デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.230-232(DK470050k) ページ画像

昭和6年11月15日(1931年)

是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当研究所所長大河内正敏弔詞ヲ贈ル。


■資料

竜門雑誌 第五一八号・第二〇―六二頁昭和六年一一月 葬儀○渋沢栄一(DK470050k-0001)
第47巻 p.230-231 ページ画像

竜門雑誌  第五一八号・第二〇―六二頁昭和六年一一月
    葬儀○渋沢栄一
十五日○一一月
○中略
 一、青山斎場着棺 午前九時四十分。
 一、葬儀開始 午前十時。
 一、葬儀終了 午前十一時三十分。
 一、告別式 午後一時開始三時終了。
 - 第47巻 p.231 -ページ画像 
○中略
また東京市民を代表した永田市長の弔詞、実業界を代表した郷誠之助男の弔詞朗読があり、他の数百に達する弔詞を霊前に供へ、十一時半予定の如く葬儀を終了した。
○中略
    弔詞
○中略
尚ほその他弔詞を寄せられたる重なるものは左の如くである。
                        (順序不同)
○中略
 理化学研究所
○下略


(秘)役員任期、寄附金滞納、退職手当、退職死亡、報酬(DK470050k-0002)
第47巻 p.231-232 ページ画像

(秘)役員任期、寄附金滞納、退職手当、退職死亡、報酬
                  (財団法人理化学研究所所蔵)
所長 (印)   主事 (印)
    弔詞
財団法人理化学研究所副総裁子爵渋沢栄一君薨去セラル、嗚呼悲イ哉君ハ本所設立ニ際シ創立委員長ノ重責ヲ負ヒ、大正六年三月二十日設立成ルヤ、爾来副総裁トシテ尽瘁セラル、本所ノ今日アルハ君ニ負フトコロ甚タ多ク、今ヤ君ニ俟ツヘキモノ益々多カラントスルニ際シ、溘焉トシテ逝カル、哀悼極リナシ
玆ニ虔テ財団法人理化学研究所ヲ代表シ、恭シク弔意ヲ表ス
  昭和六年十一月十五日
        財団法人理化学研究所長 子爵 大河内正敏
所長 (印)   主事 (印)
    故副総裁子爵渋沢栄一御霊前御供物目録
一、総裁伏見宮殿下 盛菓子(御紋章入、宮家ヨリ直接注文セラル)壱台(一五〇個盛壱台)十一月十二日宮家ヨリノ御使ヲ以テ渋沢邸ヘ御届相成タリ
          赤坂区伝馬町三丁目九番地(紀の国坂下)宮内省御用虎屋黒川光景納代金五拾円
一、財団法人理化学研究所長子爵大河内正敏花環壱(造花)淀橋町柏木東洋園芸株式会社納代金五拾円
一、同上      盛菓子壱台
          代金三十円
一、財団法人理化学研究所々員一同
          花環壱(造花)
          代金五拾円

    主事 (印)
昭和六年十一月十一日報知新聞所載切抜○全文略ス
一、昭和六年十一月十一日鵜野主事渋沢邸弔問
 - 第47巻 p.232 -ページ画像 
  (所長ハ台湾ヨリ帰京ノ途上ニ在リ、鳳来丸ニテ航海中、明十二日午前下関着、八時上陸ノ予定)
一、御霊前供物別紙ノ通リ
一、葬儀日時昭和六年十一月十五日午後一時ヨリ三時告別式
一、葬儀ノ場所青山斎場ニ於テ