デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
2節 蚕糸・絹織業
4款 関東大震災焼失生糸問題
■綱文

第52巻 p.448-458(DK520045k) ページ画像

大正13年5月22日(1924年)

是日栄一、東京銀行倶楽部ニ於テ、牧野忠篤・志村源太郎ト協議ノ結果、焼失生糸問題ニ関シ当業者ヨリ委託セラレタル裁定者ノ任務ハ一段落ヲ告ゲタルモノト認メ、三者連名ヲ以テ其旨製糸家・問屋・輸出商ノ各特別委員ニ通牒ヲ発シ、政府当局ニ対シテモ之ヲ報告スルト共ニ、蚕糸資金ノ融資ニ付懇請ス。


■資料

集会日時通知表 大正一三年(DK520045k-0001)
第52巻 p.448 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年        (渋沢子爵家所蔵)
五月廿二日 木 午前十半時 牧野子・志村氏ト御会見ノ約(銀行クラブ)
        午後一時  清浦首相ト御会見ノ約(同官邸)
五月廿三日 金 午前九時  原富太郎・渋沢義一両氏来約(飛鳥山)


中外商業新報 第一三七二五号大正一三年五月二三日 焼失生糸善後問題から三調停者手を引く もつとも新繭資金融通には尽力(DK520045k-0002)
第52巻 p.448-449 ページ画像

中外商業新報 第一三七二五号大正一三年五月二三日
 - 第52巻 p.449 -ページ画像 
    焼失生糸善後問題から
      三調停者手を引く
        もつとも新繭資金融通には尽力
焼失生糸の処分問題に関する調停者、渋沢子・牧野子及び志村の三氏は、二十二日午前十時半から丸の内の銀行クラブに会合して、横浜問屋側の
 希望 に係る新繭資金の融通方その他に関し種々協議した、即ちさきに勧告案として三氏より提示した共栄蚕糸会社案は、横浜問屋側がこれを非常に重大問題視して容易に賛否の態度を決定せず、従つて容易にその実現を望み難い状態であるけれども、他方焼失生糸の損害分担に関する裁定案(問屋側二割、製糸家側八割とし、火災保険より受領すべき出捐金を製糸家側に譲る)は問屋側及び製糸家側の容るゝところとなつた、しかもこれに関聯する銀行債務の弁済方も問屋側と銀行側と協議の末、年額二万コホリ以上を取扱ふ売込み問屋に対しては別個に償還方法を
 協定 すること、二万コホリ以下を取扱ふ売込み問屋に対しては利息歩合年二歩五厘、大正二十年十一月三十日までの年賦償還と、毎年十一月三十日を年賦金及び利息の支払ひ期日とすること等の条件で解決を附けて行く模様である、かくて調停者は大体その役目を終了したもので、たゞ政府から低利資金の供給を受け得られない点に遺憾を感ずるも、非常にひつ迫を来たすおそれある新繭資金について、この際大正九年の例にならひ勧業銀行の本支店、若しくは産業組合中央金庫等の手を経て乾繭担保の資金融通方を政府に懇請することゝし、一先づ焼失生糸善後問題から手を引くことに
 決意 した、それで渋沢・牧野・志村の三氏は午後打揃つて清浦首相を訪問し、右の事情を述べていよいよ同問題から手を引くことになつた旨を報告し、あはせて乾繭担保の資金融通方を懇請し、農相・蔵相・日銀当局等の各関係筋に対しては志村氏若しくは牧野子からそれぞれ同様の報告陳情をする筈であると
    正式通牒発送
      三調停者から
      実行委員宛に
焼失生糸の処分問題に関する渋沢子・牧野子及び志村の三調停者は別項所報の如くいよいよ同問題から手を引くこととなつたので、これを委託した蚕糸業同業組合中央会の実行常務委員に対し二十二日付を以て左の如き通牒を発した
 先般委託せられた焼失生糸損害分担その他の件に就ては、各当業者においても裁定の趣旨に拠り目下夫々解決方取計ひ中の模様でありまた附帯の勧告事項(共栄蚕糸会社案)はその関係する所が重大であつて直ちに実行を期し難い様に思はれるから、委託せられた任務はこゝに一段落を告げたことゝ承諒せられたい


