デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第51巻 p.5(DK510001k) ページ画像

大正11年2月24日(1922年)

是日、東京銀行倶楽部ニ於テ、栄一並ニ添田寿一頭本元貞ノ帰国歓迎会開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四〇六号・第五六頁大正一一年三月 ○青淵先生帰朝歓迎会(DK510001k-0001)
第51巻 p.5 ページ画像

竜門雑誌  第四〇六号・第五六頁大正一一年三月
○青淵先生帰朝歓迎会 東京銀行倶楽部に於ては、二月二十四日午後六時半より、青淵先生及添田・頭本三氏の帰朝歓迎会を催したり、当日は志村源太郎氏の挨拶に次ぎ、添田博士の華盛頓会議に関する感想談あり、一同晩餐を共にし、終つて、青淵先生より大要左の如き演説あり、最後に頭本氏の布哇に関する談話ありて、午後九時散会せりと云ふ。
華盛頓会議の成果に就ては世間兎角の非難あれど、余は大体に於て満足なる結果を贏ち得たるものと信ずる、該会議が日米間に於ける感情の融和に対して至大の効果を齎したことは否み難い事実である只遺憾な点は華盛頓会議が日米間年来の懸案たる加州及布哇に於ける日本人移民問題に触れず、之を徹底的に解決し得なかつた一事であつて、此根本問題の解決されない限り、日米間の真の融和は期待し難いのである、幣原モーリス協約の如きも、此の加州・布哇に於ける日本移民問題を根本的に解決し得るものではない、余等今回の渡米も、其目的は要するに此等の難問題に就いて、米国人の諒解を得、日米親善に対して一臂の力を致さんとするにあつたが、不幸にして何等の効果をも齎し得なかつたことを恥づる、終に今回渡米して特に感じたことは、戦後一般米人の精神が非常に集中し、非常に緊張して居ることであつて、之を次第に能率の減退を来しつゝある我国の有様と対比して、差異の大なるを痛感した云々
  ○栄一演説筆記ハ、本資料第三十三巻所収「第四回米国行」大正十一年二月十二日ノ条ニ収ム。