デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
4節 通信
1款 日本無線電信株式会社
■綱文

第52巻 p.13-16(DK520002k) ページ画像

大正9年2月(1920年)

是月栄一、内田嘉吉・中島久万吉ト連署シテ、逓信大臣野田卯太郎ニ、民営ニヨル海外通信専用大無線電信局設置ニ関スル申請書ヲ提出ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正九年(DK520002k-0001)
第52巻 p.13 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正九年          (渋沢子爵家所蔵)
一月十日 晴 寒
○上略 十一時半兜町事務所ニ抵リ、東郷安男氏来《(マヽ)》リ海底電線及無線電信ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月十四日 晴 厳寒
○上略 十二時銀行倶楽部ニ抵リ、内田嘉吉氏米国ヨリ帰京ニ付、海底電線会社設立ニ関スル米国滞在中ノ運動ノ顛末ヲ詳話ス、来会者十数名アリ○下略
  ○栄一日記、是年三月十五日ヨリ年末マデノ記事ヲ欠ク。


日本無線 第八六号創立拾周年記念特輯号・第五〇―五一頁昭和一〇年一一月 「我社の創立されるまで」回顧座談会 二、民間側より見たる我邦国際通信機関及之が整備に関する民間有志の計画(DK520002k-0002)
第52巻 p.13-16 ページ画像