焼失生糸問題ノ件(DK520045k-0003)
第52巻 p.449-450 ページ画像

焼失生糸問題ノ件           (渋沢子爵家所蔵)
(控)
 - 第52巻 p.450 -ページ画像 
  大正十三年五月二十二日
                      渋沢栄一
                      牧野忠篤
                      志村源太郎
    製糸家
    問屋 各特別委員宛
    輸出商
拝啓 先般御委託相成候焼失生糸損害分担等ノ儀ニ付、各位ニ於テモ裁定ノ趣意ニ拠リ目下夫レ夫レ解決方御取計中ノ由、又附帯ノ勧告事項ハ其関係重大ニシテ直ニ実行ヲ期シ難キ様想察致候、就テハ御委託ノ任務ハ玆ニ一段落ラ告ケ候事ト御承知被下度、此段得貴意候 敬具


蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四四五―四四八頁昭和七年一二月刊(DK520045k-0004)
第52巻 p.450-452 ページ画像

蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四四五―四四八頁昭和七年一二月刊
 ○第三章 事業概要
    第十四節 関東大震火災の善後協議
○上略
 裁定事項に関しては一同元より之を敬承したりと雖も、勧告に係る共栄会社案に対しては問屋側の意見区々に別れて決定せず、一面新糸資金の必要は眼前に迫るを以て、問屋側委員諸氏は五月九日渋沢・牧野両子(志村氏は旅行中)を銀行倶楽部に訪ひ、新資金融通に付其斡旋を懇願したるを以て、両子は翌十日之を日銀当局に伝へたり、而して市来・木村正副総裁は共栄会社の成否は兎に角、先づ焼失生糸の損害処分法を決定するにあらざれば、到底新規貸付の相談には応じ難しと明言せられたれば、両子は直に志村氏の帰京を促し、五月十二日渋沢子邸に於て渋沢・牧野・志村三氏会合し、日銀当局の意見を是認し同日問屋側委員を銀行倶楽部に招致して此旨を伝へ、焼失生糸を担保としたる債務の処理に関し、至急銀行側と協議する様忠告せり。
 事情斯くの如くなるを以て、五月十三日製糸家側委員の会合も何等決する所なく、不得已横浜側とも協議の上、十四日附にて各製糸組合に対し、常務委員より左の通牒を発せり。
 拝啓 焼失生糸ノ損害ニ関スル当事者間分担割合ノ決定ニ付、先般常務委員ヨリ渋沢子爵・牧野会長及志村副会長ニ裁定方御依頼致候処、去六日中央会報告ノ通リ裁定及勧告有之候、就テハ勧告事項ハ暫ク之ヲ措キ、損害分担ニ付テハ該裁定ヲ規準トシ、此際各自問屋側ト協議ノ上解決スルコトニ相成候間、至急貴組合員ヘ御通知相煩度、此段及御依頼候
  追テ銀行ニ対シテハ、目下横浜貿易商同業組合ヨリ金利及年限等ニ関シ交渉中ノ旨申出有之候間申添候也
 右追書の通り問屋・銀行間の交渉は五月十九日に至り、左記の通り円満に成立せり。
      覚
 関係銀行ハ去ル大正十二年九月一日ノ震火災ニ依リ焼失シタル生糸担保貸付金ニ関シ、生糸売込問屋ニ対シ、左ノ通リ処理解決スルコトニ同意致候
 - 第52巻 p.451 -ページ画像 
 一、年額弐万梱以上取扱フ売込問屋ニ対シテハ個別協定スル事
 二、看貫済生糸ニ関シ輸出商ノ負担トナルヘキ分ニ関シテモ同様別ニ協定スル事
 三、年額弐万梱以下取扱ノ売込問屋ニ対シテハ左ノ条件ニ拠ル事
  イ、大正二十年十一月三十日迄ニ年賦完済スル事
  ロ、大正十二年九月一日以降利息割合ヲ年弐分半トシテ、毎年元金ト同時ニ支払フ事
  ハ、最初ノ年賦償還及ヒ利息支払期日ヲ大正十三年十一月三十日トスル事 (以上)
