デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
4節 保険
6款 扶桑海上保険株式会社
■綱文

第51巻 p.316-318(DK510086k) ページ画像

大正5年11月5日(1916年)

是日栄一、扶桑海上保険株式会社発起人会ニ出席シ、座長トナリ、加藤正義外七名ノ創立委員ヲ指名ス。


■資料

扶桑海上保険株式会社発起人会議事録(DK510086k-0001)
第51巻 p.316-318 ページ画像

扶桑海上保険株式会社発起人会議事録
              (住友海上火災保険株式会社所蔵)
(写)  大正五年拾壱月五日発起人会議事録
大正五年拾壱月五日午後壱時半、扶桑海上保険株式会社発起人会ヲ、東京市日本橋区通壱丁目参番地合名会社森村銀行楼上ニ於テ開会ス
一、発起人渋沢敬三氏代理渋沢男爵座長席ニ着キ、明治初年同男爵等首唱シテ東京海上保険株式会社ヲ設立セシ成行ヨリ説キ起シ、同社ノ現況ニ及ヒ、時勢ノ進運ハ更ニ有力ナル海上保険会社ノ設立ヲ促ス旨ヲ述ヘ、山下亀三郎氏首唱シ、他発起人諸氏ニヨリ扶桑海上保険株式会社設立ノ計画熟シ、其発起人会ヲ開会スルニ至リタルハ正ニ時運ニ適スルモノナルコトニ説キ及ハル
一、次テ左ノ諸項ヲ決議ス
 一、発起人多数ナルニ付創立委員ヲ選ヒ、会社創立ニ至ル迄ノ事項ノ決定ハ之ヲ該創立委員ニ一任スルコト
 二、創立委員ハ更ニ創立委員長ヲ互選シ、委員長ニ於テ必要ト認ムル場合ニ限リ他ノ創立委員ト協議スヘク、然ラサルトキハ創立委員長ニ於テ前記受任事項ヲ専行シ得ルコト
 三、定款・発起認可申請書・事業方法書・普通保険約款・保険料及ヒ責任準備金算出ノ基礎ニ関スル書類、財産利用方法書及ヒ発起目論見書ノ作成・訂正及ヒ署名捺印、並ニ前記書類ヲ農商務大臣ニ申達シ其認可ヲ受クルニ至ルマテノ一切ノ行為、及ヒ之ニ関シ復代理人ヲ選任スル件ヲ発起人三倉滋氏ニ一任スルコト
一、渋沢男爵ノ指名ニ依リ創立委員左ノ通リ決定ス
                   加藤正義氏
                   井上公二氏
                   小倉正恒氏
                   金子直吉氏
                   八十島親徳氏
                   松木鼎三郎氏
                   岸本兼太郎氏
                   森村開作氏
一、創立委員ノ互選ニ依リ加藤正義氏ヲ創立委員長トス
一、次テ発起人ノ引受クヘキ株式ノ数ヲ決定スルコト別表ノ如シ
  大正五年拾壱月五日
                  加藤正義印
 - 第51巻 p.317 -ページ画像 
                  井上公二印
                  小倉正恒印
                  金子直吉印
                  八十島親徳印
                  松木鼎三郎印
                  岸本兼太郎印
                  森村開作印
           発起人 渋沢敬三   森村市左衛門
               古河虎之助  伊東二郎丸
               藤田平太郎  住友吉左衛門
               原六郎    川崎芳太郎
               佐々木勇之助 土居通夫
               伊藤長次郎  服部金太郎
               安部幸兵衛  村井保固
               橋本喜造   内田信也
               菊地吉蔵   成瀬正行
               河内研太郎  筏井寿夫
               石井健吾   尾城満友
               古谷久綱   三倉滋
               尼崎伊三郎
                右弐拾五名代理人
           発起人     山下亀三郎印
    発起人ノ引受クヘキ株式ノ数
  参四、〇〇〇株          渋沢敬三
   壱、〇〇〇株       男爵 森村市左衛門
   五、〇〇〇株       男爵 古河虎之助
   壱、〇〇〇株       子爵 伊東二郎丸
   五、〇〇〇株       男爵 藤田平太郎
   五、〇〇〇株       男爵 住友吉左衛門
   弐、〇〇〇株          原六郎
   弐、壱〇〇株          川崎芳太郎
   弐、五〇〇株          佐々木勇之助
   壱、〇〇〇株          土居通夫
   壱、〇〇〇株          伊藤長次郎
   壱、〇〇〇株          服部金太郎
   壱、〇〇〇株          安部幸兵衛
   壱、五〇〇株          村井保固
   弐、五〇〇株          井上公二
   七、〇〇〇株          金子直吉
   壱、〇〇〇株          尼崎伊三郎
   壱、八〇〇株          八十島親徳
   六、五〇〇株          橋本喜造
   五、〇〇〇株          内田信也
 - 第51巻 p.318 -ページ画像 
   参、五〇〇株          菊地吉蔵
   弐、〇〇〇株          成瀬正行
   弐、〇〇〇株          河内研太郎
   参、〇〇〇株          筏井寿夫
   壱、〇〇〇株          尾城満友
   壱、〇〇〇株          石井健吾
   弐、〇〇〇株          古谷久綱
     五〇〇株          森村開作
   壱、〇〇〇株          岸本兼太郎
   壱、〇〇〇株          小倉正恒
  八七、壱〇〇株          山下亀三郎
   六、〇〇〇株          松木鼎三郎
   弐、〇〇〇株          三倉滋
   壱、〇〇〇株          加藤正義


竜門雑誌 第三四二号・第八七頁 大正五年一一月 扶桑海上発起人会(DK510086k-0002)
第51巻 p.318 ページ画像

竜門雑誌  第三四二号・第八七頁 大正五年一一月
○扶桑海上発起人会 山下亀三郎・内田信也等神戸船主を主として大日本海上保険株式会社創立計画中なりしが、十一月五日午後二時より森村銀行楼上に於て発起人会を開きたり、青淵先生会長席に着きて開議し、先生より大日本海上保険の名称にては他の海上保険会社と混同せらるゝ虞あるを以て、扶桑海上保険と改称するを可とすとの提議あり、直ちに右提議通り決定し、創立委員は先生の指名にて左記の人々を推選することに決定せりといふ。
 森村開作(森村組代表)・井上公二(古河合名会社代表)・小倉正恒(住友の代表)・松木鼎三郎(三菱の代表)・岸本兼太郎(船主側代表)・金子直吉(船主側代表)・八十島親徳(渋沢男家代表)・山下亀三郎(発企者)