デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
14節 取引所
3款 東京米穀商品取引所
■綱文

第53巻 p.466-467(DK530086k) ページ画像

大正8年1月17日(1919年)

是日、両国福井楼ニ於テ、当取引所新年宴会開カル。栄一出席シテ挨拶ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK530086k-0001)
第53巻 p.466 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十七日 晴 寒
○上略 午後三時両国福井楼ニ抵リ、米穀取引所ノ新年宴会ニ出席ス、一場ノ演説ヲ為ス、原首相・山本農相等来会ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK530086k-0002)
第53巻 p.466 ページ画像

集会日時通知表 大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十七日 金 午後二時―四時 米穀取引所新年宴会(福井楼)


竜門雑誌 第三六九号・第六五頁 大正八年二月 東京米穀取引所新年宴会(DK530086k-0003)
第53巻 p.466-467 ページ画像

竜門雑誌 第三六九号・第六五頁 大正八年二月
○東京米穀取引所新年宴会 一月十七日両国福井楼に開かれたる同所の新年宴会には、青淵先生・原首相・山本農相・大倉男等朝野の名士五百余名を招待し、頗る盛会なりし由なるが、席上青淵先生の挨拶は左の如くなりしと翌日のやまと新聞は云へり。
 私は実業界を隠退した身であるから、実業界に関するお話は絶対にお断り致します。併し私も米を喰つてゐる人間ですから米の事に就ては是非一言したいと思ひます。只今も山本農商務大臣からお話がありましたが、政府の米価に御尽力下さるは勿論、米をお扱になる取引所、仲買の方々は決して買占買煽り抔をせず、どうか米の下るやうにお努め下さるやう希望いたします。次ぎに大倉男爵もお話の
 - 第53巻 p.467 -ページ画像 
筈でありますが、狂歌が出来たからそれを代りに、と云ふので私が読み上げます――米の値は高天原に上達部、下界へ安く払ひ給へや――と。



〔参考〕(窪田四郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和三年七月(DK530086k-0004)
第53巻 p.467 ページ画像

(窪田四郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和三年七月 (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
謹啓 愈御清祥奉賀候、陳者小生株式会社東京米穀商品取引所理事長在職中は公私共種々御厚情を蒙り難有奉謝候、今般都合に依り辞任致候に付ては将来一層御懇情相賜はり度、於此機会特に御願申上候、先は右御挨拶迄如此御座候 敬具
  昭和三年七月 日
                     窪田四郎
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿
           御執事