 然り而して共栄会社案に就ては依然問屋側に種々の支障ありて其の成立困難なるを以て、製糸家側委員は之を遺憾とし、五月十五・六両日に亘り問屋側と懇談を遂げ、問屋側は(一)会社成立後、取引銀行は問屋の債務に対し過酷なる要求を為さゝる様、予め銀行の承諾を求むること、(二)会社の剰余金より塡補すべき額を、壱梱八百円に引上ぐること、(三)問屋に対する荷主の債務に就ては、会社が代理取立てを為すこと、其他数項の条件を提出し、此等の要求を認容せば、会社の成立に賛成すべしとて、漸く応諾の色を示したれば、双方の委員諸氏は五月十七日渋沢・牧野・志村三氏を訪ひ其諒解を求め、且銀行に対する交渉を依頼して曰く「銀行家は兎角新計劃を好まず、共栄会社に就ても多く反対するが如し、由来問屋は銀行に対し弱者の地位に在るを以て、斯る交渉をなすは甚だ困難なり云々」、然れども三氏は之に答へ、共栄会社の案を適宜修正するは最初より明言したる処にして、今更何等異存なしと雖も、元来勧告事項は読で字の如く、吾々は之を得策なりと信じて勧告したるのみ、其採否は全く諸君の任意に属し、吾々は毫も之を強要するの意思なきなり、仍て諸君にして直に之を実現せんとするの意あらば、須らく鋭意して自ら奔走努力せざるべからず、若し不幸にして諸君の誠意ある努力が何等酬ひられざるが如き場合には、吾々も亦決して之を傍観せざるべしと述べ、当事者の自発的活動を促したれば、委員一同も之を諒として辞去し、製糸家側委員は新繭時期切迫の為め相前後して帰郷し、問屋側委員は更に鳩首凝議したれども、到底大勢を左右する能はず、原富太郎・渋沢義一・小野哲郎の三氏は遂に五月二十日渋沢子(牧野・志村氏は差支)を訪ふて裁定者の多大なる尽力を謝すると共に、共栄会社の成立至難なる事情を縷説し、併せて新資金の融通に付斡旋を依頼し、翌二十一日原氏は更に志村氏に面会を求め、前日同様陳情する処ありたれば、渋沢・牧野・志村の三氏は二十二日銀行倶楽部にて協議の上、焼失生糸問題に関し当業者より委託せられたる裁定者の任務は玆に一段落を告げたりと認め、之を清浦首相及前田農相・勝田蔵相に報告し、且事此処に至り蚕糸業者の窮状甚しきを以て、政府は適宜の方法に依り、乾繭担保貸付の資金を地方に融通せられんことを懇請し、一面本会特別委員に対し、同日直に左の通牒を発したり。
  ○通牒ハ前掲ニ付キ略ス。
 斯くて焼失生糸の損害分担に関する件は渋沢・牧野・志村三氏の熱誠なる努力に依り解決の緒に就きたりと雖も、大震火災の善後策は何
 - 第52巻 p.452 -ページ画像 
等決する処なく、大正十三年の春蚕季を迎へ、只新資金の融通に関しては六月九日漸く省議決定し、日本銀行をして相当手配せしむることとなりたるを以て、本会は六月十日左の通り組織組合及議員に通牒する所ありたり。
 拝啓 新糸資金ニ就テハ先般来常務委員ヨリ其筋ヘ陳情中ニ有之候処、今回日本銀行政府預金中預金部勘定ヨリ壱千万円ヲ正金銀行指定預金ノ形式ニテ貸付ケ(利率五分、期限壱箇年ト聞及候)、問屋筋ヨリ製糸家ニ対スル前資金ヲ補給シ、一面乾繭又ハ生糸ヲ担保トシテ地方銀行ヨリ融通スル製糸資金ヲ円滑ナラシメル為メ、日本銀行ニ於テ指定倉庫ノ拡張其他機宜ノ方法ヲ採ルコトニ相成候間、為念此段御通知申上候 敬具
 然るに頃来糸価の低落甚しく、対米為替相場依然として四十弗内外なるに拘らず、横浜市場は千五百円を割り、加之米国の排日法案は既に大統領の署名を終りて七月一日より実施せられ、民衆の反米気運昂進て其貿易上に及ぼす影響決して軽視すべからざるが如く、而して清浦内閣は六月七日総辞職を決行して、十一日加藤内閣成立を見るに至れり。
 上来記述したる善後協議は、内外多事の際恰も三代内閣を送迎して尚ほ全く結了せず、暗雲低迷のまゝ遂に新糸期に入れり。
○下略


