デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
15節 倉庫
1款 渋沢倉庫株式会社
■綱文

第53巻 p.517-522(DK530095k) ページ画像

昭和2年1月10日(1927年)

是日栄一、佐々木勇之助ノ来訪ニ接シ、当会社重役ノ選任ニ関シ協議ス。


■資料

渋沢栄一 日記 昭和二年(DK530095k-0001)
第53巻 p.517-518 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月五日 快晴 寒威厳ナラズ、元日以来引続キ快晴無風近年ニナキ好天美日ナリ、時々曇天ノ事アルモ暫クニシテ朗晴、新年ニ入リテ日々好天美日而モ微風ダモナクシテ寒気モ亦強カラス
 - 第53巻 p.518 -ページ画像 
○上略 午後○中略 福島三郎四郎来リ、倉庫会社ノ近状ヲ談ス○下略
  ○栄一、十二月中旬ヨリ是月二十六日マデ在邸静養ス。
  ○中略。
一月九日 曇 寒気昨ト同シ
午前八時起床、洗面ト共ニ身体ヲ清ム、畢テ朝飧ス○中略 渋沢倉庫会社重役ノ撰任ニ関シ、敬三・明石及増田氏等ト内話ス、明日ヲ待テ佐々木頭取ノ意向ヲ聴取シテ後決定スヘシト内話ス○下略
一月十日 曇 寒気昨ト同シ
○上略 佐々木勇之助氏来話ス、渋沢倉庫会社重役推薦ノ事ニ付談話ス
○下略
一月十一日 曇 寒威昨ト同シ
○上略 朝飧ヲ取ル、食後三田邸ヨリ敬三来話ス、昨日佐々木氏ト協議セシ倉庫会社ノ重役ノ事ヲ談話シ、敬三ヲシテ篤二ノ意向ヲ探ラシメテ佐々木氏ヘ報告ノ事ヲ談ス、増田モ来訪ニ付、共ニ其談ヲ為ス○下略
一月十二日 晴 寒気昨ト同シ
○上略
三田邸ヨリ敬三来話ス、昨日打合セタル倉庫会社重役ノ件ニ付種々協議スル所アリ、午後机上ノ雑書ヲ散見ス○下略


(増田明六)日誌 昭和二年(DK530095k-0002)
第53巻 p.518 ページ画像

(増田明六)日誌  昭和二年     (増田正純氏所蔵)
一月十二日 水 晴              出勤
○上略
午後一時第一銀行ニ於ける渋沢倉庫会社重役会ニ出席した、重なる議案は昨年下半季決算ニ関し本月開催ニ《(マヽ)》提出する諸計算書の承認と利益金処分案とであつたが、総て原案を可決した、即配当金は年六分と決議して附議する事となつた


渋沢栄一 日記 昭和二年(DK530095k-0003)
第53巻 p.518 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和二年       (渋沢子爵家所蔵)
一月二十二日 快晴 寒気昨ト同シ
○上略 三田邸敬三来話ス、曾テ倉庫会社ノ件ニ付篤二ニ内示セシ事ニ付可成其確答ヲ得ル旨ヲ注意ス
○下略


(増田明六)日誌 昭和二年(DK530095k-0004)
第53巻 p.518-519 ページ画像

(増田明六)日誌  昭和二年      (増田正純氏所蔵)
一月廿四日 月 晴               出席
午前九時半より午後一時迄渋沢倉庫会社会計監査を為した、松平隼太郎君が常任監査役として従事して居るのであるが、監査役の一人として黙認するも如何哉と、自分としても監査した訳である、既に松平君が御膳立を為して呉れてあるので、何も角も凡て明晰正確なるを認めた訳である
○下略
  ○中略。
一月廿六日 水 晴              出勤
渋沢倉庫会社総会
 - 第53巻 p.519 -ページ画像 
午後四時同社ニ於て開会せられた、昨年下半季決算書類の承認、利益金処分案を可決の後、仍例社員ニ賞与金を佐々木取締役会長より交付せられた、右終了後佐々木会長より、今度取締役辞任の上之が後任を渋沢篤二氏ニ引受くる様談話したるに、同氏之を快諾したる旨報告あり、渋沢氏よりも右受諾するニ付てハ、佐々木氏ニハ是非共相談役として就任せられ度旨希望あり、右孰れも改めて重役会を開き決すべしと一決したり
○下略


