デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
5節 祝賀会・表彰会
4款 時事新報社主催郵便集配人慰労会
■綱文

第49巻 p.376-378(DK490130k) ページ画像

大正3年1月9日(1914年)

是日、帝国劇場ニ於テ、時事新報社主催郵便集配人慰労会開催セラル。栄一出席シテ訓話ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正三年(DK490130k-0001)
第49巻 p.376 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月九日 快晴 風寒シ
○上略 午前十時帝国劇場ニ抵リ、郵便・電信等ノ集配人等ノ集配ニ従事スル人々千六七百余名ヲ、時事新報ノ主催ニテ劇場ニ案内シテ一日ノ慰労ヲ為スニ付キ、来衆ニ対シテ一場ノ訓諭ヲ依托セラレ、元田逓信大臣・棟居局長ト共ニ一言ヲ述ヘ、後演劇ヲ見ル○下略


中外商業新報 第九九五二号大正三年一月九日 ○集配人慰安の美挙(DK490130k-0002)
第49巻 p.376 ページ画像

中外商業新報 第九九五二号大正三年一月九日
○集配人慰安の美挙 時事新報社は九日午前十時より市中の郵便電信集配人を帝国劇場に招致し之が慰安の宴を張り、正午より活動写真及悲喜劇の余興を催し十二分の歓を尽さしむべく、猶当日は逓信大臣・渋沢男爵等の出席訓話あるべし


時事新報 第一九〇五号大正三年一月一〇日 一千八百の笑顔―歓喜に溢れたる帝国劇場 内の郵便・電信集配人第一回慰安会場の内外歓呼喝采の声に揺ぐ 「之でこそ本当の正月だ」と語る(DK490130k-0003)
第49巻 p.376-378 ページ画像