国民新聞 大正一三年五月三一日 焼糸問題の一段落 裁定者の原案を認め関係者で実行細目を決定(DK520045k-0005)
第52巻 p.452-454 ページ画像

国民新聞 大正一三年五月三一日
    焼糸問題の一段落
      裁定者の原案を認め
        関係者で実行細目を決定
横浜蚕糸貿易同業組合は焼失生糸損害分担問題に関し先般来引続き協議中なりしが、結局渋沢・牧野・志村三裁定者の裁定案による問屋側二割、製糸家側八割の原則を大体に於て承認することを前提とし、更に之が実行方法に就て関係銀行業者と協議の結果、去る二十七日実行細目を左の如く決定し、輸出業者の諒解を得て三十日午後三時組合事務所で発表した(横浜)
      決議書
 横浜蚕糸貿易商同業組合の有志は、大正十二年九月一日の震火災に因り焼失したる生糸の損害分担並に問屋の荷主に対する債権の処置に関し、協定の細目を決定する事左の如し
第一、問屋は蚕糸業を営む荷主より売却の委託を受けたる生糸にして自己又は銀行に保管中若しくは買方に引込中前記の震火災に因り焼失したるものに対しては、其品質を問はず百斤に付弐千円とし、九貫匁一梱に付弐百弐拾五円の割合を以て、左の方法により八箇年賦にて損害を分担するに止むる事
 (一)前記の生糸に関し問屋が荷為替貸金を有したる場合は、問屋が直接火災保険会社より右生糸に対して受けたる出捐金を差引き、其残額が九貫匁一梱六百円(六百円以下なるときは其現在額)の割合の金額に相当する荷為替貸金(「イ」荷為替貸金と称す)は本年よ
 - 第52巻 p.453 -ページ画像 
り毎年十月卅一日迄に弁済すべき八箇年賦とし、荷主より支払確保の為め約束手形を差入れしめ、年賦金及び「イ」荷為替貸金に対する利息の弁済ありたる都度、問屋は前記損害分担の方法として、九貫匁一梱に付二十八円十二銭五厘の割合の金額及び之れに対する第一(三)の利息に相当する金額を年賦金及び「イ」荷為替貸金に対する利息より差引き、且つ前記約束手形の書替へを為さしむる事
 (二)前記(一)の金額を超過する荷為替貸金(「ロ」荷為替貸金と称す)及び利息は荷主と協定の上弁済方法を定め、之れが支払確保の為め約束手形を差入れしむる事
 (三)前記(一)の年賦金に対しては年二分五厘の利息を附し、大正十二年九月一日より起算し毎年年賦金と共に之れが弁済を為さしむる事、但し遅延利息は年一割二分とす
 (四)荷主に左記各項の行為又は事実ありたるときは、催告を要せずして荷主は前記(一)の年賦弁済又は前記(二)の弁済期限の利益を失ひ、問屋は元利金の全額を一時に請求し得る事
 (い)荷主が前記(一)の年賦金、同(二)の「ロ」荷為替貸金又は利息の支払を怠りたるとき
 (ろ)荷主が今後問屋の同意なくして其営業を他人に譲渡し、又は廃業し、若しくは営業者の名義を変更し、又は其組織を変更したるとき
 (は)荷主が今後問屋の同意なくして問屋と取引を断ち、又は他の問屋と取引したるとき
