デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
2節 水産業
2款 其他 1. 御木本真珠
■綱文

第54巻 p.317-319(DK540069k) ページ画像

大正15年10月14日(1926年)

是日、日本貿易協会ニ於テ、森村市左衛門主催ノ御木本幸吉渡米送別会開カル。栄一出席シテ送別ノ辞ヲ述ブ。尚トマス・エー・エディソン其他宛ニ紹介状ヲ発ス。昭和二年九月二十七日、同協会主催ノ帰国歓迎会開カレ、栄一出席ス。


■資料

竜門雑誌 第四五八号・第八七頁大正一五年一一月 青淵先生動静大要(DK540069k-0001)
第54巻 p.317 ページ画像

竜門雑誌  第四五八号・第八七頁大正一五年一一月
    青淵先生動静大要
      十月中
十四日 森村男爵主催御木本幸吉氏渡米送別会(日本貿易協会)


(増田明六)日誌 大正一五年(DK540069k-0002)
第54巻 p.317 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一五年     (増田正純氏所蔵)
十月十四日 木 曇               出勤
○上略 後六時、森村男爵の御案内ニ依り、日本貿易協会ニ於て開催せられし御本本幸吉氏渡米送別会《(御木本幸吉)》に出席す
御本本氏《(御木本)》ハ過去三十年真珠養殖の事業ニ従事、其始ハ他より殆と歯芽《(牙)》ニも掛けられざりし微弱の一小事業なりしが、不撓不屈の努力ハ年を経るに従つて効を奏し、先年真円真珠の養殖方を発見して世界を驚嘆せしめたり、今度の渡米ハ其発見より得たる真円真珠を携帯して広く販売せんとするニ在るなり
此席ニハ渋沢子爵も出席せられたり、森村男爵の御木本氏紹介の辞ニ次いて御木本氏の謝辞あり、同氏の蛮声堂上の塵を払ふ、袂よりハンケチに包ミたる真珠貝を取出し、真珠を養殖する様を説明する当り、海上ニ於て漁夫を叱咜するが如き怒声を発す、真ニ一驚ヲ喫したり、次ニ渋沢子爵は温容を以て静かに同氏の成功を祝して、今回の外遊を賞揚奨励さ《(せ)》られたり、最後ニ井上準之助氏起ちて又同氏に賛辞を送る井上氏ハ二十余年前より懇意の間柄なりと云ふ
午後九時終了、三十分を過き子爵の自動車に同乗して帰宅す


渋沢栄一書翰控 ゲーリー夫人外三名宛 大正一五年一〇月一三日(DK540069k-0003)
第54巻 p.317-318 ページ画像

渋沢栄一書翰控  ゲーリー夫人外三名宛大正一五年一〇月一三日
                    (渋沢子爵家所蔵)
 紐育
  ジヤッヂ・ゲーリー氏令夫人
       クラーク氏令夫人
       ワナメーカー氏同令夫人
       ラモント令夫人
 - 第54巻 p.318 -ページ画像 
拝啓 時下益御清適賀上候、然ハ以本書御紹介致候御木本幸吉氏ハ本邦ニ於ける有力なる真珠養殖家ニて、多年苦心の結果今般円形真珠の養殖方法を発見したる由ニて、此養殖より得たる真珠を携帯渡米致度と申事ニて、小生之紹介状を求め出候処、同氏の此事業ニ関してハ小生の姻戚にて東京帝国大学教授たりし穂積博士に於て実地視察の上、其成効に感せられたる推奨談有之候が、其事業着手の当時に在りては世人にも省みられさりし真に微々たる状態に候へしが、多年不撓不屈の精励は年を経るに従て精良の品を産出し、遂に今日学問以外の実験より一の発明を遂行したるものにて、小生も深く敬服罷在候次第ニ御座候間、其希望ニ応し本書相添候、同氏拝訪致候はヽ何卒御引見被下其産品をも御覧被下度候、先は御紹介申上度 匆々拝具
                      渋沢栄一
  大正十五年十月十三日
  ○右英文書翰ハ各通共同日付ニテ発送セラレタリ。


