公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
第49巻 p.284(DK490100k) ページ画像
昭和3年10月20日(1928年)
是ヨリ先栄一、福島県薫陶園ニ建設スル大礼記念碑ニ「皇徳涵四海聖沢霑億兆」ノ文字ヲ揮毫ス。
是日ソノ除幕式挙行セラル。栄一祝辞ヲ寄ス。
竜門雑誌 第四八三号・第一〇九頁昭和三年一二月 ○青淵先生説話集 薫陶園祝辞(DK490100k-0001)
第49巻 p.284 ページ画像
竜門雑誌 第四八三号・第一〇九頁昭和三年一二月
○青淵先生説話集
薫陶園祝辞
南崎兼左衛門君薫陶園を営み児童感化の業に従事せらるゝこと玆に年あり、深く環境の教化に影響すること大なるものあるを思ひ、其農場に特殊の設備を施して一種の理想境を作り、称して教育霊場といへり、即ち嚮に東郷元帥に染筆を乞ひて歓喜園碑を樹て、又徳富蘇峰氏の来訪を機として教育第一蘇峰灯を建てたるが、後又一木宮内大臣の題字を得て護国灯を建てたり、蓋し園児をして偉人高士の霊光を仰ぎ感発する所あらしめんとするなり、偶々今年 今上即位の礼を挙げ給ふに会す、是れ独り国家の大典なるのみならず、往年本園の創立せられしは内帑金の 恩賜に起原し、爾来累りに恵沢を辱くせる縁由あり君乃ち遂に大礼記念碑を建立して無窮の 皇恩を銘記せしめ、因りて以て忠君愛国の念を涵養せんことを期し、予に嘱して 皇徳涵四海聖沢霑億兆 の語を碑面に題せしめたり、而して今や其工成り除幕の式を行はる、惟ふに教育の事たる重且艱なり、況や感化事業をや、君の辛苦察するに堪へたり、幸に予が頽筆の跡君の誠意に副ひ、園児をして海岳の 皇沢に感激せしめ、以て忠良の民たらしむるに与りて微効あらば、奚ぞ啻予の歓のみに止まらんや、之を祝辞となす。
昭和三年十月二十日
子爵 渋沢栄一
○当園ハ福島県相馬郡中村町川原町ニアリ、福島県薫陶園ト称ス。(「日本社会事業名鑑」(大正九年刊)ニヨル)