デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
6款 社団法人日本工業倶楽部
■綱文

第56巻 p.301-302(DK560081k) ページ画像

大正6年3月10日(1917年)

是日、帝国鉄道協会ニ於テ、当倶楽部創立総会開カル。総会終了後ノ評議員会ニ於テ、栄一、当倶楽部名誉会員ニ推挙セラレ、在任歿年ニ及ブ。


■資料

中外商業新報 第一一一〇八号 大正六年三月一一日 ○工業倶楽部成る 定款議定了る(DK560081k-0001)
第56巻 p.301-302 ページ画像

中外商業新報  第一一一〇八号 大正六年三月一一日
    ○工業倶楽部成る
      定款議定了る
△創立総会 社団法人日本工業倶楽部の創立総会は、既報の如く十日午後二時より丸の内鉄道協会楼上に開かる、出席者は出資会員・推薦会員等数十名に上り、先ず藤山雷太氏満場の賛同を求めて座長に安田善三郎氏を推挙し度しと諮り、異議無く、安田氏座長席に就く、爰に愈々開会して先づ創立常務委員の一人たる大橋新太郎氏より創立事務の経過報告あり、次いで定款案の附議に入り、諸井恒平氏より一場の説明あり、之に対し有島健助・渡辺修其他の諸氏より交々質問を試み更に水田栄雄氏は会員の資格と出資とに関する条項の前後入替に就て動議を提出し、賛成あり、発案通り修正し、其他は原案通り可決確定す、夫れより評議員百二十名の選挙に入り、一会員の動議成立して座長の指名に決し、即刻出資会員中より安田善三郎氏以下百十名、推薦会員中より牧田環氏以下十名を挙げて満場の承認する所となり、之にて総会を了り、直に評議員会に移る
△評議員会 評議員会は定款の規定に従ひ評議員会々長一名・同副会長二名の選挙を為すこととなりたるが、和田豊治氏の提議にて之亦座長指名に決し、安田氏より会長として豊川良平氏、副会長として馬越恭平・日比谷平左衛門の両氏を推挙し、異議無く、爰に日比谷氏代つて座長席に就き、理事二十五名、監事五名、名誉会員十五名の選挙を行ひたるが、日比谷副会長の指名にて左の諸氏当選と決定し、同三時散会す
 △理事 団琢磨・和田豊治・大橋新太郎・中島久万吉男・郷誠之助男・有賀長文・木村久寿弥太・門野重九郎・井上公二・白石直治・服部金太郎・藤山雷太・山本悌二郎・福沢桃介・白石元治郎・内藤久寛・磯村豊太郎・植村澄三郎・諸井恒平・大川平三郎・藤原銀次郎・久米良作・神戸挙一・中村房次郎・茂木惣兵衛
 △監事 三井元之助・安田善三郎・原富太郎・森村開作・村井吉兵衛
 △名誉会員 金子堅太郎子・清浦奎吾子・渋沢栄一男・三井八郎右衛門男・岩崎小弥太男・近藤廉平男・大倉喜八郎男・森村市左衛門男・古河虎之助男・安田善次郎・中野武営・益田孝・荘田平五郎・朝吹英二・手島精一
△理事長決定 右散会後別室に理事会を開き、専務理事五名の互選を
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行ひ、結局
 団琢磨・和田豊治・大橋新太郎・中島久万吉男・郷誠之助男
の五氏当選し、更に専務理事の互選にて団琢磨氏を理事長に推挙して散会せり、因に総会当日迄出資の承諾者は総員二百名にして、其出資総額は百四万五千円に達したり、会員は現在に於て右出資者二百名と外に一口以上の出資者の推薦に成る会員四十名あり、前後合計二百四十名を算する次第なり、定款は団理事長の名を以て近く農商務省に対し認可申請を行ふ
   ○「日本工業倶楽部廿五年史」上巻(昭和十八年十二月刊)ニハ当倶楽部創立ノ経緯ヲ詳説シ、栄一ガ名誉会員ニ推サレタルコトヲ記セリ。


竜門雑誌 第三四七号・第八四頁 大正六年四月 ○日本工業倶楽部創立(DK560081k-0002)
第56巻 p.302 ページ画像

竜門雑誌  第三四七号・第八四頁 大正六年四月
○日本工業倶楽部創立 予て京浜の有力なる工業家に依り創立計画中なりし社団法人日本工業倶楽部は、去三月十日帝国鉄道協会に於て創立総会を開き、引続き評議員会を開催し、同会に於て青淵先生を名誉会員に推薦せりといふ。


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第一九頁 昭和六年一二月刊(DK560081k-0003)
第56巻 p.302 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
                竜門雑誌第五一九号別刷・第一九頁 昭和六年一二月刊
    大正年代
 年  月
 六  三 ―社団法人日本工業倶楽部名誉会員―昭和六、一一。