渋沢栄一 日記 昭和二年(DK530095k-0005)
第53巻 p.519 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和二年          (渋沢子爵家所蔵)
一月二十七日 晴 寒気昨ト同シ
○上略 十二時久々ニテ事務所ニ抵リ、書類ヲ一覧ス、篤二来リテ倉庫会社ノ事ニ付談話ス○下略


(増田明六)日誌 昭和二年(DK530095k-0006)
第53巻 p.519 ページ画像

(増田明六)日誌  昭和二年         (増田正純氏所蔵)
二月十六日 木 晴                  出勤
渋沢倉庫会社臨時総会ニ出席
午後四時同社ニテ開催、取締役会長佐々木勇之助氏辞任補欠選挙の件は渋沢篤二氏取締役に当選、又前取締役佐々木氏に慰労金贈与の件は取締役会の決議に一任と決定、右総会終了の後重役会開会、互選を以て渋沢篤二氏取締役会長に就任、又佐々木氏慰労金は年金壱千円贈与する事ニ決定した、次ニ林弥一郎君を欧米ニ於ける倉庫業視察の為め洋行せしむる事とし、其期間六ケ月旅費壱万円と定め、渋沢会長より此旨同君に申渡された
○下略


集会日時通知表 昭和二年(DK530095k-0007)
第53巻 p.519 ページ画像

集会日時通知表  昭和二年       (渋沢子爵家所蔵)
三月九日 水 午後五半時 渋沢倉庫会社ノ件(あすか山邸)


竜門雑誌 第四六三号・第七五頁昭和二年四月 青淵先生動静大要(DK530095k-0008)
第53巻 p.519 ページ画像

竜門雑誌  第四六三号・第七五頁昭和二年四月
    青淵先生動静大要
      三月中
九日 渋沢倉庫会社及び第一銀行諸氏招待(曖依村荘)


