デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

補遺・追補

1章 補遺
節 [--]
款 [--] 7. 国際通信株式会社
〔第三編 第一部 第六章学術及ビ其他ノ文化事業 第五節新聞・雑誌・通信・放送〕
■綱文

第56巻 p.668-669(DK560150k) ページ画像

大正9年(1920年)

是年当会社、其組織ヲ改メテ株式会社トス。栄一、引続キ相談役タリ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正九年(DK560150k-0001)
第56巻 p.668 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正九年      (渋沢子爵家所蔵)
一月十二日 雨又曇 寒
○上略 午後三時半事務所ニ抵リ、樺山愛輔及米人ケネジー氏来リテ国際通信社ノ事ニ付詳細ノ報告アリテ、数年来同社ノ業務発展ノ状況ヲ知悉ス ○下略


国際通信株式会社定款(DK560150k-0002)
第56巻 p.668 ページ画像

国際通信株式会社定款
(印刷物)
    国際通信株式会社定款
      第壱章 総則
第壱条 当会社ハ国際通信株式会社ト称ス
第弐条 当会社ノ目的ハ左ノ如シ
   一、内外国ニ発生スル政治・商業・経済・社会其他諸般ノ事項ニ付記事、通信ヲ蒐集シ、之ヲ供給頒布スルコト
   二、新聞紙其他ノ刊行物ヲ発行出版スルコト
   三、印刷業
   四、以上ノ各業務ニ関聯シテ必要又ハ有益ナル諸般ノ事項
第参条 当会社ノ資本ハ金拾万円トス
○下略


渋沢子爵と国際的新聞通信事業 岩永裕吉稿(DK560150k-0003)
第56巻 p.668-669 ページ画像

渋沢子爵と国際的新聞通信事業 岩永裕吉稿
                      (財団法人竜門社所蔵)
○上略 而して其の後直ちに欧洲大戦が起り、国際通信社の事業は益々盛大となり、其の組織を改めて株式会社とし、樺山愛輔伯が社長となり串田万蔵・石井健吾・成瀬正恭・米山梅吉・岩永裕吉等の諸氏が取締役となり、阪井徳太郎・浅野良三の両氏が監査役となり、ケネデー氏が総支配人となつて、大に其の面目を新にした後に於ても、渋沢子爵
 - 第56巻 p.669 -ページ画像 
は井上準之助氏・小野英二郎氏と共に依然同社の相談役として残られ常に同社の事業の発達に力を致され、大正十五年国際通信社が解散し新聞聯合社に其の事業の一切を譲渡する迄其の職にあられたのである ○下略


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第一七頁 昭和六年一二月刊(DK560150k-0004)
第56巻 p.669 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
                  竜門雑誌第五一九号別刷・第一七頁 昭和六年一二月刊
    大正年代
 年  月
 三  三 ○上略 ―大、九、七、株式会社― ○国際通信社顧問― ○下略



〔参考〕日米関係委員会緊要書類(DK560150k-0005)
第56巻 p.669 ページ画像

日米関係委員会緊要書類          (渋沢子爵家所蔵)
    覚
一、ケネジー氏勲二等ニ叙セラレ候ニ付、此際渋沢子爵ニ於テ同氏ヲ一夕招カレ悦ヒノ意ヲ表セラレ度、尚陪賓トシテハ新設ノ外務省情報局長伊集院彦吉氏等ヲ招カレ、今後益々協力尽粋候様御詞《(瘁)》ヲ賜リ度、右ハ険悪ナル今日ノ国際情況ニ鑑ミ国際通信社ノ活動上大ニ有効ナルヘキコト
   右佐藤顕理氏ヨリ申上候様度々依頼アリタリ
○下略
  九年 ○大正十月七日            芳郎 ○阪谷
    渋沢大人