デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正7年4月4日（1918年）

是日栄一、東京銀行倶楽部ニ開カレタル、第十五回全国手形交換所聯合懇親会ニ出席シテ演説ヲナス。

第十五回手形交換所組合銀行聯合会記事　大正七年四月
　　　　　　　　　　　　　　　　　　（東京手形交換所所蔵）
　　　　聯合懇親会
大正七年四月四日午後六時三十分ヨリ東京銀行倶楽部ニ於テ聯合懇親会ヲ開キ、宴酣ニシテ座長池田謙三氏起テ一場ノ挨拶ヲ為シ、之ニ対シ寺内総理大臣・勝田大蔵大臣・三島日本銀行総裁・渋沢男爵等ノ順次演説アリ、終リニ小山健三氏ノ挨拶ヲ兼ネタル演説アリテ午後十時宴ヲ撤シ、席ヲ別席ニ移シテ主客歓談ノ後同十時三十分全ク散会セリ
　　　　池田委員長ノ挨拶○略ス
　　　　寺内総理大臣ノ演説○略ス
　　　　勝田大蔵大臣ノ演説○略ス
　　　　三島日本銀行総裁ノ演説○略ス
　　　　渋沢男爵ノ演説
委員長、閣下並ニ諸君、今夕全国ノ手形交換所大会ニ、私モオ招ヲ戴キマシタコトヲ深ク感謝致シマス、長ク住居シタ家ニ再ビ来ルト、客
 - 第51巻 p.187 -ページ画像 
ト云フ観念ヨリハ寧ロ主人ノヤウナ心地ガ致シテ、申上グル事ガ主客ヲ弁ゼヌヤウニナラウカト惧レマス、況ヤ今夕ノ主賓トシテ参列致サレタ総理大臣カラ大体ニ就テノ御訓示ト、大蔵大臣ヨリ最モ詳密ナル財政・経済・国防等ヲ網羅シタル所ノ御演説ハ、私モ此会ニ列シ得タレバコソ伺ヒ得ラレタコトヽ深ク喜ブノデゴザイマス
閣下諸君ノ只今ノ御演説ハ総テ皆責任アル御位地カラ種々ナル御調査ニ依ツテ組立ラレタ御説ト拝聴シマスカラ、私ノ如キ無責任ナル閑人ガ批評ガマシク申述ベルコトハ失礼ニ存ジマスルガ、斯ク現在ノ隆盛ナル有様ヲ見得ルノ幸福ヲ記念スル為メニハ、往時ノ困難ノ場合ヲ回顧シテ見ルノモ或ハ好イ対照ニナリハセヌカト思フノデアリマス。例ヘバ人ノ自動車ニ乗ツテ疾風ノ如ク駛ルトキニ、人力車ニモ乗リ得ヌデテクテク徒歩シタコトヲ思ヒ出スノハ、特殊ノ感想ヲ惹起スルコトニナル、故ニ私ハサマデ往昔デハゴザイマセヌガ、十六・七年以前欧羅巴ニ旅行シテ、英国倫敦デ種々苦辛シタ時ノ思入リカラ、帰国ノ後ニ我経済界ヲシテセメテハ斯クモアラセタイト企望シタ事ガ只今心ニ浮ミマシタユヘニ、其昔語ヲ陳述シテ此席ニハ相応シカラヌ事デゴザイマスケレドモ、十六・七年以前ハ斯様デアツタト云フコトヲ、今夕ノ来会諸君ハ左様ニ若年ノ人バカリデハナイカラ記憶ニ存シテ居ラルルカモ知ラヌガ、青年ノ方ハソンナ事ガアツタカトオ感ジナサルデアラウト思フテ陳上スルノデアリマス
元来我邦ノ物質文明ヲ進メテ行キタイト云フ企望ニ就テハ常ニ求ムル所ガ多クシテ其資力ガ之ニ伴ハヌト云フノガ普通ノ状態デアツタ、何時モ此状態ニ追ハレツヽ居ツタノデアル。而シテ国内ノ事既ニ然リ、海外ノ関係ハ尚更甚シキ有様デアツテ、殊ニ朝鮮ニ於ケル鉄道布設ニ付テハ其事情ガ一層困難デゴザイマシタ、今日ハ国有ニ帰シテ居リマスケレドモ、京釜鉄道ノ経営ニ対シテ其資金ガ何分満足致シマセヌデ折角会社ハ組織シタガ如何ニシテ鉄路ヲ敷設シタラ宜カラウカト会社ノ当局者ハ千々ニ苦配シマシタ、其際私ハ敢テ会社ノ内旨ヲ帯ビテ旅行シタ訳デハナカツタケレドモ幸ニ英国ニ行キマシタラ、若シ倫敦ニ於テ資金ガ得ラルヽナラバト云フ事デ、其時ノ大蔵大臣ニモ色々ト助力ヲ受ケマシタガ、都合好イ相談ガ纏ラヌデ帰国シマシタ、而シテ此京釜鉄道ヲ成ルベク早ク敷設シタイ為メニ其金融ヲ得ルニ就テハ実ニ困難ヲ極メタノデゴザイマス、其時ニ日本銀行総裁ニモ屡々懇願シタケレドモ却々ニ好イ回答モ得ラレナカツタ、恰モ桂公爵ノ内閣ノ時デアツテ公爵ニ屡々オ願シテ種々ナル工夫ヲシマシタ、同時ニ斯ノ如キ有様デハ到底鉄道ノ発展延長ハ為シ得ラレヌカラ是非鉄道ニ対シテハ海外ヨリ金融ノ為シ得ルヤウニシタイト云フテ、鉄道抵当法ト云フ制度ヲ希望致シテ、故井上侯爵ニ特別ノ御高配ヲ請フテドウゾ政府ヲシテ此事ヲ認許セシメテ下サルヤウニト百方運動シタコトサヘゴザイマス、ソレハ即チ明治三十五年ノ事デアル、其翌年カラ段々ニ北方ノ風雲ガ急ニナツタ為メニ、漸ク其法律案ハ三十六年ノ帝国議会ニ提出サレテ、協賛ヲ得タノデゴザイマス、其上日本銀行カラ京釜鉄道ニ対スル金融モ右等ノ影響ニヨリテ少シク便宜ヲ得テ始メテ三十六年ノ末ニ京釜鉄道ガ完成シマシタ、併シ其鉄道抵当法ト云フモノハ制度ハ出来
