デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
15節 倉庫
1款 渋沢倉庫株式会社
■綱文

第53巻 p.509-517(DK530094k) ページ画像

大正11年3月30日(1922年)

是日、日本工業倶楽部ニ於テ、当会社創業満二十五年祝賀会開カル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK530094k-0001)
第53巻 p.509-510 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年         (渋沢子爵家所蔵)
 - 第53巻 p.510 -ページ画像 
三月三十日 木 午後五半時 渋沢倉庫会社創立二十五週年記念祝賀会(工業クラブ)


竜門雑誌 第四〇七号・第六三―六六頁大正一一年四月 ○渋沢倉庫会社創業満廿五年祝宴(DK530094k-0002)
第53巻 p.510-512 ページ画像

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(増田明六)日誌 大正一一年(DK530094k-0003)
第53巻 p.513 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一一年       (増田正純氏所蔵)
十二月九日 土 晴
定刻出勤
午後五時、渋沢倉庫会社重役会を兜町事務処ニ開催セらる、佐々木会長、渋沢専務、明石・利倉の両取締役及小生会合し、荷役方規程ニ付協議す
午後五時半、渋沢専務就任披露の意味を以て、前記重役の外第一銀行石井・杉田の両氏、倉庫の松平・村松・西村の三氏、事務処渡辺・白石・小畑の三氏を招待して晩餐会を催ふされ、終りて一時間程会談し十時帰宅す


(増田明六)日誌 大正一二年(DK530094k-0004)
第53巻 p.513-514 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一二年       (増田正純氏所蔵)
一月十七日
定刻出勤
午後六時東京会館ニ於て渋沢倉庫新年宴会あり、事務所より小生以下中野迄案内を受く、中野は子爵ニ随行湯河原ニ在るを以て其他一同打揃ふて出席す、鄭重なる饗応ありて、同社専務渋沢篤二氏挨拶を述へ明石照男氏来賓総代として謝辞を述ふ、其辞中に昨年同社には三つの喜ふ事ありたり、創立満廿五年祝賀会、門司支店設置並ニ渋沢倉庫部当時経営の任ニ当られたる渋沢篤二氏の専務就任是なりと、実ニ当を得たる挨拶をせられたり
○下略
  ○中略。
一月廿四日 水 雨後雪
○上略
午後四時より渋沢倉庫の定時総会があるので、監査役として総会提出の計算書を検査の為め午後一時出張、松平検査役の援助を得て、総て検査し其精確なるを認めたから、総会ニ於て之を報告した
今日の来会株主は佐々木・渋沢・明石・利倉・松平(以上会社の重役又ハ職員)山口荘吉(株主)及小生とである、総て原案を可決した
○下略
  ○中略。
三月廿二日 木 秋季皇霊祭《(春)》 晴
午前七時半起床したるニ眩暉《(暈)》を催ふし、布団ニ卒倒す○中略 今日は午後二時より故日下義雄氏の告別式を本郷麟祥院ニ於て行ハるゝニ付、小生ハ渋沢倉庫・東京貯蓄両会社ニ於て同役たるの関係あり、早朝より同所ニ出てゝ斡旋セんと予て期したるニ、斯く気分頗る悪しく之を推して若し同処ニ於て不体裁之事ありてはと、遂ニ意を決して不参旨渋沢篤二様・明石照男様ニ電話し、直ニ再臥床す○下略
  ○中略。
四月九日
○上略
午後六時東京会館ニ於て渋沢篤二氏の饗を受く、渋沢倉庫小樽支店長
 - 第53巻 p.514 -ページ画像 
笠原厚吉氏上京に付き、之か饗応の為め同社係長以上の人を招かれたるなり、明石氏も参加す
  ○中略。
四月十九日 木 降雨
定刻出勤
後四時半渋沢倉庫会社臨時総会を第一銀行ニ於て開催セられ、渋沢義一氏監査役辞任、日下取締役逝去補欠撰挙ニ渋沢義一氏当撰、渋沢義一監査役の後任にハ松平隼太郎氏当撰したり
○下略
  ○中略。
五月七日 月 雨
○上略
午後六時赤阪錦水《(坂)》に於て、渋沢倉庫会社本支店の常に厚意を蒙る第一銀行本支店之重なる人を招待して、饗宴を設く、主人側ハ渋沢専務、明石・利倉両取締役、増田・松平両監査役、賓客は本店広瀬・井上・後藤・大河原、支店西条・大沢・大西・尾上・内山・長谷川・原・小平・西村の諸氏にして、円子の余興ありて一同歓を尽し午後十時散会す
  ○中略。
六月二日 土 曇
定刻出勤
午後六時渋沢篤二様の案内を受け帝国ホテルに於ける晩餐会ニ出席、渋沢倉庫会社門司支店支配人林弥一郎氏上京ニ付、其歓迎の為め催されたるなり、食後階上大食堂ニ於ける舞踏を観て帰宅
○下略
  ○中略。
七月廿四日 火 晴
○上略
午後一時渋沢倉庫会社ニ赴《(到)》リ監査ヲ為シ、引続キ午後四時株主総会開催、凡テ原案可決○下略
  ○中略。
十二月廿八日 金 晴
○上略
午後三時南茅場町支店ニて催されたる渋沢倉庫会社重役会ニ出席、議事凡て原案可決となれり○下略


