爵ヨリ各金五十万円ノ申込アリ、又本所創立委員長タル渋沢男爵及常務委員タル大橋・団両氏ヨリモ寄附ノ申込アリ、更ニ同月十二日寺内伯爵ハ永田町首相邸ニ京浜ノ実業家七十七氏並常務委員七氏ヲ招待シテ午餐ヲ供シ、其席上ニ於テ設立ノ急務ナルコト並 帝室御下賜金ノ御内定セラレタルコトニ付陳述シテ、来会者ノ賛同ヲ切望シ、渋沢男爵ハ設立ニ関スル経過ノ大要ヲ陳述シ、併セテ寄附ヲ勧誘シ、芳名薄ニ寄附金ノ記入ヲ求メタルニ、其結果既ニ申込済ノモノヲ合セテ総額金百九十一万円ニ達スルニ至レリ


設立経過(DK470010k-0008)
第47巻 p.103-104 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    創立委員会開催ノ件
大正六年三月十三日午後二時ヨリ、東京商業会議所ニ於テ創立委員会ヲ開催セリ、農商務省ヨリハ上山次官及柴山参事官来会セラレ、渋沢委員長ハ常務委員会ニ於テ決定セル寄附行為ニ付詳細ニ説明シテ一同ノ承認ヲ得、次テ設立ニ関スル方法等ニ付協議シ左ノ通リ決議、四時
 - 第47巻 p.104 -ページ画像 
散会セリ
 一、創立委員長ハ設立者総代トシテ其筋ニ設立許可ノ申請ヲ為スコト○外三件略ス
  ○右寄附行為ノ原案トシテハ次ノ三案提示セラル。
  (第一案)
   理事三人(所長及化学・物理両部長ヨリ成ル)
   監事二人(評議員会ヨリ推薦シ総裁ノ裁可ヲ経ル)
   評議員若干名(総裁ヨリ委嘱)
  (第二案)
   理事五人(又ハ七人)所長及部長ノ他ハ評議員ヨリ推薦シ総裁ノ裁可ヲ受ク、外ハ第一案ニ同ジ
  (第三案)
   理事・監事ハ第二案ニ同ジ
   評議員中一部分ハ学者中ヨリ総裁ノ委嘱ニヨリ、他ノ部分ハ寄附者中ヨリ投票ニ依リ選出(寄附者ノ票決権ハ寄附額ノ多少ニ依リ差等ヲ設ク)
   右ノ第一案ハ理事ヲ学者ノ独占トシ寄附者ヲ容喙セシメザルモノ、第三案ハ実業家ノ希望スル処ニシテ寄附者ガ事業参与権ヲ獲ントスルモノナリ、栄一穂積重遠ニ之ヲ諮問シタル後、二月二十七日桜井・中野・団等ノ委員ト協議ノ上、折衷案ヲ得、二十八日農商務省参事官会議ニハカリ、三月三日常務委員会ニ提出可決セラル。(「設立経過」(財団法人理化学研究所所蔵)ニ拠ル)


中外商業新報 第一一一一〇号大正六年三月一三日 ○理研組織内容 本日創立総会(DK470010k-0009)
第47巻 p.104 ページ画像

中外商業新報  第一一一一〇号大正六年三月一三日
   ○理研組織内容
    本日創立総会
理化学研究所は十三日午後二時東京商業会議所に創立総会を開き、愈愈法人組織と為す筈なるが、組織の内容に就て聞く所に依れば、総裁一名・副総裁二名・評議員若干名・理事十名以内として、評議員は寄附者中より任命し、理事は評議員中より選定する筈にして、総裁には伏見宮殿下を奉戴す可く、目下宮内省に伺ひ中にして、二名の副総裁には政治家及民間実業家を以て之に充つる予定なれば、多分農商務大臣及渋沢男其選に当る可しと察せらる


