デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
2節 蚕糸・絹織業
1款 社団法人大日本蚕糸会
■綱文

第52巻 p.356-359(DK520035k) ページ画像

昭和2年4月11日(1927年)

是日、愛媛県松山市ニ於テ当会第二十二回総会開カレ、栄一、多年蚕糸業及ビ生糸貿易ノ発達ニ貢献セル功績ニヨリ、当会総裁閑院宮載仁親王ヨリ恩賜賞ヲ賜ル。


■資料

大日本蚕糸会書類(一)(DK520035k-0001)
第52巻 p.356-357 ページ画像

大日本蚕糸会書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
本庶第七九号ノ二
  昭和二年三月二十五日
           大日本蚕糸会主事 長岡哲三
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿
拝啓 陳者来四月十一日愛媛県松山市北予中学校ニ開催ノ本会総会ニ於テ、貴下ノ功績ヲ表彰スルコトニ内定致シ 総裁殿下ヨリ恩賜賞《(三字手書)》ヲ御親授被為在候筈ニ有之候間、同日午前九時迄ニ同会場ニ御出席ノ上係員ニ御申出相成候様致度、右ハ本会頭ヨリ貴地支会長ニ通牒相成候
 - 第52巻 p.357 -ページ画像 
ヘ共、期日差迫リ候ニ付、為念此段申進候 敬具
 追而 御親授ノ人名ハ予メ決定ヲ要シ候ニ付、御出席ノ有無来四月二日迄ニ本会ニ到達スル様御回答相煩度、又御出席ニ要スル旅費ハ御自弁ノコトニ御承知相成度候、尚又表彰セラレシ方ノ肖像ハ会報ニ掲載シ、且永遠ニ保存スル都合ニ有之候間、御写真一葉御送付被下度、此段申添候


大日本蚕糸会報 第四二三号 昭和二年五月 会衆八千の蚕糸会総会並蚕糸共進会概況 閑院宮総裁殿下の台臨を仰ぎて(DK520035k-0002)
第52巻 p.357 ページ画像

大日本蚕糸会報 第四二三号 昭和二年五月
    会衆八千の蚕糸会総会並蚕糸共進会概況
      ◇閑院宮総裁殿下の台臨を仰ぎて◇
 ◇時は陽春四月十一日松山市に於て四国聯合蚕糸共進会の開催せらるゝを好機として、第二十二回総会を開く事となつた。従来総会を東京市外に於て開いたのは僅かに長野・神戸・横浜の三回であつた。それを四国の地に持込んだのであるから、其の準備の為めに愛媛支会長はじめ関係者の心からなる奮闘努力ぶりに対しては、只々満腔の謝意を表する次第である。
 ◇その日式の準備万端整ふや、総裁宮殿下には朝来蕭やかなる春雨に煙る中を、数多の市民の奉迎をうけつゝ、愛媛支会長の御先導にて松山農学校なる四国蚕糸共進会御巡覧の後、北予中学校庭なる総会及共進会式場に向はせらる。降り頻る春雨を冒して大会大天幕内に参集する会員は、四国四県は申す迄もなく、遠く関東・東北・九州の各県から集ふ人々其の数無慮八千余名と註せられ、午前十時定刻第一鈴を合図に会員の着席するや、軈て総裁殿下には一同最敬礼の裡に御臨場あり、香坂支会長開会の陳告をなすや、殿下には御諭旨を御朗読遊ばされた。
之れに対し牧野会頭は会員一同を代表して答辞を奉り、本多副会頭の業務報告、事務所移転の件及評議員補欠選挙の件を附議せしに、前者は異議なく、後者は会頭一任に決定せられ、斯くて後総裁殿下には恩賜賞を渋沢栄一子に、渡辺文七・新井高四郎・富田勘之丞の三氏に第一種功績章を、小野寅吉氏外八十一名に第二種紅綬功績章を、兵頭禅次氏外三十三名に第二種緑綬功績章を授与、東京府上成木分養蚕組合外九十一組合を表彰せられ、次いで牧野会頭より第三種功績章を授与して総会を終了し、直ちに蚕糸共進会褒賞授与式に移り、香坂支会長は式辞を朗読し、次いで牧野会頭の稟請により総裁殿下は特別優等賞を摂津製糸株式会社・株式会社日進館・工藤館蚕種合名会社へ、優等賞を伊予製糸株式会社・日出製糸株式会社・小関清治・西込為治・田中寅松の諸氏に授与し、一等賞以下に対しては香坂支会長より授与し終て農林大臣・蚕糸会頭の告辞、内閣総理大臣・商工大臣・支会長総代・貴衆両院議員総代・愛媛県会議長・松山市長・協賛会長・愛媛県蚕糸業者総代等の祝辞、功績章・優等賞・有功章拝受者総代の答辞ありて全く式を終了した。