時事新報 第一九〇五号大正三年一月一〇日
    一千八百の笑顔―歓喜に溢れたる帝国劇場
    内の郵便・電信集配人第一回慰安会
      場の内外歓呼喝采の声に揺ぐ
        「之でこそ本当の正月だ」と語る
郵便電信傭員大慰安会の企て一度び世に発表されてから傭員諸氏約二千人指折り数へて待ち設けた楽い一月九日の夜は明けた、空は拭ふが如く紺青の色深く晴れ渡て□すやうな朝風は却て肌に快よく、御濠の水に漣立つ彼方の青空に巍然として聳えて居るのは、今日の会場たる帝国劇場である、正面入口と、南入口に筆太に「郵便電信傭員慰安大会」と記された建札は坐ろに道行く人の眼を惹き付けて居る
時は進んで午前九時半、愈今日の盛大な慰安会は開かれんとして風に翥く軒頭の国旗は頻りに序幕の曲を唱へつゝあるかに見える
      △準備全し
本社は飽までも此千八百名の傭員諸君平日の労を犒ひ、半日の清興を味あふ点に於て些の遺漏なからしめん事を期待し、朝来係員は劇場に詰め掛け、正面南北の各入口の設備は元より、休憩室・食堂の室配りと至るまで、何時来会者が潮の如く一時に詰め寄せても少しも遅滞無きやうに準備中々に怠り無い、入口毎に席札兼折詰引換券に照して呈すべく折詰は山の如く積まれて居る、一方帝劇では早くも暖房の用意正面全部の電灯点火等又残る所なく設備され、今は来会者の入場を待つのみとなつた
      △場前と場内
 - 第49巻 p.377 -ページ画像 
是より先午前七時と云ふに早くも帝劇南車寄に来着した人がある、夫れは浅草局大平保栄氏、麻布局高橋政千代代理妻ヌエ子、本所局御園クマ子、京橋局桜井市郎氏代理、神田局丸山常蔵氏代理母ヨネ子の五人で、寒風の中をも厭はず場前に佇んで頻りに時の来るを待受けて居る、間も無く、東から西から南から北から帝劇目蒐けて集まつて来る人数が次第に多い、何れも夜の明けぬ前から夢は帝劇の舞台に通つた人々であらう、斯て一刻毎に押寄せて来る幾多可憐なる来会者は各車寄に堵を築いたが、中には就業服其儘の軽快な服装の人もあれば、幼児を背にして始めて帝劇の宏壮な建物に胆を潰す老婦人もある、局員に引率された三十名は中央電信局の給仕諸君、十時近くにはさしも広い劇場の外は殆んど十重二十重に包囲された、而も各人は何れも楽しげな笑を湛へて人々の些かの喧騒の態もなかつたは流石と少からず快感を湧かしめた
△待遠しい開場 定刻となり各入口は此に入場せしめる事となつた、山と積まれた折詰は分秒毎に数を減ずる、場内は刻毎に人の暖みを感ぜしめる、一階・二階・三階は忽ち空席なく忽ち嬉々の声に満たされた、何年帝国劇場入場を希望した思ひを今日始めて叶つたと打喜ぶ年頃の婦人もある、膝に展べられたのは此日の番組である、順次眼を移して興多き余興の数々を読み終つてニツト笑み、数時間の後が待遠しく身も心も落付かぬ人も多い
      △愈よ開始
愈今日の大会は開始されんとして劈頭一場の訓諭を与ふべき元田逓信大臣・渋沢男爵も来会された、犇めき渡つた来会者も各自の席に着き別項の如く福沢本社長の挨拶、元田逓相及渋沢男の訓話があつた
○中略
      △渋沢男の訓話
 私は斯かる愉快にして有益なる御催しに参会して挨拶を述べる事を光栄とし、深く時事新報社に対して御礼を述べます、次に一言申添えて置きたいのは、近時社会では労働と云ふ事を非常に重大視して来た事であります、此れは非常に結構な事で、自己の労力を持て自分で独立してゆく人が社会の一員としては一番尊い、親の脛を噛つて衣食してゆくやうな、他力で生活してゆくやうな者が殖れば殖る丈け国家の基礎は危ふくなる、即ち一国の富の消長は此の自力と他力の国民の数の如何にある、而して諸子は実に国家の活動の源泉とも云ふ可きものである、又此れを譬へて見れば陸海軍の武器が如何に発達しても使ひ方が悪ければ何の価値もなくなる、即ち介在者の利用の如何にある、而して国家の活動を敏活ならしむる介在者である諸君の手の緩漫なる時は、即ち国家の活動の緩漫なる時である、江戸から大阪まで便をするに何程早くも六日は要した昔は、矢張り文明はこれ丈け遅てゐた、これ程諸君は一国の文明に影響を及ぼす程の甚大なる関係を持ちながら、社会では諸子の労働に対してこれ程の好遇を払はない、此の点は私も諸君と共に不満を感ずるのであるが、翻つて考へて見ると又諸子には自ら慰むべき大なる境地を有してゐる、私は此れ迄で方々で櫃分演説と云ふのをした、これは恁
 - 第49巻 p.378 -ページ画像 
う云ふ事かと云ふと、一国の成立は丁度一家の組立てと同じく人の眼につき易い政治は即ち一家の床の間の装飾調度であり、陸海軍の軍備は刀剣等の装飾に似、また書架・書棚は国家の学校教育事業に相当する等、それぞれ一国一家の尤も人目につき易い主要分を占めてゐる、此れに反し吾々の実業や諸子の関係せる逓信事業の如き丁度台所の米櫃・呼鈴・電話の如きもので、物品としては甚だ栄えない人も御宅の米櫃は立派ですとか、電話は美事ですと讚めるものはない、即ち縁の下の力持ち同様なものである、然し一朝吾々の米櫃や電話が無いとしたら、この一家は決して成立つものではない、此の点に於いて吾々及び諸子は自ら慰める所があるのである、即ち自ら慰め自ら道に尽すのが人たるの道である、私は去る六日の消防の出初式を見たが、中に何十年勤務と云ふやうな老人の甚だ多かつたのは非常に愉快だと思つた、活動家が何事までも永く仕事に従事すると云ふ事は甚だ結構で、諸君も絶えず向上の精神を持つて自己の仕事に忠実にやつて貰ひたいと思ふ云々
○下略