 (に)荷主が問屋に対し契約したる数量の生糸出荷を、問屋の同意なくして怠りたるとき
 (ほ)荷主が直接又は間接に、生糸を横浜以外の輸出港に出荷したるとき
 (へ)荷主が第三者より訴訟・仮差押・仮処分・強制執行又は破産の申立其他法律上の手続を受けたるとき
 (と)引込中又は看貫済の焼失生糸に付、問屋が荷主の為め買方と為したる本決議第一の(五)(七)又は第三の協定並に其履行に関し荷主が異議を申出でたるとき
 (五)問屋は右荷為替貸金を有したる生糸にして引込中のものに対し買方との協定成りたる上、買方より火災保険の出捐金又は損害分担金の支払を受けたるときは、其受けたる金額を問屋に対する荷主の債務の弁済に充当するに止むる事
 (六)前記の生糸にして無為替なりし場合は、問屋が直接火災保険会社より右生糸に対して受けたる出捐金を荷主に支払ふ外、前記第一の損害分担の方法として、問屋は八ケ年賦を以て九貫匁壱梱に付年額弐拾八円拾弐銭五厘の割合の金額を、本年より毎年十月三十一日荷主に支払ふ事
 (七)右無為替の生糸にして引込中のものに対し、買方との協定成りたる上、買方より火災保険の出捐金又は損害分担金の支払を受けたるときは、其受けたる金額を問屋は荷主に支払ふに止むる事
 但し前記(六)(七)の場合に於て荷主が問屋に対して債務ありた
 - 第52巻 p.454 -ページ画像 
るときは、問屋は差引計算を為し得る事
第二、荷主に第一(四)の各項の行為又は事実ありたるときは、問屋は荷主に対する前記損害分担の協定を解除するの権利を留保し、前記問屋の荷主に対する損害分担の協定が解除せられたるときは、荷主をして問屋に対し問屋が既に協定に基き補塡したる金額に年八分の利息を附し直ちに返戻せしむる事
第三、看貫済の焼失生糸に関し問屋が荷為替貸金(「ハ」荷為替貸金と称す)を有したる場合は、荷主より支払確保の為め約束手形を振出さしめ、買方との協定成りたる上利息の割合を定め、買方より代金又は之に代はるべき損害負担金並に利息の支払を受けたるとき若しくは其支払方法として手形の交附を受けたるときは、「ハ」荷為替貸金の支払確保の為め荷主より問屋に振出したる前記の約束手形金額より差引き之れを書替せしめ、買方が其手形を支払ひたるときは「ハ」荷為替貸金元金及び利息の弁済に供するに止むる事
 (一)若し買方より受けたる金額が「ハ」荷為替貸金及び利息に超過するときは、其超過額は問屋に於て荷主の他の債務の期限に拘はらず之れが弁済に供し、尚ほ残額あるときは荷主に支払ふ事
 (二)若し買方より受けたる手形が「ハ」荷為替貸金支払確保の前記約束手形の額面金に超過するときは、「ハ」荷為替貸金支払確保の前記約束手形を荷主に返還し、買方より其手形の支払を受けたるときは前記(一)に従ふ事
第四、荷為替貸金の有無に拘はらず前資金は元利金共総て此際支払を求むる事
第五、前記震火災の当時未だ引当生糸の問屋へ入庫せざりし前為替並に荷為替貸金に就ても亦第四に従ふ事
第六、右に基き問屋は荷主と協定する事


