デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
4節 編纂事業
16款 栄一ノ演説・談話ヲ編集刊行セルモノ 16. 青淵先生演説撰集
■綱文

第48巻 p.142-144(DK480050k) ページ画像

昭和12年11月(1937年)

是月、竜門社、栄一ノ演説ヲ撰集シテ「青淵先生演説撰集」ト題シ「竜門雑誌」第五百九十号付録トシテ刊行ス。(四六版・一冊・三七〇頁)


■資料

青淵先生演説撰集 竜門社編 序・第一―三頁昭和一二年一一月刊(DK480050k-0001)
第48巻 p.143 ページ画像

青淵先生演説撰集 竜門社編 序・第一―三頁昭和一二年一一月刊
    序
 反復は記念の良法であると云ふ。併しそのやうな意味でこの撰集を編んだものだとすれば、恐らくそれは無用の試みだとの譏を免れないであらう。先宗の遺躅を宣揚するは、固より子弟後進としての道である。だが、斯かる趣旨の下に本篇を上梓したものだとすれば、寧ろそれは附贅の業だと評せられても致方はあるまい。蓋し青淵先生が我資本主義文明を建設せられた最大の恩人であり、而して又、維新以来我国民精神の動向を指導せられた一大先覚であつたことは、青史の続かん限り久遠に承伝せられ、人類社会の発展に伴つて益々顕彰せられて行くに相違ないからである。玆に先生の演説撰集を編んだ所以のものは、さながら亡き慈父を慕ふ遺子が追懐の至情已み難きものあるにも似て、期せずしてこの刊行に手を染めたに外ならないのである。
 顧れば曖依村荘のもみぢ葉漸く色ばみて、初霜窃に飛鳥山上を粧はんとする昭和六年十一月十一日、六合の寥風悲愁の哀曲を奏づる裡に我青淵先生の易簀を悼んで以来、烏兎怱忙として早くも第七回の忌辰を迎へた。然もこの六星霜を閲する間に人類の史上には幾多の曲折が描かれ、わけても我国運の推移は重大なる波瀾の起伏を以て終始したかの観がある。寔に時、艱にして空しく偉人を憶ふの感慨今や一入に切なるものがある。然も徒に追懐に耽るには当面の時局は余りに重大であつて、精神的にも物質的にも、全人類は現に狂奔せる怒濤の裡に未曾有の不安と動揺とを体験しつゝある。果して何れにその帰趨を求むべきか。これこそ何人にとつても斉しく喫緊の要務であらねばならない。だが、道は近きに在る。必ずしもこれを遠きに求むることを要しない。
 惟ふに青淵先生の道徳経済合一説は、独り先生が人類社会生活の指導精神としてこれを提唱せられたばかりでなく、終始一貫渝らざる実践躬行に依つて自ら体現せられ、社会を率励せられた万人処世の一大軌範である。否、寧ろ先生自身が「道徳経済合一」の権化であつたと云ふべきであらう。この意味に於て玆に先生が辞弁の旧録を閲し、版を新にして更めて先生に親炙することを得るは、我竜門社員一同の至幸とする所である。
 さなりがら、凡そ先生の馨声を煩したものは演説、講演、講話、座談、口述、レコード吹込、ラヂオ放送等、その方式の何たるを問はず今日迄に記録の蒐集せられたるものゝみにても、総数二千八百余件の多きに上り、当に金声して玉振し集めて以て大成せられたるかの感がある。但し玆にその全部を輯刊せんことは到底事情の許す所ではないこれ、あたら衆芳を割愛してこの「撰集」に止むるの已むを得ざりし所以である。仍ち纔に片鱗を収めたるに過ぎないものではあるが、然も又、会員各位がこれを以て青淵発生を偲ばるゝのよすがともならばこの小業の目的は達せられたと云つて宜いのである。
  昭和十二年十一月十一日 竜門社

 - 第48巻 p.144 -ページ画像 

青淵先生演説撰集 竜門社編 凡例・第一―三頁昭和一二年一一月刊(DK480050k-0002)
第48巻 p.144 ページ画像

青淵先生演説撰集 竜門社編 凡例・第一―三頁昭和一二年一一月刊
    凡例
一 本書はこれを「青淵先生演説集撰集」と題したけれども、必ずしもそれは「演説」のみを輯めたものとは限らない。所謂演説の外に講演、講話、座談、口述、レコード吹込、ラヂオ放送等に亘り、又その原本は定本、草稿、所謂テキスト、速記録、筆記録若くはそれらの印刷に附せられたるもの等多岐に分れて居る。
二 斯やうな意味に於ての先生の演説は、現在これが記録の蒐集せられたものゝみにても総数二千八百余件に上るので、その中から撰集を試みるに就いては、先づ出来得る限り青淵先生を偲ぶのよすがに資せんこと、次に先生の意見を成るべく多方面に亘つて抜萃することの二項目を以て綱領とした。
三 各編の標題は先生自ら撰せられたものは殆どない。仍つて各原本の標題をその儘襲用したものもあれば、又本撰集に於て新に撰したものもある。
四 原本の中には、全篇を通じ又はその一部分に対して先生自ら校閲を加へられたものと然らざるものとがあるが、定本は固よりその儘とし、草稿又はテキストに就いては語句には一切触るゝことなく、又速記録及筆記録に在つても出来得る限り原本に忠実ならんことを旨とした。従つて用語、口調は勿論、方言の如きも、敢てこれを修飾せざることゝした。
五 輯載の順序は特に竜門社の主義綱領とも云ふべき先生の訓言を以つて巻頭を飾つた外は、総べて年代順に依つた。
六 編纂技術上の要項は大体左○略ス の如し。


青淵先生演説撰集 竜門社編 奥付昭和一二年一一月刊(DK480050k-0003)
第48巻 p.144 ページ画像

青淵先生演説撰集 竜門社編 奥付昭和一二年一一月刊

図表を画像で表示青淵先生演説撰集 竜門社編 奥付昭和一二年一一月刊

   昭和十二年十一月二十三日印刷  竜門雑誌第五百九十号附録   昭和十二年十一月二十五日発行  青淵先生演説撰集           発行所   東京市滝野川区西ケ原壱千参拾六番地                               竜門社           発行兼編輯人     電話小石川 四六〇番                      振替口座東京四四五〇二番                              高橋毅一           印刷人 東京市淀橋区西大久保町弐丁目弐百拾参番地                              松井方利           印刷所    東京市深川区白河町四丁目壱番地壱                          東京印刷株式会社