(増田明六)日誌 昭和二年(DK530095k-0009)
第53巻 p.519-522 ページ画像

(増田明六)日誌  昭和二年       (増田正純氏所蔵)
三月九日 水 雨                 出勤
○上略
後五時飛鳥山邸ニて第一銀行及渋沢倉庫の重役招待会あり、渋沢篤二氏新ニ渋沢倉庫取締役会長に就任ニ付き、前会長たりし佐々木勇之助氏ニ謝意を表する意味の催である
主人側は子爵・渋沢篤二・同敬三の三氏と小生・白石
来賓は佐々木勇之助・石井健吾・西園寺亀次郎・杉田富・明石照男の第一銀行五重役諸氏、利倉久吉・渋沢義一・松平隼太郎・林弥一郎の倉庫会社の諸氏とである
 - 第53巻 p.520 -ページ画像 
料理は晩翠軒の仕出し支那料理
余興ハ宝井馬琴の修羅場、囲碁六段宮阪寀二、五段林有太郎、三段木谷実
○下略
  ○中略。
三月十六日 水 晴                出勤
午後一時第一銀行ニて開かれたる渋沢倉庫会社重役会に出席した、渋沢取締役会長の第一回の重役会であつた
○下略
  ○中略。
四月六日 水 晴                 出勤
後六時より東京会館ニ於ける渋沢倉庫会社新年宴会ニ出席、本年は諒闇の為め延期し本日ニ及ひしものなりとの事なり、先般佐々木新取締役会長《(衍)》の後を襲ひし渋沢篤二氏の挨拶あり、渡辺得男・林弥一郎両氏之ニ答へ、午後八時半宴会を終り、九時より活動写真大楠公あり、映画三時間ニ及ひ大ニ疲労を感したり(渋沢氏の挨拶は例年の新年宴会を開く折柄近頃帰朝したる渡辺得男氏の歓迎と、近日出発する林弥一郎氏の洋行送別の辞あり)
○下略
  ○中略。
四月八日 金 晴                 出勤
○上略
五時半丸の内常盤家ニ於て催されたる佐々木勇之助氏の宴会ニ列席、同氏より先般同社取締役並ニ同会長辞任ニ際し、鄭重なる挨拶(記念品茶容壱個代金千円、外ニ年金壱千円宛贈呈)に接したるを謝する為め、小宴を設くる次第なりと簡単なる辞あり、現取締役会長たる渋沢篤二氏答辞を陳へ、一同緩談ニ時を移し、九時半解散、来会者は現倉庫会社重役一同の外、市内支店出張所の主任及其次席者十四名なり
○下略
  ○中略。
四月二十日 水 曇                出勤
○上略
午後一時第一銀行ニ於て渋沢倉庫会社重役会開かれたるニ出席した
○下略
  ○中略。
五月十二日 木 晴                出勤
○上略
此日午後二時利倉久吉君と共ニ故松平隼太郎氏宅を訪問し、遺族の未亡人・令息誠一氏ニ会談種々慰問した
折柄渋沢篤二氏も悔ニ見へられたので、葬儀の事又渋沢倉庫会社よりの祭粢料並同社重役一同の香奠等ニ付き協議、左の通予定し、篤二氏より之を明石氏ニ相談の上同意を得る事ニした
金五百円 会社祭粢料 生花環壱個 同社
金壱百円 重役一同(明石・渋沢義一・渋沢敬三・利倉・増田五人) 生花環壱個 同上
 - 第53巻 p.521 -ページ画像 
○下略
  ○中略。
五月十八日 水 晴                出勤
渋沢倉庫会社重役会
午後一時第一銀行ニ於て
○下略
  ○中略。
六月十一日
午後十時第一銀行《(前)》ニ於て渋沢治太郎・塚本久蔵・利倉久吉氏と会談した、要件ハ深谷倉庫会社の窮状を挽回せんとする画策であつた、小生は十二時ニ三倉氏の洋行出発を東京駅ニ見送る事ニ為つて居たので、十一時四十分ニ退坐したが、夫迄の談の要領は、利倉氏ハ先つ同社の資本を減少して損失を補塡し、然る処適当《(後)》の従業者を容れて大ニ改良する事、其従業者ハ周旋するも差支無し、治太郎氏の希望ハ減資ハ後日の問題として、此際ハ先つ適任者を傭入れ改革を行ひ、機を見て減資する事であつた、小生ハ治太郎氏の希望ニ賛同して、適任者を世話さ《(せ)》られたしと利倉氏ニ請うたのであつた
○下略
  ○中略。
六月十五日 水 晴                出勤
○上略
後一時渋沢倉庫会社重役会ニ出席、凡て原案を決定した
○下略
  ○中略。
七月六日 水 降雨                出勤
午後一時第一銀行ニ於ける渋沢倉庫会社重役会ニ出席した、前月重役会決議事項承認の上、本月分議事ニ移つた、重なる事項は上半期決算ニて、来る定時総会ニ提出議案であつた、過般のモラトリアムの影響で保管貨物が堆積して、相当の利益を挙けたので、原案の六分配当を七分ニしてハ如何と小生より発議したけれと、什器々具等の償却を必要とすとて六分案を決定した
○下略
  ○中略。
七月廿五日 月 曇                出勤
午前九時より渋沢倉庫会社上半季決算書類の監査を為す、午後一時終了したるが、各項とも其正確なるを認めたり
○下略
  ○中略。
七月廿七日 水 晴                出勤
後四時渋沢倉庫会社株主総会ニ列席す、諸計算書及利益金分配案孰れも原案の通決定
故監査役松平隼太郎君の慰労金ハ金弐万円と決定
又右補欠監査役選挙は野口弘毅氏当選就任
○下略
 - 第53巻 p.522 -ページ画像 
  ○中略。
九月十四日 水 晴                出勤
午後一時第一銀行ニ於て渋沢倉庫の重役会が開催せられた、渋沢篤二氏(会長)明石・渋沢義一・同敬三・利倉久吉・野口弘毅及小生参会利倉氏起案の議事ニ付き種々意見を交換した、此席ニハ門司支店より本店に転任した 《(原本欠字)》君も参列した○下略
  ○中略。
十月十九日 水 晴                出勤
午後一時第一銀行ニ於ける渋沢倉庫の重役会ニ列席した
○下略