(増田明六)日誌 大正一三年(DK530094k-0005)
第53巻 p.514-515 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一三年      (増田正純氏所蔵)
一月廿八日 月 晴
○上略
午後四時渋沢倉庫会社株主総会に出席す、来会者ハ重役のミ、総て原案可決
  ○中略。
四月一日 火 晴
○上略
 - 第53巻 p.515 -ページ画像 
渋沢倉庫新株弐百株、明治製糖新株六五株の払込を為す
○下略
  ○中略。
五月一日 木 晴
出勤
利倉久吉氏、名古屋ニ於ける全国倉庫業者聯合大会ニ出席の為め本日出発す
○下略
  ○中略。
七月廿四日 木
○上略
午後四時渋沢倉庫会社総会同社ニ於て開催、昨年九月の震災ニて大損害を蒙りしも、其後建物の復旧と共ニ保管貨物相当ニありて、上季決算ハ 《(原本欠字)》分の株主配当を為す事を得たり


(増田明六)日誌 大正一四年(DK530094k-0006)
第53巻 p.515-516 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一四年       (増田正純氏所蔵)
一月廿二日 木 晴
○上略
午後四時渋沢倉庫会社総会(同社)に出席す、専務取締役渋沢篤二氏其専務を辞し、利倉久吉氏(現営業部長)常務ニ互選、又松平隼太郎氏常任監査役ニ互選し、重役報酬を年壱万五千円と決定し、計算書ハ総て原案を可決す
右終つて社員ニ昇級辞令及特別慰労金を支給す
湯河原御滞在の子爵ニ呈書を認む
○下略
  ○中略。
四月十三日 月 曇
○上略
午後六時伝通院前偕楽園ニ於ける、渋沢倉庫の新年宴会兼門司・小樽両支店長歓迎及営業部長紹介の饗宴ニ出席す、利倉氏の挨拶ニ次て事務処を代表して謝辞を陳ふ
  ○中略。
二十八日○一一月 土 雨              出勤
○上略
渋沢敬三氏より同氏将来の方針に付き「将来ハ第一銀行の重役に加ハるべしとの事ハ、予て佐々木頭取より内議ありし次第なるが、現在の正金銀行の勤務を継続して尚相当期間を経たる上願度と答へ置きたるが、其理由ハ、正金の一書記より直ニ重役後補者《(マヽ)》ニ立つハ、第一の重役たる職を軽んする事となり、又叔父上明石氏の同行営業部支配人を超へて就職するハ敬意を失する事となり、之等の点を自省し、頭取の厚意を拝謝し、当分現状ニ置かれたしと懇談したる次第なりしが、其後自己の境遇等を考慮する時ハ、此際正金を辞して同族会社々長の職務を専行し、同時ニ渋沢倉庫会社の取締役の一人ニ加ハり其業務を研究し、一年有余の後第一銀行ニ推薦を受くる様為さんと思ふが、貴見
 - 第53巻 p.516 -ページ画像 
如何」との御話あり、小生ハ右ニ対し、先きニ現状を持続し適当の時期を見て第一銀行ニ入らんとせられしハ、誠ニ当を得たる御考慮と賛同したる次第なりしが、其後の四囲の事情と世話好きなる貴意とハ到底正金の書記として格勤する事能ハさるべきニ付、同行を辞任するハ止を得ざる事なるべし、併し同族会社又ハ渋沢倉庫の業務を見て第一銀行ニ入らんとするハ、如何にも策を弄するが如き感ありて甚た面白からす、寧ろ此際頭取ニ宜敷御願すと出られたる方可ならすヤと御勧したるも、同意の模様見受けられざりし、右敬三氏の談は既ニ穂積男爵並明石照男氏ニ内談したるニ孰れも同意せられたれハ、之より阪谷男爵の御意見を聞き、然る後頭取ニ御協議する積なりと語られたり
  ○中略。
十一日○一二月 金 晴              出勤
午後二時兜町事務処て臨時同族会社重役会が開催せられた、子爵より来会者ニ敬三殿の将来の方針ニ就き報告せられて意見を求められたが孰れも子爵の御意見ニ賛成の意を表された
要領を記せは敬三殿の現任正金銀行々員たるを辞職し、同族会社々長に専任し、機を見て渋沢倉庫会社取締役ニ就任して其業務を取り、又必要の場合ハ第一銀行の取締役ニ就任せしめんとの御意見である
  ○大正十五年一月二十五日、渋沢敬三当会社取締役ニ就任ス。