渋沢栄一書翰控 トマス・エー・エディソン宛 大正一五年一〇月一四日(DK540069k-0004)
第54巻 p.318 ページ画像

渋沢栄一書翰控  トマス・エー・エディソン宛大正一五年一〇月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
  大正十五年十月十四日
   ニュージャーシー州オレンジ市
    ヱヂソン殿
拝啓 平素御疎遠に打過居候処、益御清適之義と賀上候、然ハ以本書御紹介致候ハ真珠養殖の事業ニ於て世界的成功を遂けたる御木本幸吉氏ニ御座候
同氏の今より三十余年前同養殖事業ニ着手したる際ハ、世人より一顧も与へられさりし微々たる事業ニ過きさりしが、其堅忍不抜の精励は年を経るに従て成功の実を結ひ、近年遂に世界に比類なき真円真珠を生産するに至り、学者ニ依りて其確実なる発見を保証され、又日本帝国発明協会ニ依りて其功績を表彰せられたる次第ニ候
今般同氏ハ其発見ニカヽル真円真珠を携へ米国を旅行する由にて、貴台への紹介方申出候ニ付、世界的発明家たる貴台へ日本の発明家を御紹介致候事徒爾ならすと信し、本書相添候次第ニ御座候間、何卒御引見被下候ハヽ同氏の本懐不過之と存候
小生は去一九〇九年渡米実業団長として貴国旅行の際、ニユーヨーク市ニ於ける貴会社ニ御招待を蒙り、種々御歓待を受けたる後、始めてコンクリート造家屋を見、其説明を貴台より承り候事を鮮かニ記憶致居、又其後一九二一年紐育市ニ於て不図再会の機会を得たるハ誠ニ仕合ハセと喜居候、次て一九二二年小生等ハ貴台の御誕辰七十五寿祝賀会を設けて記念品を製作送呈して、遥ニ祝意を表したる事なと回想致欣快之至ニ候、先ハ御紹介旁申上度匆々如此御座候 敬具
                      渋沢栄一
  ○右英文書翰ハ同日付ニテ発送セラレタリ。
  ○渡米実業団ニ就イテハ本資料第三十二巻所収「渡米実業団」、エディソン翁ノ七十五寿祝賀会ニ就イテハ同第三十八巻所収「国際記念事業」中ノ「エヂソン翁第七十五回誕辰祝賀会」参照。

 - 第54巻 p.319 -ページ画像 

竜門雑誌 第四六九号・第一〇一頁昭和二年一〇月 青淵先生動静大要(DK540069k-0005)
第54巻 p.319 ページ画像

竜門雑誌  第四六九号・第一〇一頁昭和二年一〇月
    青淵先生動静大要
      九月中
廿七日 御木本幸吉氏歓迎会(貿易協会)


竜門雑誌 第四六九号・第一三一頁昭和二年一〇月 真珠王に向きそうな所へ(DK540069k-0006)
第54巻 p.319 ページ画像

竜門雑誌  第四六九号・第一三一頁昭和二年一〇月
    真珠王に向きそうな所へ
◇貿易協会で最近米国から帰朝した真珠王御木本幸吉君を招待して一夕晩餐会を開いた。御木本君、態々列席してくれた渋沢子爵を顧みていふやう、私がアメリカに行くについて渋沢さんに紹介状を御願ひしました。渋沢さん早速、今は故人になつたユー・エス・スチール会社のゲリーだとか、米国絹業協会々長をしてゐるチニーだとか、今回来朝したモルガン商会のラモントだとか、商務卿のフーヴアだとか、クーンロープだとか、百貨店経営者のワナメーカーだとかいふ偉い方々ばかりを紹介してくださつた。
◇先方に行くと渋沢さんの御紹介だけあつて快く会つてはくれるが、とても桁が違ふので話しにならぬ、わけてワナメーカーへ行くと「君の持つて来た品物の一番高価なのは何程か」ときく、「五百ドル」だと答へた、「では持つて来た品物の全部が何程だ」ときくから「一万二千五百ドルだ」と答へると、即座に「ヨロシイ、全部買はふ」といふ、こうなるといやともいへぬので全部を渡した。
◇ワナメーカーが店へ列べて売つて呉れるなら、全部をこちらでたゞ上げても良いが、到底そんなことなど望めないから、売り放しにした渋沢さんには誠に相済まぬ訳だが紹介されて却て――と頭をかきながら、偉い方々ばかりで――
◇すると渋沢子早速「それは御迷惑を掛け、いはゆる贔屓の引き倒しの形ちで済みません、もう一度行らつしやつては――その時は貴方に向きそうな所へ御紹介しませう」で、御木本君答弁なく頭とテーブルが一緒になつた。(中外商業)