デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
1節 記念事業
14款 其他 11. 西山徳川光圀公記念大会
■綱文

第49巻 p.181-183(DK490051k) ページ画像

昭和3年7月9日(1928年)

是日栄一、当記念大会ノ発起人タルコトヲ受諾ス。


■資料

(増田明六) 日誌 昭和三年(DK490051k-0001)
第49巻 p.182 ページ画像

(増田明六) 日誌  昭和三年      (増田正純氏所蔵)
七月二日 月 半晴
今日の来訪者
○中略
2、川崎巳之太郎氏 西山公記念大会開催の件
○下略


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二四頁 昭和六年一二月刊(DK490051k-0002)
第49巻 p.182 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
              竜門雑誌第五一九号別刷・第二四頁昭和六年一二月刊
    昭和年代
  年 月
 三 七 西山徳川光圀公記念大会発起人。


会員関係書類 【(印刷物) (表紙) 西山徳川光圀公記念大会主意書 西山公ニ対スル歴朝ノ聖恩】(DK490051k-0003)
第49巻 p.182-183 ページ画像

会員関係書類               (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
 (表紙)

    西山徳川光圀公記念大会主意書
    西山公ニ対スル歴朝ノ聖恩
  (別筆)
  昭和三年七月九日川崎巳之太郎氏(茨城県代議士)
  本書持参子爵ニ発起人たらん事を請ふ、子爵快諾同氏持参の名簿ニ記名せられた 増田取次明六

    西山公記念大会
      主意書
明治天皇践祚あらせられて復古の大業を成し給ひ、半世紀の後蕞爾たる我か絶海の島国を以て一躍、雄を宇内に称するに至りたるもの 天皇の聖徳に頼るや固より言を俟たす。而して全国の人心靡然として響応し之を賛襄し奉りたること、二百年前西山徳川光圀公の夙に倡道したる皇室中心の主義深く国民の思想精神に印象し、以て中興の隆運を致したるを疑はず。
西山公英明の資を以て夙に修史の志を抱き、頼朝以来武門政を執り尊皇の大義、世漸く堙晦せんとするを深慨し、躬、幕府の懿親を以て奮然蹶起、筆削峻厳、大義を明にし、名分を正し、世界双ひなき国体の尊厳を国民に力説し、之を擁護するの精神を発揮せしめ、以て新興帝国の基礎を樹立し、竟に今日あるを致さしむ。
仁孝天皇 『闕廷の尊き久しく徽烈に感し、閭里の鄙きも、永く流風を仰く』 と宜し給ひ、
明治天皇も亦 『勤王の倡首にして実に復古の指南たり』 と宣し給ひしもの寔に偶然に非す。
今や西山公の生誕三百年に会す。地方人士か公の生誕地に祝祭を催す如きは固より其の所なりと雖、公の志業は一郷土一部人の私すへき所にあらす。此際国民挙りて公の崇高なる人格と顕著なる事業とに就きて相倶に欽慕の誠を表するは、此の闔世の偉人に対して吾人の当然為すへき責務にあらずや。
 - 第49巻 p.183 -ページ画像 
輓近世界思潮の変革は一大波動を我か人心に与へ、金甌無欠の国体動もすれは其の荘厳を傷けられんとす。是れ識者の斉しく痛歎して措く能はさる所。爰に西山公の鴻業遺徳を回想し、更に国体観念を明かにして忠愛君国の本義を固うし、以て質実剛健なる国民的精神を鼓舞作興するは豈方今の最大急務に非すや。
不肖等相謀り来七月中旬、公生誕の日を卜し西山公記念の大会を帝都に開催し、謹んて公の偉勲を追頌せんと欲す。冀くは天下同感の士恵然として来り賛襄せられんことを。
  昭和三年七月初            発起人