中外商業新報 第一一一一一号大正六年三月一四日 ○理研創立総会 寄附行為可決(DK470010k-0010)
第47巻 p.104-106 ページ画像

中外商業新報  第一一一一一号大正六年三月一四日
    ○理研創立総会
     寄附行為可決
財団法人理化学研究所創立委員たる渋沢・近藤両男、安田善三郎・大橋新太郎・和田豊治・荘清次郎・桜井錠二・高松豊吉・高峰譲吉の諸氏並に上山農商務次官は、十三日午後二時東京商業会議所に於て創立総会に当る創立委員会を開き、寄附行為の
 △各条項を可決 し四時散会したり、其条項左の如し
      第一章 目的及事業
 第一条 本所は産業の発達に資する為理化学を研究し其成績の応用を図ることを目的とす△第二条 本所は前条の目的を達するに必要なる施設を為すの外左の事業を行ふ、一、一定の事項を指定して研究を依頼し又は本所の設備の利用を希望する者あるときは其需に応ずること、二、研究及発明を奨励すべき施設をなすこと、三、研究
 - 第47巻 p.105 -ページ画像 
及調査の成績を公にする為印刷物を刊行し又は講話を為すこと
      第二章 名称及事務所
 第三条 本所は財団法人理化学研究所と称す△第四条 本所は事務所を東京市麹町区有楽町一丁目一番地に置く
      第三章 会員及資産
 第五条 本所の事業を翼賛して金銭又は物件を寄附したる者は之を会員と称す△第六条 本所設立の日に於ける資産は左の如し、一、………二、………△第七条 本所の資産は評議員会の議決を経て総裁の承認を得、其一部を基金に充つ、基金は他の資産と区別して之を管理保存するものとす、但し評議員会の議決を経、総裁の承認を得たるときは之を処分することを得△第八条 本所の資産は国債証券又は確実なる有価証券を買入れ若くは郵便官署又は確実なる銀行に預入れ利殖を図るものとす△第九条 本所の経費は基金の利息及其の他の収入を以て之を支弁す△第十条 本所の予算は毎年度評議員会の議決を経て総裁の承認を得、決算は評議員会の認定を経て総裁に報告するものとす△第十一条 本所の会計年度は毎年四月一日に始り翌年三月三十一日に終る
      第四章 総裁・副総裁及顧問
 第十二条 本所に総裁一人及副総裁二人を置く、総裁には皇族を奉戴す、副総裁は総裁之を委嘱す、副総裁は総裁を輔翼し総裁故障あるときは之を代理す△第十三条 総裁の諮詢に応ずる為め顧問を置くことを得、顧問は総裁之を委嘱す
      第五章 役員
 第十四条 本所に理事十人以内及監事五人以内を置く、理事及監事は評議員会の推薦に依り、総裁之を委嘱す、前項に依り選任せられたる理事の就任するに至る迄の間は設立者を以て理事とす△第十五条 理事及監事の任期は三年とす、但し再任することを妨げず、補欠役員の任期は前任者の残任期間とす △第十六条 本所に評議員百人以内を置く、設立当初の評議員は設立者の推薦に依り総裁之を委嘱す、評議員の補充を要するときは評議員会の推薦に依り総裁之を委嘱す
      第六章 補則
 第十七条 本寄附行為の施行に関し必要なる細則は別に之を定む△第十八条 将来本寄附行為の条項を変更せむとするときは評議員会の議決を経て総裁の承認を得、且つ主務官庁の認可を受くることを要す、前項評議員会の議決は事務所を変更する場合を除くの外、評議員総数三分の二以上出席し出席総数三分の二以上の同意を以て之を為す
右に関し東京帝国大学教授桜井錠二氏は語りて曰く「寄附金額は十三日迄に調印せるもの百九十一万円に達せるが、外に尚ほ寄附予定者あり、結局設立認可の申請迄には
 △二百万円以上 となるべきが、是より各寄附者の委任状を取纏め渋沢男が寄附者即ち設立者を代表し認可を申請すべき筈にして、数日中に東京府を経て其の筋に出願するに至るべし、而して設立者たるべ
 - 第47巻 p.106 -ページ画像 
き寄附者は時日の関係上東京・横浜に止め、他の大阪・京都・名古屋・神戸等の各地寄附金は便宜上設立せられたる財団法人に寄附する形式を取るべし、而して一方、理化学研究所に対する国庫補助金二百万円(第一年より第五年度迄一箇年二十五万円宛、第六年度より第十年度迄年十五万円宛)の支給方に就ては、法律の備はれど未だ勅令の発布なき事迚、右勅令は下旬の初頭迄に於て発布せらるゝに至るべく、其発布により改めて補助金の下附願を差出す順序なるが
 △研究所の理事 は十名以内とし、評議員会の推薦によりて決定すべく、評議員は百名迄を限り、寄附者並に学者等の間に於て総裁之を委嘱する也、研究所の研究事業開始は敷地を決定し、建築を始め、機械器具の具はりたる後にして、而して建築のみにても約二ケ年内外を要す可きが故に、多少の年月を借さざる可らざれど、研究所は一定の事項を指定して研究を依頼し得可きを以て、大学院の在学生なり其他篤学者に研究費を支出し或事項の研究に従事せしむるは建築の成否に関係なしと知る可きなり」と


財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編 第二二―二三頁刊(DK470010k-0011)
第47巻 p.106 ページ画像

