デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.613-616(DK500144k) ページ画像

大正8年10月21日(1919年)

是日、東京銀行倶楽部第百五十三回晩餐会開カル。

栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

銀行通信録 第六八巻第四〇九号・第六六頁大正八年一一月 ○録事 東京銀行倶楽部晩餐会(DK500144k-0001)
第50巻 p.613-614 ページ画像

銀行通信録  第六八巻第四〇九号・第六六頁大正八年一一月
○録事
    ○東京銀行倶楽部晩餐会
 - 第50巻 p.614 -ページ画像 
東京銀行倶楽部にては、十月二十一日午後五時より第百五十三回会員晩餐会を開き、食前来賓添田法学博士の巴里講和会議其他の視察談あり、夫より晩餐に移り食後串田委員長の挨拶に引続き、出席名誉会員田尻子爵及渋沢・阪谷両男爵の演説あり、更に随意談話の上午後十時散会せり


銀行通信録 第六九巻第四一一号・第六九―七一頁大正九年一月 ○添田博士の講演に就て 男爵渋沢栄一(DK500144k-0002)
第50巻 p.614-616 ページ画像

銀行通信録  第六九巻第四一一号・第六九―七一頁大正九年一月
    ○添田博士の講演に就て
                   男爵渋沢栄一
 本篇は去る十月二十一日、東京銀行倶楽部に於て演説せられたるものにして、当時男爵の校閲を受くる能はざりしもの今回漸く修正を了られたれば、爰に之を掲載す
委員長。満場の諸君。今夕の晩餐会に私も参上するの機会を与へられたのを有難く感謝致します。
添田君の只今の御演説中に、此旅行が私に大関係あつたやうなる御言葉がありましたが、敢て私は他の友人と協議して添田君をして今般の講和会議の有様を見る為めに、特に御旅行をおさせ申したと云ふではございませぬけれども、日頃親睦の間柄で、度々出会ふ機会に於てさう云ふお話をして終に一遊を試みられたのは事実であります。此事に付きまして先月の銀行通信録に私は記者の求めに応じて、愚見を申述べ置きましたから、お集りの諸君中には御覧下すつたかと思ふのでございます。全体大正三年の八月戦争の起つた時に、私は最も時勢に暗くして斯様なる大戦にはなるまいと思うたのでございます。直に済むであらう位に極く軽く考へたのは自分の知識の至らぬのであつて、後から思ふと大に慚愧に堪へぬのであります。近頃になつて友人中の談話を聞くと此戦争は必ず五年も続くだらう、「カイゼル」は為に職を失ふであらう、ラインに聯合軍の兵が押し寄せた場合に、独逸は遂に屈伏するであらうと、五年も前に見究めたと云ふ人もありますけれども、左様な先見の明ある人から比べると、如何に私が愚昧であつたかと云ふことを告白せざるを得ぬのであります。左りながら戦争に付ての知識は左様に乏しかつたけれども、此戦争の終熄後はどうであらうかと云ふことに付ては、私も聊か愚説なき能はずであります、抑も人類と云ふ者は寄ると群かると我利益の為めには相争うて、後は修羅道を演ずると云ふことが、人間最上の目的であるとはお互に信ずることが出来ない。それであつたら寧ろ生れぬ方が宜いではないか。犬でさへ久しく交れば段々仲が良くなる、それが人として相集ると直ぐ噛合つて、遂に死なねば已まぬと云ふに至つては真に野蛮極まることではないか。而して一方に其野蛮を拡張する為め種々の科学を攻究して知識を増進する、而して其修学研鑽は皆野蛮を進める要具であると云ふに至つては、実に沙汰の限である。故に今回の如く戦争を永く継続したならば、如何に馬鹿な人類でも、是は詰らぬものだ、こんな事をせぬでも――我富ばかりを求めずに、平和に共存する工夫はないかと云ふことを思考するであらうと、私は戦争中常に思つて居りました故に其終熄の後に、只武装的平和ではなく、心からの平和が各国各人の胸
 - 第50巻 p.615 -ページ画像 
中に生ずるであらう。或は飽きた疲れたと云ふやうなことが其間に一部分は含包するとも、斯様の理想は戦争の始に於て長く続くか、短く済むかと云ふことを見分ける明察はなかつたけれども、未来に於ける希望を持つたのでございます。昨年の十一月休戦条約が成立すると、軈てに講和会議が開けることになつた、其講和会議に先だつて、亜米利加の大統領ヰルソン氏が、国際聯盟と云ふ大問題を標榜されたと云ふことを承りまして、果して其方法が私の空漠なる想像の如くではないにせよ、人類としてもう少し良い智恵がありさうなものだと思うた私の空想をヰルソン氏も果して持たれたであらうか、と云ふ感じがして――其の後西園寺侯・牧野男又は経済界からも有為のお人々が出張するやうになつたのは、今度の講和会議に一つの異彩であると見て大に喜びましたが、只物足らぬやうに思ふたのは単に政治経済の外に精神界に就ても誰ぞ出掛けて彼の講和会議、若くは諸方から集つた人々の多数の評論を聴きもし話しもして下さる人物が欲しいものだと私は深く希望したのでございます。此希望から添田君若くは姉崎博士等と時々談話を致しまして、終に添田君は私に其旅行を勧告せられましたが、私の如き老人のみならず言語の通ぜぬ者が行つたとて何の役にも立たぬから、それならば貴下が行つたら宜からうと云ふのが端緒であつて、遂に添田君が其労を取られたと云ふ事情でございます。故に私の添田君に希望したのは先づ第一に精神界のことに就て、国際聯盟が如何なる結果を見るであらうか、武装的ならざる平和が必ず維持し得るものであるか、是から先如何なる変化を生ずるであらうか、人心の機微推移の如何を成べく詳細に察知して戴きたいと云ふのが主なる希望であつたのであります。実は此間中から同君に会見して時々伺ふ処に拠ると、私共がお願した方面よりは会議の趣旨が他の方面に発展して、吾々の希望に対してはお土産話が寧ろ少ないやうに思ふと、添田君に少し不足を申したやうな次第であるが、尚再考すると、是は添田君をお責め申すことが出来ない。何故ならば会議の全体が当初の予想と違却したのである、如何に添田君に観察の明があるとしても無いものを持つて来る訳にはいかぬから、此に於て実地に有だけのものを漁つてお帰り下すつたのである故に、今晩のお話は私も喜んで賛辞を呈して能くそれだけの事をお調査下すつたと申上げねばならぬのであります。殊に今夕此銀行者の会同に対する先刻の御演説の末段に於て、金融界の関係をお述べ下すつたことは、私共至極御尤と思ひます。何卒添田君の御土産話が、諸君のお力に依つて充分に消化されて、日本に於て今後相当の力の現出することを希望致します。元来私は平和論者でありますから、武装的平和は嫌ひだと言ひますけれども、金融の力が完全に行はれて、事業の発展することを嫌ふと云ふのではない。否昔時は大に好きの一人であつた。今日と雖も矢張これを好む者でありますから、どうぞこれを忌む人だ、呪ふ人だと云ふ誤解を下さらぬやうに願ひます。添田君の今回の旅行は只今陳上したやうに前に添田君からもお話がありましたが、幸に玆に今夕諸君と御目に懸る機会を得ましたから其事実は斯くの如くである、又添田君の演説に対しては諸君に希望する所は斯様であると云ふことを一言申添へまして、玆に
 - 第50巻 p.616 -ページ画像 
私の立場を明にしたのであります。(拍手)