焼失生糸問題ノ件(DK520045k-0006)
第52巻 p.454-455 ページ画像

焼失生糸問題ノ件             (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 製糸資金の儀ニ就きては子爵閣下ニ非常なる御尽力相願候処、大蔵省の方も漸く一昨日頃決定致候由ニて昨日発表相成候間、本会は之を地方当業者ニ通牒致候ニ付、為念一通供高覧度、可然御取計願上候 敬具
  大正十三年六月十一日     蚕糸中央会主事
                      高鳥容孝
    渋沢事務所
        秘書係御中
(別紙、謄写版)
第四〇四号
  大正十三年六月十日
                 蚕糸業同業組合中央会
          殿
拝啓 新糸資金に就ては先般来常務委員より其筋へ陳情中に有之候処今回日本銀行政府預金中預金部勘定より壱千万円を正金銀行へ指定預金の形式にて貸付け(利率五分、期限壱ケ年と聞及候)、問屋筋より
 - 第52巻 p.455 -ページ画像 
製糸家に対する前資金を補給し、一面乾繭又は生糸を担保として地方銀行より融通する製糸資金を円滑ならしむる為め、日本銀行に於て指定倉庫の拡張其他機宜の方法を採ることに相成候間、為念此段御通知申上候 敬具


焼失生糸問題ノ件(DK520045k-0007)
第52巻 p.455-456 ページ画像

焼失生糸問題ノ件             (渋沢子爵家所蔵)
  大正十三年七月十一日
                  蚕糸業同業組合中央会
    渋沢事務所秘書係
             御中
拝啓 先般渋沢・牧野両子爵及志村氏の御裁定を煩候焼失生糸の損害分担に関し、問屋側より荷主側へ申出たる契約書の要点別紙の通りに有之、目下既に過半(出荷梱数)調印相済み候かと被存候、尤も契約書の内容は必すしも同一には無之、各々多少の相違は免れさる次第に候、右御参考まてに御報告申上候 敬具
(別紙)
         焼失生糸ニ対スル荷為替貸金ノ弁済ニ就キ問屋側
(朱印)
 ヨリ荷主(製糸家)ニ申出テタル契約書ノ要点
一、荷為替貸金総額ヨリ、問屋カ直接火災保険会社ヨリ受入レタル出捐金ヲ差引キ、其残額ヲ左ノ如ク区分ス
 (一)問屋又ハ銀行保管中及引込中焼失シタル生糸ニ対シ、九貫目一梱ニ付六百円(六百円以下ナルトキハ其現在額)ノ割合ニテ計算シタル金額(契約書ニハ「イ」荷為替貸金ト称ス)
 (二)看貫済焼失生糸ニ対スル荷為替貸金総額(契約書ニハ「ハ」荷為替貸金ト称ス)
 (三)右(一)及(二)ヲ差引キタル残額(契約書ニハ「ロ」荷為替貸金ト称ス)右(一)(二)(三)トモ各之レニ対シ、荷主ヨリ問屋宛ノ約束手形ヲ振出シテ其支払ヲ確保シ、償還ニ従ヒ之ヲ書替ヘルコト
二、償還方法
 (一)ハ年利二分五厘ニテ本年ヨリ毎年十月三十一日迄ニ弁済スヘキ等分ノ八ケ年賦トシ、之ヲ年々荷主ヨリ問屋ニ支払フ都度、問屋ノ負担ニ属スル九貫目一梱ニ付、弐拾八円拾弐銭五厘(八ケ年合計弐百弐拾五円)及之レニ相当スル利子ヲ差引勘定スルコト
 (二)ハ買方(輸出商)ト協議シテ支払方法及利息ヲ定メ、問屋カ買方ヨリ代金ノ支払ヲ受ケタルトキハ、其金額カ荷為替貸金ノ元金及利息ニ超過スルトキハ、其超過額ハ問屋ニ於テ荷主ノ他ノ債務ノ弁済(期限ニ拘ラス)ニ供シ尚ホ残額アルトキハ之ヲ荷主ニ支払フコト
 (三)ハ期限及利子トモ問屋・荷主間ノ個別的協定ニ拠ルコト
三、無為替ニテ売却ノ委託ヲ為シタル荷主ニ対シテハ、問屋ハ火災保険会社ヨリ受入レタル出捐金ノ外、九貫目一梱ニ付弐百弐拾五円ヲ八ケ年賦ニテ、毎年弐拾八円拾弐銭五厘ツヽ十月三十一日迄ニ支払フコト
四、引込中ノ焼失生糸ニ対シ、問屋カ買方ヨリ損害分担金ノ交附ヲ受ケタルトキハ、之ヲ問屋ニ対スル荷主ノ債務ト差引計算ヲ為シ得ル
 - 第52巻 p.456 -ページ画像 
コト
五、荷主ニ左記各項ノ行為又ハ事実アリタルトキハ、催告ヲ要セスシテ、問屋ハ損害分担ノ協定ヲ解除シ、元利金全額ノ一時弁済ヲ要求シ、且荷主ヲシテ、問屋カ協定ニ基キ既ニ補塡シタル金額ニ年八分ノ利息ヲ附シ、直チニ返戻セシメ得ルコト
 イ、年賦金其他ノ支払ヲ怠リタルトキ
 ロ、問屋ノ同意ナクシテ営業ヲ他人ニ譲渡シ、又ハ廃業、若クハ営業者ノ名義ヲ変更シ、又ハ某組織ヲ変更シタルトキ
 ハ、問屋ノ同意ナクシテ取引ヲ断チ、又ハ他ノ問屋ト取引シタルトキ
 ニ、問屋ノ同意ナクシテ契約数量ノ生糸出荷ヲ怠リタルトキ
 ホ、直接又ハ間接ニ生糸ヲ横浜以外ノ輸出港ニ出荷シタルトキ
 ヘ、第三者ヨリ訴訟・仮差押・仮処分・強制執行又ハ破産ノ申立其他法律上ノ手続ヲ受ケタルトキ
 ト、引込中又ハ看貫済ノ焼失生糸ニ付、問屋カ荷主ノ為メ買方ト為シタル協定並ニ其履行ニ関シ、異議ヲ申出テタルトキ