財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編
                    第二二―二三頁刊
 ○第二章 着手
十、財団法人設立許可申請
理化学研究所ハ国庫補助法ノ発布以来既ニ一箇年ヲ経過シタルモ未タ成ラス、玆ニ於テ大正六年三月十三日、東京商業会議所ニ創立委員会ヲ開クヤ、前述ノ如ク寄附行為ヲ議定スルト共ニ全会一致当会計年度内即チ三月末日迄ニ法人ヲ設立セムコトヲ決議セリ、然レトモ此際到底全国ノ有志ヲ糾合シテ其協力ヲ俟ツノ遑ナキヲ以テ、不取敢京浜ニ於ケル有志ノミニテ先ツ之ヲ設立シ、設立後ニ於テ全国有志ノ賛同ヲ求ムルコトトシ、渋沢男爵ヲ設立者総代ニ推薦シ、其筋ニ法人設立許可申請方ヲ一任スルコトトセリ、仍テ創立委員長及常務委員ハ更ニ有志ノ寄附金ヲ勧誘シタルニ、大正六年三月十九日迄ニ其申込総額金二百十八万七千円ニ達シタルヲ以テ、同日渋沢男爵ハ設立者ノ総代ト為リ、東京府知事ヲ経テ農商務大臣ニ法人設立許可ヲ申請セリ



〔参考〕日本魂 第二巻第六号・第三三―三四頁大正六年六月 理化学研究所設立の経過 男爵渋沢栄一(DK470010k-0012)
第47巻 p.106-107 ページ画像

日本魂  第二巻第六号・第三三―三四頁大正六年六月
    理化学研究所設立の経過     男爵渋沢栄一
○上略
      六、政府補助法案通過
 私が、亜米利加に旅行して居る中に、政府より二百万円を十個年賦で補助金を下付せられ、五百万円を民間より募集することに、委員会の議が一決し、且つ、政府に於ても、此の補助金の下付を承諾せられた。それは昨大正五年の正月であつた。
 私は、此方法は聊か懸念する処もあつたが、留守中に於る委員の決議で今更如何とも為し難いことであるから、其方針に依りて努力を継続したのである。
 ところが、既に、二百万円を十個年賦で補助する特別法は両院の通
 - 第47巻 p.107 -ページ画像 
過を得たが、夫れ以外には何も進捗することが出来ぬので、昨年秋頃からの私共の苦心は、筆舌の尽し難きものがあつた。と云ふのは、今年から補助金が下る訳であるのに、三月一杯に研究所の法人も設立せず、予算を政府に提供することも出来ぬ次第であるから、真に痛心の極であつた。
      七、三井・岩崎・原三氏の篤志
 恰も良し、三井・三菱から、各々五十万円の寄附申込を得たると同時に、原六郎君から三十万円の寄附を得たのであつた。
 改めて云ふ迄も無く、原君は、三井・三菱と肩を並ぶべき富豪では無い。ところが、原君は老後の奉公として、私産三十万円を投じ、化学研究所とでも云つたやうなものを独力で設立する考へであつた。乃ち、私は、桜井博士と共に原君に向ひ、願くは此独力で設立しやうと云ふのを、私共の発起し居る理化学研究所に合併して下さるやうにと勧めたところ、直ちに快諾を与へられたのであつた。
 一体、人情の常として、或は『三井慈善病院』とか、『大倉商業学校』とか云て、自己の名を永久に伝へ得るやうな仕方の事業には、私産を投ずる人も在るが、理化学研究所のやうに、其人の篤志を表面に現はし得ざるものに向つて、原君のやうに、自己の経営せんとする初志を翻して、其の資金を公共物に投ずるのは、実に篤志と云ふべきであると思ふ。
 要するに、理化学研究所の設立が、最近に至り、斯く進捗したのは即ち、三井・岩崎・原三氏の篤志に負ふところ尠く無い。
      八、百万円の御下賜金
 三月中旬迄に、集まれる寄附金が既に二百十八万円に達して居り、此上、四・五十万円を、京浜間に募集し得る見込は、充分在ると云て可い。
 更に、大阪・京都・神戸・名古屋・福岡其他の各県で篤志家を求むれば、総計五百万円に達するのは、さまで困難であるまいと信ずる。
○中略
      十、理化学研究所の将来
 私共実業家側の仕事は、目的の寄附金を得て、研究所を設立さする点にありて単純なるものなれども、研究所本来の目的を達せしむるのは、菊池男爵・桜井博士其他の学者側の責任である。而して世間には往々『つけきらずの目薬』のやうに、直ちに効験あらむことを期し、理化学研究所が急速に国家の理化学工業に貢献を来たさむことを望むやうであるが、是れは、思はざるの甚だしきものである。一体化学には、純正化学と応用化学の二種在りて、我が研究所の企図する処はつまり、独創的学者を造るに在る。而して、此の目的を達するには、到底『つけきらずの目薬』のやうに、一朝一夕にして其効験を得るやうな性急なる態度を以てしてはならぬ。要するに、理化学研究所の将来は、繋りて国民の精神に在るのである。
  ○右ハ栄一ノ談話ノ一部ナリ。