日本無線  第八六号創立拾周年記念特輯号・第五〇―五一頁昭和一〇年一一月
 ○「我社の創立されるまで」回顧座談会
    二、民間側より見たる我邦国際通信機関
      及之が整備に関する民間有志の計画
○上略
      海底電信計画より無線電信計画への転向
東郷 而して海底線計画に就ては、内外共交渉上非常なる迂余曲折を経、日米間に於ける国際関係、就中「相互主義」の問題に依つて、容易に解決の途がつかざる一方、技術的の見地からも、太平洋の南北何れの路線を採用すべきかに付ては種々なる困難があり、敷設上の難易、経費の巨額と云ふことに付ても、尠なからざる困難に逢着したのでありました。
  然るに一面、本計画の当初に於ては未だ大なる実用価値を見出さ
 - 第52巻 p.14 -ページ画像 
なかつた無線電信技術の発達に依つて、大洋を横断するが如き遠距離用通信の可能性が多分に見えて来たから、逓信省は固より其当時近距離の海面に於て既に日露戦争以来実戦に使用せる経験を持つて居つた帝国海軍に於ても、次第に海底線布設よりも無線計画の実現を考へるやうになつて来たのであります。而して其当時の創立委員中にも早くから海外の趨勢に着眼して、海底線計画よりも寧ろ無線計画の実現を期すべしと唱へるものが出て来ました。其最初の唱道者は実に当時の高田商会主高田釜吉氏其人であつたのであります。
  ソコで、創立委員は再び議を決して、次のやうな書面を大正九年二月付を以て、当時の逓信大臣野田卯太郎氏に宛てゝ提出したのでありました。
    海外通信専用大無線電信局設置ニ関スル申請書
 曩ニ客年八月下名共日米電信株式会社ノ創立ヲ発起シ、現今非常ノ輻輳ヲナセル日米間ノ通信状態改善ニ資スル為、新ニ海底電線布設ノ御許可ヲ申請致シ、ソノ一日モ速ニ御許可ノ御指令ニ接センコトヲ期待致居候
 然ルニ平和克復後世界ニ於ケル通信ノ激増ハ益々其度ヲ加ヘ、之ヲ緩和スルノ方法ハ独リ海底線ノ増設ニノミ頼ルコトヲ許サス、速ニ此国際的難問題ヲ解決シ我国ノ対外通信ノ能力ノ増進ヲ図ルニハ、大無線電信局ヲ設置シ、米国又ハ加奈陀其他ノ方面ニ於ケル大無線局ト交信シテ、日米間ノ通信状態ヲ円滑ナラシムルト同時ニ、世界各地ノ大無線局ト直接交信スル施設ヲ為スノ必要ニ迫ラレツツアリト存候、況ヤ現今世界ニ於ケル海底線条ノ需要ハ、戦時中或ハ新設ヲ見合セ或ハ修繕ヲ怠リタル線ヲ、遽ニ新設補修ニ着手スルニ至リタルヲ以テ、供給ハ到底斯ノ莫大ナル需要ニ応シ能ハサルノ盛況ヲ呈シツツ有之候、為ニ本社当初ノ計画カ順調ニ進行スルト仮定スルモ、線条ノ敷設竣工迄ニハ幾多ノ歳月ヲ要シ、他日開業ノ暁直ニ通信全能力ヲ発揮スルモ尚其不足ヲ感スヘキ形勢ニ有之候、就テハ通信ノ非常ナル停滞ヲ救済シ、以テ現今外交上・通商上等ニ及セル非常ナル不便不利ヲ一掃スヘキ方法トシテハ、是非共此際大無線局ノ私設経営ヲ必要ト認メ候ニ付、何卒速ニ海外通信専用無線電信事業民営ノ儀ヲ御許可被成下度、伏而奉願上候
  尚幸ニ御許可相成候上ハ、本社直ニ海底線布設ニ関シ実行セルト同様ノ方法ヲ以テ、各関係官庁並ニ民間ノ専門家ヲ網羅セル委員会ヲ組織シ、其経営方法、機械的設備、既設官営又ハ私営無線電信ト連絡ノ設定、即対手交信局ノ選定等本事業ノ遂行ニ必要ナル各種ノ事項ニ付、慎重ナル研究審議ヲ重ネ実施致度予定ニ御座候
   大正九年二月    東京市京橋区日吉町拾四番地
              日米電信株式会社発起人総代
                      内田嘉吉
                   男爵 中島久万吉
                   男爵 渋沢栄一
    逓信大臣 野田卯太郎殿
 尚其当時附属せる「覚書」をも此処に併せて掲載して置きます。
 - 第52巻 p.15 -ページ画像 
       覚書
 一、海底線は過去の統計によるに、故障の為一ケ年中一ケ月乃至二ケ月不通の場合あるものと見做さゞる可らざるを以て、如何なる天災天候にも完全なる通信を為さんとせば無線電信の兼営を必要とす。
 一、最近米国に於てジイ・イー会社主働となり、マルコニ無線電信会社を買収し、英・仏其他世界各地の強力無線電信所と通信するを目的とする、資本金弐千万弗の米国無線電信会社と称するもの設立せられたり。又米国海軍は本年早々シアトルの対岸キイポートに高さ四百呎、基礎径九拾呎、頂上径五呎の鋼製強力無線電信塔の建設工事に着手し、僅々六ケ月間には竣工の上、布哇・アラスカ及東洋と無線電信の交換を為すことゝなれり。
  支那に於ても、昨今同国政府とマルコニ会社との間に資本金七拾万磅を以て無線電信会社組織の協約成り、マルコニ会社と聯盟する諸会社と、国際的連環の間に立ちて重要なる連鎖となる計画実行せられつゝあり。
  如此世界に於ける無線電信界の大勢は我日本をして晏如たらしむる事を許さず、直接米国又は加奈陀と交信し得るに足る強力なる大無線局の増設は最早一日も猶予すべからざる喫緊事なり。
  而して一国に於て独り官営のみならず別に民営会社を存し、国際間に於ける微妙なる関係の裡に立ちて、巧に有利なる地歩を占むるを必要とする場合愈々急なるものあり。
  彼の支那政府と三井物産会社との無線電信に関する契約成立の如き、最近に於ける好適例なり。
 一、外国に対して通信権を把握すると否とは、一国の商業上・軍事上及外交上重大なる利害関係あるは論を俟たず、海底線及無線電信の管理権に関する問題が、巴里媾和会議に於て重要視せられたるは故なきに非ず。於是乎此際我国が一日も早く世界通信界の一部に参加するに足るべき海底線を布設し、強力なる無線電信所を建設し、且つ其機械の製造所を設置するは、他日通信権に関し国際通信会議開催の暁に於て、根拠ある有力の発言権を主張し得る地歩を占むべき要素たるべきものにして、我国の国際的位置を向上せしむる意味に於て軽々に看過すべからざる問題なりとす、況や平和克復後、我国は独逸の所有する無線電信に関する各種の特許権を、極めて有利なる条件を以て獲取し得らるべき好機に際会し、目下其方面にて著々進行中なり。
  本社は当該官庁の許可あり次第、一日も早く強力なる無線電信所を建設し、世界に於ける強力無電網に加入し、無電機械製作所を設けて我国内官民の需要を充たすは勿論、支那、其他東洋方面に供給し、名実共近き将来必ず東洋に於ける無線電信界の覇権を我国の手に収めんことを期す、是れ豈に独り我社の為にするのみならんや、実に我帝国国運発展の為め是非共敏活なる手段を講ずるの必要に迫られつゝあるに由る。
○下略
 - 第52巻 p.16 -ページ画像 
  ○右ニ引用セラレタル大正九年二月ノ申請書及ビ該申請書中ニ示サレタル八年八月ノ第一次申請書共ニ他ニ資料ヲ欠ク。
  ○尚、是年五月一日、東京銀行集会所ニ開カレタル日米有志協議会ニ於テ、栄一、日米協同シテ海底電線事業設立ノ希望ヲ述ブ。本資料第三十五巻所収「日米有志協議会」大正九年四月二十六日ノ条参照。


集会日時通知表 大正九年(DK520002k-0003)
第52巻 p.16 ページ画像

集会日時通知表  大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十日 土 午前十一時 東郷安男来約(兜町)
  ○中略。
二月十四日 土 午前十一時 日米電信会社ノ件(銀行クラブ)
        内田嘉吉氏帰朝出席
  ○中略。
四月廿二日 木 午前十一時半 日米電信会社主催内田嘉吉氏送別会(帝国ホテル)


集会日時通知表 大正一〇年(DK520002k-0004)
第52巻 p.16 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
五月十九日 木 午後六時 日米電信会社主催
             米人ドツド氏招待(新喜楽)
  ○中略。
五月廿六日 木 正午 日米電信会社創立委員会(工業クラブ)