デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商業会議所
■綱文

第56巻 p.120-121(DK560037k) ページ画像

大正11年10月6日(1922年)

是日、当会議所ニ於テ、汎太平洋商業会議出席者一行、並ニ、来日中ノアメリカ合衆国人ジョン・ピー・アイリッシュ、濠洲人マクマホンノ送迎午餐会開カル。栄一、陪賓トシテ出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK560037k-0001)
第56巻 p.120 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
十月六日 金 正午 藤山会頭より御案内(東京商業会議所)


東京商業会議所報 第五巻・第一一号 大正一一年一一月 ○汎太平洋商業会議出席員送別及び米・濠両国来賓招待午餐会(DK560037k-0002)
第56巻 p.120-121 ページ画像

東京商業会議所報  第五巻・第一一号 大正一一年一一月
    ○汎太平洋商業会議出席員送別及び米・濠両国来賓招待午餐会
大正十一年十月六日正午、当会議所に於て汎太平洋商業会議に出席せらるゝ一行諸氏の送別、並に来邦中の日米親善に努めらるゝアイリツシユ大佐、濠洲より来邦せられたるマクマホン氏を招待、午餐会を開催したり、出席者は正賓佐野善作君・石川文吾君・男爵東郷安君・阿部吾市君・服部文四郎君・アイリツシユ大佐・マクマホン君・陪賓徳川家達公・芳沢外務省亜細亜局長・永井同通商局長・広田同情報部次長・河井貴族院書記官長・渋沢子爵、井上・木村の日本銀行正副総裁団・和田・有賀・福井・米山・浅野、阪谷・中島両男爵、添田・伊東池田(謙)・井上(辰)・神戸・高山・植村・志立・岩原の諸君、其他主なる実業家、新聞通信社員、主催側本会議所議員・特別議員等総員八十二名にして、正午一同食卓に着きデザート・コースに入り、杉原副会頭挨拶辞を述べ、今回の太平洋商業会議は沿岸諸国が戦後の経済関係を国際共同の力に由り平和に協議するもので福祉を齎す事と信ず又多年日米親善に尽力せらるゝアイリツシユ大佐、日濠両国民の握手を図る為め来朝せられたるマクマホン君の御来会を得て、日米濠三国の有志が一堂に会し、相互に胸襟を披瀝して談笑の間に交驩し得ることは当会議所の光栄とする所で、太平洋会議に御参列の諸君に対し一路の平安を祈り、米・濠の両縉紳に対しては御帰国後吾人が貴国に誠意を有することを御伝声あり度旨を述べ、来賓一同の為めに杯を挙げて健康を祝し、次で佐野善作君は送別会の開催を謝し、太平洋商業会議の問題は可及的調査研究を竭し、使命を傷けざる様努力する旨を述べられ、アイリツシユ大佐は日本の工業を旺盛にし、日米共同の事業を経営せば両国人の交誼を一層親善に導くべしと説きて、此招待を受けたるを感謝し、マクマホン君は日本は商業の進歩したる国で、貴国に到着以来各方面の人士に接し、洵に深切なるに感じたり、帰国後は貴我両国の商業関係を旺にし、両国の親善を益々増進することに努力する旨を述べ、徳川公爵は太平洋商業会議に出席せらるゝ諸君が有益
 - 第56巻 p.121 -ページ画像 
なる福音を齎らさるゝ事を称讚し、アイリツシユ大佐及マクマホン両君の講話を謝し、併せて此送別宴に陪席したるを感謝せられ、主客一同歓談の後午後二時散会したり(各演説の速記は左の如し)
   ○演説略ス。


竜門雑誌 第四一五号・第七二頁 大正一一年一二月 東京商業会議所主催送迎会(DK560037k-0003)
第56巻 p.121 ページ画像

竜門雑誌  第四一五号・第七二頁 大正一一年一二月
○東京商業会議所主催送迎会 東京商業会議所にては、布哇に開催の汎太平洋商業会議に出席すべき全国商業会議所聯合会代表者服部文四郎氏・東京商科大学長佐野善作氏・同教授石川文吾氏・貴族院議員東郷安男・衆議院議員田中武雄氏並に阿部吾市氏及び過般渡来のアイリツシユ大佐、日濠親善に努力せるマクマホン氏等の送迎宴を十月六日正午より同所に於て開催したるが、来賓は前記諸氏の外、青淵先生・徳川公・阪谷男・井上日銀総裁等及び会員百余名列席し、杉原副会頭の送別辞に対し、佐野氏の答辞、アイリツシユ大佐・マクマホン両氏の謝辞あり、尚ほ徳川公の挨拶ありて午後二時散会せりと云ふ。


日米外交史 川島伊佐美著 第六三一頁 昭和七年二月刊(DK560037k-0004)
第56巻 p.121 ページ画像

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