デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
1節 農・牧・林業
9款 農・牧・林業関係諸資料 2. 社団法人中央畜産会
■綱文

第54巻 p.277-279(DK540058k) ページ画像

大正4年7月5日(1915年)

是ヨリ先、栄一等ノ主唱ニヨリ、民間ニ於ケル蓄産業ノ統括機関トシテ、当会ヲ設立スルコトトナリ、是日、赤坂三会堂ニ於テ、設立総会開カル。栄一顧問タリ。


■資料

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別冊・第一八頁 昭和六年一二月刊(DK540058k-0001)
第54巻 p.277 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿)昭和六年十二月調 竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別冊・第一八頁昭和六年一二月刊
    大正年代
  年 月
 四 七 社団法人中央畜産会設立主唱。大、四、七、―〃〃顧問―
  ○顧問在任ノ期間未詳。


竜門雑誌 第三二六号・第七七頁大正四年七月 ○中央畜産会成立(DK540058k-0002)
第54巻 p.277-278 ページ画像

竜門雑誌  第三二六号・第七七頁大正四年七月
○中央畜産会成立 政府は曩に畜産組合法を制定して之を実施するに
 - 第54巻 p.278 -ページ画像 
至りしが、該畜産業の発展を図るには独り政府の施設にのみ依頼せず民間に於ても亦た努力するの要ありとて、松方侯・樺山伯・青淵先生前田子・岩崎男等主唱者となり、斯業統括機関として中央畜産会を設立することゝなり、七月五日赤坂三会堂に於て其設立総会を開きて、直ちに会則を議定し、役員としては理事九名、監事二名及び主事四名を選定して散会せりといふ


創立二十五周年記念 中央畜産会二十五年史 中央畜産会編 第七―一一頁昭和一五年一一月刊(DK540058k-0003)
第54巻 p.278-279 ページ画像

創立二十五周年記念
中央畜産会二十五年史 中央畜産会編  第七―一一頁昭和一五年一一月刊
 ―日本畜産之史的動向―
    一、第一次大戦と畜産界の動向
      〔第一期〕大正四――八年
              大戦中の発展
 日本農業における畜産部門の地位が、真に本格的な発展の軌道に乗つて来たのは、第一次世界大戦(大正三―七年)の頃からである。
 畜産諸制度は急速に整備され、就中畜産技術の発展は畜産試験場及種羊場官制の公布によつて、この時代の新たな社会的要求に充分対応する陣容を具備して来たのである。
 この技術発展の方向に全テンポを合せて、上意下達的機構を確立する要求が、全国において膨胚《(澎湃)》として醸成され、要請されて出現したのが、我が畜産組合法の制定であり、更に畜産中央団体の創立であつてこゝに中央地方、官民一体の近代的な方向への畜産行政機構が、大きな期待と任務を負つて生誕したのであつた。
 惟ふに世界大戦前夜における我が農業及畜産界の暗澹たる動揺状態は、この大戦勃発によつて蘇生的好転を見た訳であり、まさに旱天慈雨の状態を呈した。農畜産物市場の拡大運動は東洋市場を開拓し、欧米先進資本によつて閉塞せられた好個の国際市場を次々席巻し且獲得した。
 この如き流通過程の諸変化は、必然農業生産過程にまで次第に滲透し、農業生産の諸様式に諸種の変化を齎したのである。即ち畜産界における動因は、乳肉製品の飛躍的輸出増進状態によつて加へられた。下表○略ス摘要に表出する如く、乳製品は大正一―五年平均一〇〇に対して、大正七年、一八二〇の指数を示し、翌八年は三七六八といふ好記録を印した。従つてその生産額も同年次間において、太々邁進的テンポをもつて上昇してゐる。
 かゝる結果は当然原料不足に生産者を悩ましめつゝも、取引を繁忙にし、弥が上にも価格昂騰に次ぐ暴騰、暴利へと拍車かけられ価格運動は発展したのである。
 さればこれが国内生産・消費両部面に与ふる影響は、戦時ブームの好況的循環より次第に跛行性を呈する方向へと歪み乍らも、この劃期においては米麦品種改良、家畜増殖、技術改良の進展、園芸的農産物の擡頭等近代商業的農業方式へその動向を移し、国内市場の形成充実によつて、明治末期の危機的停滞を吹き消し、商品経済・貨幣経済の農家経済における発展が基本的動向として看取されたのである。
 さればこの過程において中央畜産会は、後述年表に一目する如く先
 - 第54巻 p.279 -ページ画像 
づ第一年(大正四年)本会機関誌「畜産」へ三社合併拡大を企図してこれに成功し、第一巻第一号を十月十日発刊し、指導言論機関の統一を期した。
 かくして次に全国的な畜産大会を毎年各地に開催し、畜産振興と畜産組合設置に、或は家畜共済事業の実施(家畜保険事業の端初的形態)を協議したが、熟れも時代の要求に合致した事業に外ならなかつた。
 更に本会は家畜登録事業の統一を企図し、日本蘭牛協会及大日本ゼルシー協会を合併して家畜登録部を開設し、系統の純粋性保持に着手した。
 尚各種の畜産長期講習会を各地に開催し、畜産技術水準の向上、畜産生産力の発展に只管活動を続けた。
 かくして大正八年本会は、閑院宮殿下を総裁に仰ぎ奉り、本邦最初の第一回畜産工芸博覧会を華々しく上野公園に開催し、畜産の国防上及工業的部面《インダストリー》の認識に一段と啓蒙運動を試み、「農業と工業との聯繋的発展の意義」の重大なることを強調して、日本における農業生産力の水準引上げには、畜産のもつ有機性を高度に活用することの緊要なる所以を江湖識者に知悉せしめて、多大の効果を挙げたのである。
 以上これらの活動状態が、旭光をあびつつ新発足した本会第一段階の劃期的五大事績であり、自ら本会の活動分野が確定し、各般の好条件に恵まれつゝ礎が築かれて居つたのである。
 当時本会の創立に尽力せられたる有力者は左の如くであつた。
  男爵 岩崎久弥  農博 橋本左五郎
     早川千吉郎    新山荘輔
     道家斉      岡本英太郎
     上山満之進 獣博 勝島仙之介
     月田藤三郎    中川望
     中沢惣次郎    久保田政周
  子爵 前田利定     益田孝
     松方巌   子爵 藤波言忠
  農博 古在由直     浅川敏靖
  農博 佐藤昌介     佐藤悠次郎
     阪川登   子爵 三島弥太郎
  男爵 渋沢栄一     志村源太郎
     広沢弁二     角倉賀道
○中略
本会創立当初の役員は左の如くである。
  理事 会頭  伯爵 樺山資紀
  同  副会頭    道家斉
  同  副会頭    浅川敏靖
○下略