大日本蚕糸会報 第四二四号・第八四頁 昭和二年六月 大日本蚕糸会総会追記(DK520035k-0003)
第52巻 p.357-358 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

竜門雑誌 第四六四号・第六八頁 昭和二年五月 大日本蚕糸会より恩賜賞(DK520035k-0004)
第52巻 p.358-359 ページ画像

竜門雑誌 第四六四号・第六八頁 昭和二年五月
    大日本蚕糸会より恩賜賞
青淵先生が我国の蚕糸業界に対する御功績の多大であることは、世人の周く知る処である。従つて大日本蚕糸会に於ては、四月十一日伊予国松山市に第廿二回総会を開催したのを機とし、蚕糸界の功労者を夫夫表彰したが、其の最も名誉ある恩賜賞を以て青淵先生の功を表することゝし、左の如き賞状と共に銀製花瓶一個を贈られた。
      賞状
                東京市
             正三位勲一等 子爵 渋沢栄一
 慶応三年仏国ニ渡航シ、欧洲ノ文物制度ヲ視察シテ帰ルヤ、偶々政府ニ生糸改良ノ議起リ、選マレテ之カ画策ノ任ニ当リ、具ニ地方ノ蚕業状況ヲ踏査シ、群馬県富岡ノ地ヲ相シテ官立製糸所ノ設立ヲ企図シ、議容レラレテ洋式製糸場ノ創設ヲ見ルニ至レリ、之レ本邦ニ於ケル器械製糸ノ創始ニシテ又模範タリ、明治六年官ヲ辞シ、第一国立銀行ヲ創立シテ其頭取トナル、之レ即チ第一銀行ノ前身ニシテ本邦銀行ノ濫觴タリ、玆ニ於テ資金融通ノ便大ニ開ケ、製糸及生糸貿易ノ進展ニ寄与セル所甚ダ多シ、明治十四年横浜ニ於テ内外生糸商間ニ紛擾起ルヤ、進ンテ調停ノ労ヲ執リ、生糸荷預所ノ設立ヲ促シテ取引ノ発達ニ資セリ、大正三年欧洲戦乱ノ勃発ニ際シ、蚕糸業ノ悲境ニ陥ルヤ、挺身之カ救済ノ策ヲ講シ、克ク其目的ヲ達スルニ至ラシメタルハ、当業者ノ深ク銘記スル所タリ、又常ニ意ヲ国際通商ニ注キ、或ハ訪英実業団ノ組織ヲ提唱シ、或ハ渡米実業団ヲ組織シテ自ラ其団長トナリ、彼此当業者ノ交驩ヲ図リテ貿易ノ進展ニ尽力シ、其他本邦ノ文化並産業ノ発達ニ貢献セル事績挙ケテ数フヘカラサルモノアリ、其間直接又ハ間接ニ蚕糸業ノ負フ所頗ル多ク、其
 - 第52巻 p.359 -ページ画像 
功績洵ニ偉大ナリ、仍テ本会功績表彰規程ニ拠リ、玆ニ恩賜賞ヲ贈与シ、以テ其功績ヲ表彰ス
  昭和二年四月十一日
    大日本蚕糸会総裁大勲位功二級 載仁親王
   ○栄一、右ノ当会総会ニハ出席セズ。