デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
4款 日本実業協会
■綱文

第56巻 p.278-279(DK560074k) ページ画像

大正4年1月14日(1915年)

是日栄一、東京商業会議所ニ於テ、当協会副会長中野武営及ビ大橋新太郎・朝吹英二・藤山雷太・添田寿一等ト会シ、実業家ノ衆議院議員立候補ニ関シ協議ス。次イデ二十日、同所ニ於テ開カレタル当協会幹事会ニモ、栄一出席シ、右ニ関シ重ネテ協議ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK560074k-0001)
第56巻 p.278 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十四日 晴 朝来寒気強ク庭中霜柱針ノ如シ
○上略 十時半商業会議所ニ抵リ、中野・大橋・朝吹・藤山・添田氏等ト議員候補者ノ事ヲ談ス○下略


中外商業新報 第一〇三二一号 大正四年一月一五日 ○実業候補選定 渋沢・中野氏等協議(DK560074k-0002)
第56巻 p.278-279 ページ画像

中外商業新報  第一〇三二一号 大正四年一月一五日
    ○実業候補選定
      渋沢・中野氏等協議
 - 第56巻 p.279 -ページ画像 
三月廿五日の衆議院議員総選挙も追々近づき来りしが為め、渋沢男と中野武営氏の連名を以て十四日午前十一時東京商業会議所に朝吹・藤山・添田・大橋の四氏を招き、前記の両氏を合せて都合六氏会合の上来るべき総選挙に同志の議員を議員候補に立たしむる事に就て協議する所ありたり、添田寿一氏と藤山雷太氏は一座の人によりて熱心出馬を勧説せられたれど、共に其勧めを容れざりしが為め、具体的に人選するに至らず、午後二時散会したり、聞く所によれば、東京市より二名、其他各地に於て志を同ふする実業家議員を推立て大に気勢を揚ぐる筈なりと


渋沢栄一 日記 大正四年(DK560074k-0003)
第56巻 p.279 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年       (渋沢子爵家所蔵)
一月二十日 晴 朝来寒気強ク堅氷到ル
○上略 商業会議所ニ抵リ、中野・大橋・藤山・小野ノ諸氏ト実業者立候補ノ事ヲ談ス ○下略


集会日時通知表 大正四年(DK560074k-0004)
第56巻 p.279 ページ画像

集会日時通知表  大正四年       (渋沢子爵家所蔵)
一月二十日 水 午前十一時実業協会幹事会(商業会議所)


中外商業新報 第一〇三二七号 大正四年一月二一日 ○実業協会幹事会(DK560074k-0005)
第56巻 p.279 ページ画像

中外商業新報  第一〇三二七号 大正四年一月二一日
○実業協会幹事会 日本実業協会は廿日東京商業会議所に於て渋沢・中野・根津氏等各幹事出席し、実業議員の候補等に就き協議したれど何等纏る所なかりき


竜門雑誌 第三二一号・第六四頁 大正四年二月 ○青淵先生と総選挙(DK560074k-0006)
第56巻 p.279 ページ画像

竜門雑誌  第三二一号・第六四頁 大正四年二月
○青淵先生と総選挙 青淵先生の会長たる日本実業協会に於ては、今回の総選挙を機として同会より候補者を立つる由都下各新聞に伝へられしかど、此の伝説に関し国民新聞記者の訪問に対し、青淵先生は左の如く語られたる由にて、一月十四日発行の紙上に掲載せる要領次の如し。
 私は終生行政官にも、立法者にもならぬと極めて居るから、親戚知己の選挙に関する相談に与かる事はあるが、自ら其渦中に投ずる抔は思もよらぬ。若し日本実業協会が候補を立てたり、選挙に関係したりする如き事があれば、自分は自分の主義に基いて即刻会長を辞退します


集会日時通知表 大正四年(DK560074k-0007)
第56巻 p.279 ページ画像

集会日時通知表  大正四年       (渋沢子爵家所蔵)
二月廿七日 土 午前九時半 中野・添田両氏同道大隈伯御訪問(早稲田邸)
   ○中略。
三月四日  木 午後〇時半 大隈伯ヨリ御案内(早稲田邸)
   ○中略。
三月五日  金 午前十一時 実業協会例会(商業会議所)
   ○中略。
三月廿八日 日 午前八時半 大隈伯邸へ