デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
10節 化学工業
1款 大日本人造肥料株式会社
■綱文

第53巻 p.134-136(DK530025k) ページ画像

大正6年4月10日(1917年)

是日、上野精養軒ニ於テ、当会社創業三十周年祝賀会開カル。栄一出席シテ、祝辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK530025k-0001)
第53巻 p.134 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 昨夜ヨリ天曇リテ雨ヲ催フセリ、朝来聊暖気ヲ覚フ
午前七時半起床、入浴シテ後、秋葉善吉氏ノ来訪アリ、人造肥料会社ノ事ヲ談ス○中略午後三時○中略畢テ事務所ニ帰リ平田氏・植村氏等ニ会見シ、人造肥料会社ノ事ヲ談ス○下略
一月八日 昨夜ヨリ雪降リテ寒威一層強シ
○上略 午前十時、兜町事務所ニ抵リテ、牧野元次郎氏ノ来訪ニ接シ、人造肥料会社ノ事ヲ談ス、畢テ其模様ヲ平田・植村ノ二氏ニ電話ニテ通知ス○下略
   ○中略。
八月八日 曇
午前八時起床、入浴シテ日記ヲ編成シ、又東京ヘ書状ヲ認ム、平田初熊氏来リテ人造肥料会社ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
九月十五日 曇
午前七時起床、入浴朝飧ヲ畢リテ、秋葉善吉氏来訪、人造肥料会社ノ事ヲ談ス○下略
   ○栄一、八月二日ヨリ箱根小湧谷ニ滞留中。
 - 第53巻 p.135 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 大正六年(DK530025k-0002)
第53巻 p.135 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正六年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 曇 寒
○上略 午後六時、浜町常盤屋ニ抵リ、人造肥料会社ノ招宴ニ出席ス、高峰博士、三井物産会社ノ人々来会ス、十時散会○下略


竜門雑誌 第三四八号・第九〇頁 大正六年五月 大日本人造肥料会社創立三十年祝賀会(DK530025k-0003)
第53巻 p.135 ページ画像

竜門雑誌 第三四八号・第九〇頁 大正六年五月
○大日本人造肥料会社創立三十年祝賀会 大日本人造肥料株式会社に於ては、四月十日上野精養軒に於て同社創立三十年祝賀会を挙行したるが、青淵先生にも臨席の上、祝辞を演べられたる由。
   ○栄一祝辞筆記欠ク。


中外商業新報 第一一一三九号 大正六年四月一一日 ○日本人造肥料創立三十年記念会(DK530025k-0004)
第53巻 p.135 ページ画像

中外商業新報 第一一一三九号 大正六年四月一一日
    ○日本人造肥料創立三十年記念会
十日午後一時、上野精養軒で大日本人造肥料株式会社の創立三十年記念祝賀会が催された、数番の余興に主客打興じ、二時祝賀式に入り、安楽兼道氏の式辞、専務取締役平田初熊氏の挨拶、農商務大臣の祝辞代読に次ぎ、創立以来の関係者を代表し渋沢男の祝辞等あつて後、模擬店及び余興に移り、五時立食に就くや、平田専務取締の謝辞あり、早川千吉郎氏は立つて来賓を代表して一場の答辞を述べ、同社万歳を三唱して六時盛会裡に散会した、因に当日の来会者八百余名、主なる人々左の如くである
 寺内首相・内田逓信次官・上山農商務次官・渋沢男・早川千吉郎・飯田義一・福井菊三郎・藤瀬政次郎・小田柿捨次郎・野崎広太・岩原謙三・磯村豊太郎・太田黒重五郎


大日本人造肥料株式会社五十年史 同社編 第七九―八四頁 昭和一一年一一月刊(DK530025k-0005)
第53巻 p.135-136 ページ画像

大日本人造肥料株式会社五十年史 同社編
                   第七九―八四頁
                   昭和一一年一一月刊
 ○第一編 当社の沿革
    第五章 世界大戦時代
○上略 大正五・六年頃に至るや、米価の恢復、農村購買力の増加、魚肥の不漁、輸入肥料の杜絶等に伴ひ、斯界も漸く好転を見るに至つた。而して当社も大正五年下期からは、四分の特別配当を為す等、好況の裡に経過し大正六年上期を迎へた。此年二月高峰博士が一時帰朝せられたので、関係者に於て招待の宴を催し、同博士も大に当社の発展をよろこばれた。而して此年は当社の創業三十周年に当るので後記の如く祝賀式を開催した。当時の当社の状態を創立時代のそれに比較し、其の進歩発展の跡を見れば左の如くである。

          創業       創業後二十年      創業後三十年
              円           円           円
 株金     二五〇、〇〇〇   三、〇〇〇、〇〇〇  一二、五〇〇、〇〇〇
              円           円           円
 払込株金   一二五、〇〇〇   一、三二〇、七二四   八、四三七、五〇〇
              坪           坪           坪
 土地       二、一二二      四七、〇七七     一三九、一九一
              坪           坪           坪
 建物         六〇九       九、九五一      四三、八四〇
              円           円           円
 固定資産    五七、四四五     五八三、一〇五   五、六三四、一八一
 - 第53巻 p.136 -ページ画像 
              貫           貫           貫
 肥料製造能力  五〇、〇〇〇  二三、四〇〇、〇〇〇 一〇〇、〇〇〇、〇〇〇
                          人           人
 社員          不詳          五四         二〇七
                          人           人
 職工          不詳         六九六       一、一〇〇

 創業三十年記念祝賀会は本支店・各工場の所在地で行はれたが、大正六年四月十日東京上野精養軒の祝賀会には、時の寺内総理大臣・仲小路農商務大臣・渋沢子爵其他朝野の名士が出席せられた。○中略
 斯くて此期に於ては普通配当一割、特別配当四分の外に、創業三十年の記念として二分の特別配当を行つて祝意を表したのである。○下略



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正七年(DK530025k-0006)
第53巻 p.136 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 晴 寒
○上略
大日本人造肥料会社ヨリ招宴ノ約アリシモ、病ヲ以テ之ヲ謝絶ス