焼失生糸問題ノ件(DK520045k-0008)
第52巻 p.456 ページ画像

焼失生糸問題ノ件            (渋沢子爵家所蔵)
               (別筆朱書)
               大正十四年五月三十日
                     今井五介
                     渡辺文七  氏礼状
                     岡田源吉
拝啓 初夏の候益御清穆大賀仕候、陳者一昨年大震火災の為め横浜に於て巨額の生糸を焼失し、其善後処理に付甚た困難仕り居候処、幸に閣下の熱誠なる御斡旋と公平なる御裁定とに依り、円満なる解決を告け候段、誠に難有、関係者一同感佩の至りに奉存候、仍て玆に池田勇八氏作品壱個を呈し、謹て謝意を表候、御笑留被成下候はゞ本懐不過之候 敬具
  大正十四年五月三十日
                         今井五介
                         渡辺文七
                         岡田源吉
    子爵 渋沢栄一殿



〔参考〕日本蚕業発達史 今井五介著 第九二―九四頁昭和二年七月再版刊(DK520045k-0009)
第52巻 p.456-457 ページ画像

日本蚕業発達史 今井五介著 第九二―九四頁昭和二年七月再版刊
 ○第五章 第五節 隆盛期の蚕業(下)
    第六 焼失生糸問題の解決
 関東の大震災により烏有に帰した生糸は、大凡六万梱に垂んとすと称され、其内取引未了のものは三万二千七百十三梱あつた。之れが解決に就いては荷主・問屋・銀行・倉庫・輸出業者及び保険業者等各々其利害関係の異なるものがあつたので、玆に所謂焼失生糸問題を惹起したのであつた。併し乍ら大震災たるや真に空前の事にして、天変地異の然らしむる所なるが故に、法規若くは契約に依つてのみ之れが解決を図るは至難の事であつた。其故此問題の解決に就いては当事者間
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に種々なる紛糾を醸成したのであつたが、斯くの如き紛擾を続くるに於いては、我蚕糸業の発展を阻害するので、渋沢子・牧野大日本蚕糸会頭・志村蚕糸業同業組合副会長等、財界有力者の斡旋によりて、焼失生糸損害負担は当事者各自の損害程度、従来の取引関係及び平素の情誼等を参酌し、次ぎの如き基準に従つて各自協定を遂ぐることゝなつた。
 一、問屋又は銀行保管中焼失したる生糸の損害に対しては、問屋は其二割を負担し、製糸家は其八割を負担することゝし、荷為替付のものは一梱に付二百二十五円を差引きたる差額を製糸家より問屋に支払ひ、無為替のものは一梱に付二百二十五円を問屋より製糸家に支払ふこと。
 二、看貫済の後焼失したる生糸の損害に対しては、輸出商に於て其全部を負担すること。
 三、引込中焼失したる生糸の損害に対しては、輸出商及び問屋は各各其二割を負担し、製糸家は其六割を負担すること。
 四、焼失生糸の損害に関する負担金は、看貫済のものは五ケ月間、其他のものは八ケ年間に支払ふこと。
 五、焼失生糸は単価の如何を問はず百斤二千円とし、一梱は九貫匁として計算すること。
 六、火災保険会社より保険金の支払を受けたる時は、看貫済の生糸に対しては輸出商、其他のものは之れを以つて製糸家の損害塡補に充てること。
 而して製糸家中には、第一・第三の補償を辞退せるものさへあつたので、久しく紛糾せる焼失生糸問題も、右の基準により極めて円満に其解決を見るに至つたのであつた。



