デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.436-438(DK500091k) ページ画像

明治43年12月28日(1910年)

是日、東京銀行集会所組合銀行ハ、松方正義ノ金婚式ニ祝意ヲ表スルタメ、金盃一組ニ総代渋沢栄一ノ書状及ビ決議書ヲ添ヘテ贈ル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK500091k-0001)
第50巻 p.436 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月七日 晴 軽寒
○上略 銀行集会所ニ於テ組合銀行集会ヲ開キ、台湾銀行入会ノ事ヲ議決シ、又松方侯ノ金婚式ニ付祝賀ノ贈品ヲ協議シ、畢テ夜飧シテ八時過帰宿ス


銀行通信録 第五〇巻第三〇二号・第四九頁明治四三年一二月 ○録事 東京銀行集会所組合銀行臨時総会(DK500091k-0002)
第50巻 p.436 ページ画像

銀行通信録 第五〇巻第三〇二号・第四九頁明治四三年一二月
 ○録事
    ○東京銀行集会所組合銀行臨時総会
明治四十三年十一月七日午後五時四十分より、規程第二十条第一項に依り組合銀行臨時総会を開く、当日出席銀行四十一、会員四十三名にして、会長男爵渋沢栄一君議長席に着き、会議に先ち去る八月二十七日臨時総会に於て決定せられたる当集会所を社団法人と為す為め定款作成の件は、目下組合銀行の調印中にて右結了次第、其筋に認可を申請すること、及び曩に内務大臣の裁定を仰きたる市区改正用地買収価格並家屋其他移転料に関する件は、買収価格に就ては八月二十五日付を以て、移転料に付ては九月二十九日付を以て何れも最初東京市役所申渡の通り決定せられたることを報告し、夫より当日の議題たる株式会社台湾銀行東京出張所加入申込許諾の件を議に付し、無記名投票の結果満場一致を以て之を許諾することに決し、終て会長より松方侯爵金婚式に付紀念品を贈呈するの件を提議し、侯爵が従来紙幣の整理、中央銀行の創立、兌換制度の実施及金貨本位の制定等、銀行業に多大の貢献を為されたる顛末を列挙し、今回侯爵が金婚式を挙行せらるゝを機とし、現在銀行集会所の積立金を以て相当の紀念品を贈呈することとしたき旨陳述せられたるに、何れも之に賛成を表し、紀念品の選定其他一切の件は、挙て役員に一任することに決し、右にて議事を終り午後六時五分閉会せり
 - 第50巻 p.437 -ページ画像 

銀行通信録 第五一巻第三〇三号・第五九―六〇頁明治四四年一月 ○松方侯爵金婚式紀念金盃贈呈(DK500091k-0003)
第50巻 p.437-438 ページ画像

銀行通信録 第五一巻第三〇三号・第五九―六〇頁明治四四年一月
    ○松方侯爵金婚式紀念金盃贈呈
明治四十三年十一月七日臨時総会の議決を経たる、松方侯爵金婚式に付紀念品贈呈の件は、其後役員一同協議の上三ツ組金盃一組を贈ることに決し、爾来銀座四丁目の美術品商生秀館に託し調製中の所、十二月下旬を以て出来したるに付、同月二十八日左の書状及決議書を添へて贈呈の手続を了りたり
      書状
 恭啓 霜寒之候益御清穆奉忻賀候、陳者先般金婚式御挙行に付、奉祝の為め東京銀行集会所より金盃一組捧呈仕候儀者、当時組合銀行会合決議致候旨に基き候儀に御座候間、右決議書写為御参考供瀏覧候、此段奉得貴意候 敬具
  明治四十三年十二月廿八日
            東京銀行集会所組合銀行総代
                   男爵 渋沢栄一
    侯爵 松方正義殿
      決議書
諸君、余は玆に近日金婚式を挙行せらるへき松方侯爵の為めに、東京銀行集会所の名を以て紀念品を贈呈し、以て祝賀の微意を表せむことを提議し、併せて其旨意を陳述せむと欲す
諸君既に知らるゝ如く、侯爵は明治五年に於て豊後日田の県知事より大蔵省に栄転せられし以来、専ら財政の局に膺り、十四年大蔵卿に昇任せられ、財政の枢機を掌握し、大小の事業皆以て侯爵の力に待たさるものなしと云ふも自から過言にあらさるを信す、就中我々銀行業者に於て忘るへからさるもの四あり
 其一を国立銀行条例の改正とす、蓋国立銀行条例は明治五年十一月を以て頒布せられ、其目的は銀行に紙幣発行の特権を附与し、其紙幣は金貨兌換の性質たるも、当時我邦財政窮乏を極め不換紙幣の発行頻繁にして其価格日に下落し、加ふるに金銀比価の昂低常なくして、国立銀行条例の実効を奏するを得すして、其改正の必要を感するに際し、一方禄制の改革に因り華士族に公債証書交付の挙あるを以て、侯爵は明治九年五月国立銀行条例の改正を断行せられ、其公債証書を以て国立銀行紙幣発行の抵当と為すことを得せしめ、前日の否運を挽回して、貨財融通の新路を開拓せられたり
 其二を紙幣の整理と為す、維新以来百事更正の時に於て、十年西南の役ありて国費支弁の途なく、不得已巨額の紙幣を発行して焦眉の急を救ひたるも、十三、四年に至り紙幣の下落甚たしく、其変動の生する朝にして夕を謀るへからず、此時に当り銀行業者の苦心は実に非常なるものありし、然るに侯爵は深く紙幣の兌換法に考慮せられ、乃ち正貨を蓄積して紙幣を銷却し、以て兌換制度を実行すべき方針を確定し、自来一意誠実に其方針に従ひ、十九年一月一日を以て紙幣の正貨交換を開始し、玆に兌換制度実施の
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目的を達せられたり
 其三は中央銀行の設立と為す、我邦の銀行制度は最初米国に傚ひ国立銀行の方法を取りしも、侯爵は、其下落せる紙幣を整理するは兌換紙幣発行の特権を専有すべき一大中央銀行を設立して全国の金融を統一し、且国庫の出納を総轄せしむるの得策なるを認め明治十五年を以て日本銀行を設立して、以て銀行制度の基礎を確定せられたり
 其四を金貨本位の制度と為す、侯爵は明治二十九年総理兼大蔵大臣の職に就かるゝや、清国の償金を利用して其宿論たる金貨本位制を実行すべき計画を定め、貨幣法を第十議会に提出して其協賛を得、三十年十一月を以て金貨本位制を実施せられたり
以上陳述する四大計は、我邦財政経済上著明なる進運にして、我々銀行業者の其恵に浴するもの深大なりと謂ふべし、今や侯爵は其功其寿と共に高く、玆に金婚の盛典を挙行せらる、因て我々銀行業者の団体たる東京銀行集会所の名を表して紀念品を贈呈し、以て祝賀の微意を致すは多く得難き好機会なるを信し、此提案を以て諸君の賛成を請ふ所なり
右に対し全会一致を以て提案に可決す、于時
  明治四十三年十一月七日
   ○「竜門雑誌」第二七二号(明治四十四年一月)ハ右ト同様ノ記事・書状・決議書ヲ掲グ。