デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
4節 編纂事業
2款 楽翁公伝編纂 付 楽翁公関係資料刊行 付、楽翁公関係資料刊行 [5]楽翁公自教鑑複製
■綱文

第48巻 p.23-24(DK480009k) ページ画像

昭和6年5月(1931年)

是月栄一、松平定信(楽翁)自撰自筆ノ「自教鑑」ヲ影写シ、石版印刷ニ付シテ、知人ニ頒布ス。


■資料

楽翁公自教鑑 松平定信撰並書 緒言・第一―四丁 昭和六年五月刊(DK480009k-0001)
第48巻 p.23-24 ページ画像

楽翁公自教鑑 松平定信撰並書 緒言・第一―四丁 昭和六年五月刊
(石版)
  緒言
白河楽翁公の人格才識常人に超越して旧幕府中稀有の賢宰相なりしことは世人の熟知する所なるべければ予は復た之を喋々せず、唯多年予が主宰せる東京市養育院の創設が公の善政の余沢に負ふ所鮮からざるにより、爾来各方面の人々より公の治績又は佳言善行等を聴取して之を編成するに勉め、且つ五月十三日は公の忌辰なるを以て毎年養育院に於て其記念会を開き、学者を招して公に関する講話を請ひ、或は公の筆蹟著書等を印刷して来会者に進呈することゝせり
此自教鑑は、大正十五年の記念会にむら千鳥と題して、予が手写印行せる冊子の中に収め、特に筆を添へて、こは公十二歳の時の作にして短き筆に長き意を籠め、君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の常道を説かれたるものなり、其言極めて平易なるも内に動かすべからざる真理を含み、古諺に所謂三尺童児能言之百歳老翁難行得の訓言たるを失はずといひしことあり、公が十二歳の少年にして能く此の如く仁義道徳の大本を体得して自ら戒め、人を匡さんと志されし天性の醇厚忠篤詢に欽仰に堪へざる所にして、其他日の盛名の由りて来る所以決して偶然にあらざるを知るに足れり、況や本書は十二歳の撰述と称すと雖も、公の自伝に依れば実ハ既に明和五年即ち十一歳の頃より筆を著けられたるものなるを知るべく、縦令読書の師大塚孝綽によりて多少の添削を加へられたりとハいへ、纔に髫齔を逾えたるのミにして宛然碩徳鴻儒の如き口吻あるに至りては更に其聡明英達に驚歎せざるを得ず、実に公の人格徳操は其事歴を詳にするに随ひて益景慕の念を深くせしむるものあるなり、
此書嚮にむら千鳥に収めたる時ハ流布本に拠りて書写したれば往々語句に出入あり、因りて今又松平子爵に請ひて公自筆の原本を影写し、之を石版に附して諸君に贈呈することゝせり
 - 第48巻 p.24 -ページ画像 
惟ふに現今一般の人情漸く理智に傾きて浮薄に流れ輒もすれば人倫を紊し風俗を壊ることなしとせず、此時に当りて本書を印行する所以のものは敢て諸君の再読三読を請ひ、諸君が取りて以て後進子弟を啓発し時弊を矯正するの一助とせられんことを庶幾するにあるのみ
  昭和辛未五月
                 九十二翁 青淵識
                        
   ○楽翁公自教鑑(石版)一冊
     製本 和綴 美濃版
     紙員 二六丁
      内訳 表題紙一丁
         緒言(栄一筆石版)四丁
         原本表題(松平定信筆石版)一丁
         本文(松平定信筆石版)二〇丁
     表題及ビ題簽 楽翁公自教鑑(栄一筆石版)
     表紙 行成表紙