デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.185-186(DK550034k) ページ画像

大正10年8月5日(1921年)

是日、東京銀行倶楽部ニ於テ、当協会主催ニヨリ、中華民国大総統徐世昌ノ使節朱啓鈐一行歓迎会開カル。栄一出席シ、会長トシテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一〇年(DK550034k-0001)
第55巻 p.185 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年      (渋沢子爵家所蔵)
八月二日 火 午後七時  支那公使胡維徳氏《(胡惟徳)》ヨリ御案内(同公使館略服)
八月三日 水 零時半   朱啓鈐氏賜餐(宮中、フロツク)東御車寄ヨリ
       午後六半時 外務大臣ヨリ御案内(同官邸)
八月四日 木 正午    日華実業協会幹部会(同会)
八月五日 金 午後五時  朱啓鈐氏ヲ御訪問(東京ステーション・ホテル)
       午後六時  朱啓鈐氏歓迎会(略服、銀行クラブ)

 - 第55巻 p.186 -ページ画像 

竜門雑誌 第四〇〇号・第七五―七六頁 大正一〇年九月 ○朱使節一行歓迎会(DK550034k-0002)
第55巻 p.186 ページ画像

竜門雑誌  第四〇〇号・第七五―七六頁 大正一〇年九月
○朱使節一行歓迎会 日華実業協会にては、八月五日午後六時より銀行倶楽部に於て、今般支那大総統徐世昌氏の親書捧呈の為め来朝せる朱啓鈐氏一行の歓迎会を催したるが、来会者は朱使節を始め胡駐日支那公使、後藤市長、外務省員其他百余名にして、会長青淵先生並に朱氏の簡単なる挨拶に次ぎ、胡氏亦起つて日支親善の緊要なるを力説する所あり、一同和気靄々裡に散会せりと云ふ。



〔参考〕中外商業新報 第一二七〇九号 大正一〇年八月二日 眼にも余る護衛裡に朱啓鈐氏の来着 氏は一語をも発せずして親善書を携へ直ちに上京(DK550034k-0003)
第55巻 p.186 ページ画像

中外商業新報  第一二七〇九号 大正一〇年八月二日
  眼にも余る護衛裡に
    朱啓鈐氏の来着
      氏は一語をも発せずして
      親善書を携へ直ちに上京
横浜電話=支那北方政府徐総統の特使として、親善書を捧呈の為め欧米の各元首を歴訪中であつた朱啓鈐氏は○中略 一日正午横浜
 入港 のエムプレス・オブ・ルシア号にて来朝した、是より先、南方大総統孫逸仙氏の特使葉夏詳氏を迎へた南方派の留学生団は、朱啓鈐氏一行の来朝説伝はると共に反対気勢を揚げ不穏なるより、万一を慮りて、当日警視庁より数十名の私服刑事来浜し警戒に就き、県刑事課と凝議の上刑事課総出にて、更に加賀・伊勢佐木両署員
 三百 余名の総動員を行ひ、一行の上陸地たる横浜新桟橋及び桜木町駅は勿論、本町通りの沿道に至る迄正服、私服巡査を配置し、警戒が物々しかつた、此陸上の騒ぎを他所に、一行の乗れるルシア号は午前十一時半港外に巨躯を現し、紺青の絵の具を溶かした様な海上を静かにすべつて港内に碇泊した○中略同氏は○中略 随行員王廷章及周治春の両氏と共に、港務部から
 差廻 された汽船大正丸に乗船し、水上署員五名に護衛されて同署前の桟橋に上陸し、税関監視部楼上に於て少憩の後、自動車にて横浜駅に到着した、同駅長室に於て新聞記者と会見する予定であつたが、自己の都合上夫を中止し○中略 午後二時発桜木町駅から東京へ……
○下略