(増田明六)日誌 大正一五年(DK530094k-0007)
第53巻 p.516-517 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一五年     (増田正純氏所蔵)
十八日○一月 月 晴              出勤
○上略
後六時赤坂三王台星ケ岡茶寮《(山)》ニ於ける明石氏の饗宴に招かれ出席す、渋沢篤二氏も列席ニて渋沢倉庫会社利倉氏以下十氏と、事務所ニて小生と白石・井田両氏列席す(井田氏ハ渋沢敬三氏不参の為め急ニ加ハる事となりしなり)
○下略
  ○中略。
二十五日○一月 月 晴             出勤
○上略
後四時同本社ニ於ける渋沢倉庫会社株主総会ニ出席す
○下略
  ○中略。
十七日○二月 水 晴              出勤
○上略
午後一時渋沢倉庫会社重役会を兜町事務処ニ於て開催す、爾今毎月同事務処ニて開会する事となれり
○下略
  ○中略。
七月七日 水 晴                出勤
午後一時第一銀行会議室ニ於テ渋沢倉庫会社重役会開催せられたるニ列席す
  ○中略。
 - 第53巻 p.517 -ページ画像 
七月廿三日 金 晴               出勤
○上略
午後四時渋沢倉庫会社株主総会ニ出席、監査役改選の処再選を受け重任したり
  ○中略。
九月廿二日 水 晴               出席
○上略
後一、渋沢倉庫重役会ニ出席す
  ○中略。
十月廿日 水 晴                 出勤
○上略
夕築地錦水ニ於ける、渋沢敬三氏の渋沢倉庫会社支店長会議列席者一同招待ニ出席す
余興に宝井馬琴の伊達評定の長講談あり
  ○中略。
十月廿九日 金 晴                出勤
○上略
午後一時第一銀行ニ於て渋沢倉庫会社重役会開催せられたるが、来訪者絶間無く、遂ニ出席の時刻を失したれば、此次第松平監査役ニ電話して欠席したり
○下略
  ○中略。
十一月廿四日 水 晴               出勤
○上略
後一時第一銀行会議室ニて開催せられたる、渋沢倉庫会社重役会ニ出席し
○下略
  ○中略。
十二月廿二日 水 曇夜雪
○上略
渋沢倉庫重役会に列席
午後一時兜町第一銀行会議室に開催せらる、総て原案を可決せられたり
○下略