〔参考〕太陽 第三〇巻第五号・第一〇―一三頁大正一三年五月 予の推奨する事業と人物 其一製糸工業と中心的人格者 子爵渋沢栄一(DK520045k-0010)
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太陽 第三〇巻第五号・第一〇―一三頁大正一三年五月
  予の推奨する事業と人物
    其一製糸工業と中心的人格者
                    子爵 渋沢栄一
      製糸業が首位
 今日の経済界で何が重要な問題かといへば、十目の見るところ、十指の指さすところ、それは如何にして輸出貿易を旺盛ならしむるかといふ事であらねばならぬ。之が為めには震災の打撃より来る物資の輸入を出来るだけ圧迫するといふことも必要な事に相違なく、其他各種の条件が具備しなければならぬであらうが、而も積極的にして最も有効なる方法としては、生産費を節減し、低廉なる価格を以て輸出を増進するかといふ事であらねばならぬ。この生産費を節減するといふことは、有ゆる生産行為の根本要素であつて、勿論こゝに改めていふ程の事ではないかも知れぬが、それにしても貿易状態が今日の如く逆調にある際は、今更ながらこれが必要を感ぜざるを得ないのである。
 其他の方法としては挙国一致的に各種の産業製造工業の復旧乃至復興を企図せねばならぬ、就中我が国輸出貿易の大宗たる生糸の生産増加といふことは、今日の場合緊急な事であつて、養蚕の奨励、製糸、
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並に機業の発達改善といふことは最も必要な事である。而も是等の事柄は単に生産の増加、機業の発達といふに止まらず、如何にして、より低廉にして、より純良なる品を産出するかといふ事に腐心し、之れが為めには出来得る限り科学的の経営、能率増進方法の研究適用を俟つて始めて達成せられるものである。
 今日の場合、復旧乃至復興を要すべき事業はその程度の軽重こそあれ、殆んと全体的にこの必要に迫られてゐるであらう。紡績業の如き或は製鉄・造船事業の如き、或は化学工業の如き、皆斉しくこの必要に迫られてゐるであらうが、而かもこの際最も発達改善の必要あるものといへば、実にこの養蚕製糸事業である。然るに今回の震災の際横浜に於ける当時の生糸のストツク約五万梱は不幸にして烏有に帰したのであつた。この価額は約六千余万円に達し、各製糸業者乃至生糸輸出業者の損害は莫大なるものあり、今やこの損害は何れが負担すべきかに就いて輸出商と製糸家との間に、その損害のなすり合ひをなし、所謂焼失生糸問題として、この六千万円の損害を何れが負担すべきかが、震災後八ケ月に垂んとするも、依然混沌たる問題とされてゐるのである。
 而もこの問題は或る意味からすれば、彼の火保問題よりも更らに重要なる問題であつて、その何れが負担するとしても、我が国の生糸業界に及ぼす打戟は相当甚大なるものがある、惹ひては、一般養蚕業者にもこの影響を及ぼす訳けである。故に当面の問題としては、この焼失生糸問題を如何にして輸出商にも、製糸業者にも損害の程度を出来得る限り少なくして解決をしようといふ事にある。而してこの解決の如何に依つては我が国の製糸業にも関係し、且つ又輸出貿易の大局の上にも影響し、刻下の経済界の大問題にも触るゝ訳けである。
 私は製糸業が将来に於ても、益々我が国産業界の首位に置くべきものなる事を確信する故に、この焼失生糸問題が出来得る限り有利に解決せんことを望むものである。
      人格者を要す
 次に今日の経済界に於て推奨すべき人物といへば、それは吾々の知ざる処に、隠れたる人物が居るであらうし、又相当推奨するに足る人物が現に第一線に立つて働いてゐるであらうが、然らばその人は如何なる人かといへばそれは各人の主観に俟つべきもので、甲の是とするも必ずしも乙は是とせず、乙の是とするも必甲亦之を是としないのであるから、明らさまに誰れ彼れが推奨すべき人物であると容易に断ずべきものでないと思ふ。而し要するに今日の実業界は昔日のそれとは頗る趣きを異にし、単に金を儲ける事の上手な人、即ち世にいふ辣腕家といふ者は全く容れられなくなつた。
 何んといつても人格的に優れた人で、真に紳士として恥しからぬ人たる事を要するやうになつた。現に各方面に主となつて活動して居る人々を見れば、何も人格的に尊敬するに足る人ばかりで、さもない人は何時とはなしに淘汰され、若しくは第一線から退いてゐるやうである。こはさもあるべき事で実に悦ばしき現象といはなければならぬ。
   ○右ハ「竜門雑誌」第四三〇号(大正十三年七月)ニ転載サル。