 - 第51巻 p.188 -ページ画像 
タガ事実ハ行ハレナカツタ、是ハ行ハレヌノデハナイ行フヲ要セズニ経済界ノ事態ガ変化シタノデアリマス、是等ノ事ヲ回想シマスルト先刻来伺フタ経済事情ガ斯クモ変化セシモノカ、其時ノガ現デアルカ、今日ガ或ハ夢デハナイカ――又反対ニ今ガ事実デアルナラバ其時ハ幻デハナカツタカト所謂夢幻ノ間ニ彷徨フノデゴザイマス、実ニ喜ビ極ツテ申上グル言葉ヲ見出シ得ヌヤウデゴザイマス、サリナガラ大蔵大臣ノ御演説中ニモ唯益々良イト云フノミニ終ルトハ考ヘヌガ宜カラウトノコト、又日本銀行総裁ノ数字上カラノ証明ニ依ツテモ、唯慢然ト今日ヲ欣ブノミニ安ンズルト云フコトハ、決シテ出来ヌコトヽ思フノデゴザイマス、私ガ其局ニ当ラヌユヱニ将来ヲ如何ニ考慮シタラ宜カラウカト云フコトヲ常ニ意ニ介シテ居リマセヌケレドモ、総ジテ事物ハ進ムモ進ムノミニ止ラズ、喜モ喜ノミニ終ラヌト云フコトハ理数ノ免レヌノデゴザイマスカラ、老人ノ婆心トシテ始終時局ニ戒心ヲ要スルト云フコトヲ会フ人毎ニ注意シテ、其喜ビニ慣レヌヤウニト話シ合フテ居リマス、恰モ今日此席ニ参上シテ再応会見シタ朝鮮ノ韓相竜君ガ先刻拙宅ヘオ尋ネアリテ、頻ニ爾来其銀行ノ発展セシ喜ビヲ述ベラレ同時ニ将来ノ心得方ト云フ質問ガアリマシタカラ、私ハ之ニ答ヘテ成名毎在窮苦日敗事多因得意時トイフ警句ヲ告ゲマシタラ、君ハ之ヲ名札ニ書ケト云フコトデ直ニ書シテ贈リマシタ、是ハ私ノ韓相竜君ニ対スル老婆心デゴザイマスケレドモ、今夕十六年前ノ京釜鉄道布設ノ時ノ困難ハ今モ尚身ニ染ミテ其苦痛ヲ感ジテ居リマスノデ、其喜ビヲ述ブルト同時ニ、韓相竜君ニ書送シタ警句ハ、独リ韓相竜君ノミガ之ヲ味フベキモノデハナカラウ、満場ノ諸君モ同ジクオ味ヒナサレタ方ガ宜カラウカト思フノデゴザイマス、大蔵大臣ノ経済界ニ対シテ丁寧ナル御注意ヲ以テ述ベラレタル御演説ハ、私共別シテ深ク感佩致シマス、畢竟国勢ノ張ルト云フコトハ、国ノ富ノ進ムニ依ツテ出来ルノデアレバ即チ財政ト経済トハ何時モ完全ニ相待タネバナラヌ、若シ経済界ニ於テ得意ノ為メニ事ヲ敗ルナラバ、財政モ亦蹉軼致サヾルヲ得ヌ故ニ私ハ唯韓相竜君一人ニ止メズ、自ラモ誡メ、実業界ガ、諸君ガ此処ニ心ヲ用ユルコトハ、諸君ニ於テモ御同意下サルコトヽ信ズルノデゴザイマス
玆ニ今夕此宴ニオ招ヲ下スツタコトヲ感謝シ、併セテ総理大臣・大蔵大臣両閣下ノ有益ナル御演説ヲ拝聴致シタコトヲ喜ンデ御礼ヲ申上ゲマス（拍手）
　　　　小山健三君ノ演説○略ス

竜門雑誌　第三五九号・第七一頁　大正七年四月
○全国手形交換所大会　全国手形交換所大会は四月四日午後東京銀行倶楽部に於て開催、一時より聯合委員会、三時より聯合大会を開き
　一、札幌手形交換所聯合会加入の件（可決承認）
　二、為替契約書の条項並に為替勘定報告書の様式及び寸法を一致するの件（就中後半は実行至難につき、交換所に於て適当の雛形を作成配付の上、その可否を後日に決定することゝ決す）
　三、大正八年聯合会開催時決定の件（大阪と決す）
 - 第51巻 p.189 -ページ画像 
右三項を議決し四時散会後、更に同所に於て聯合懇親会を開き、青淵先生・寺内首相・勝田蔵相・三島日銀総裁其他有力なる諸名士を招待して晩餐会を催したり。食後池田謙三氏の挨拶、寺内伯・勝田・三島諸氏の演説あり、最後に大阪の小山健三氏大会の感想を吐露して同十時和気靄々裡に散会したりと云ふ。
○下略