デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
2款 親族
■綱文

第57巻 p.81-83(DK570037k) ページ画像

大正6年1月19日(1917年)

是日、栄一義弟渋沢市郎逝ク。翌七年一月、栄一墓誌ヲ撰書ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正六年(DK570037k-0001)
第57巻 p.81 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正六年      (渋沢子爵家所蔵)
一月十四日 快晴 寒
○上略 八時十二分発ノ汽車ニテ王子ヨリ深谷駅ニ抵ル、十時半頃深谷駅着下車、直ニ腕車ニテ血洗島ニ抵リ、市郎ノ病ヲ見舞フ、秀雄同行ス汽車中尾高次郎モ同行ス、十一時過血洗島ニ抵リ市郎ノ病状ヲ見舞フテ後午飧ス、元治・治太郎二氏ト看護及医療ノ事ヲ協議ス、午後一時四十分深谷発ノ汽車ニ帰京ノ途ニ就ク、四時王子着 ○下略
   ○中略。
一月十九日 快晴 寒
○上略 午後二時半王子ニ帰宿、三時発ノ汽車ニテ血洗島ニ抵リ市郎ノ死去ヲ弔シ、一宿シテ葬儀ノ手続ヲ元治・治太郎二氏ト協議ス、村内ノ諸氏相会シテ深更マテ葬儀ノ準備ヲ為ス、法諡ヲ撰ミテ元治ニ示ス、夜死者ヲ弔テ十二時就寝ス
一月二十日 快晴 寒
午前七時起床洗面シテ朝飧ヲ食ス、後市郎ノ葬儀ニ関シテ注意ヲ与ヘ墓標及名旗ヲ書ス、午前八時血洗島ヲ辞シ深谷駅ニ抵リ九時発ノ汽車ニ搭ス ○下略
   ○中略。
一月二十二日 晴 寒
午前六時半起床入浴シテ朝飧ヲ食シ、畢テ旅装ヲ整ヘ、兼子・秀雄及新婦人等ト共ニ血洗島村ニ抵ル、市郎ノ葬儀ニ列スル為ナリ、王子駅ニテ汽車ニ搭ス、穂積・阪谷両家ノ一族同車ス、十時過深谷ニ抵リ腕車ニテ十一時血洗島ニ達ス、午飧後一時ヨリ葬式アリ、四時過ニシテ埋葬ヲ畢リテ家ニ帰リ、夜飧後深谷駅ニ抵リ、六時半発ノ汽車ニテ帰京ノ途ニ就ク、八時前鴻ノ巣駅附近ニテ汽車ニ故障アリ、一時間余停車ス、夜十一時頃幸ニ王子ニ帰着スルヲ得タリ ○下略
   ○中略。
一月二十九日 晴 寒
午前七時起床入浴朝食畢テ渋沢元治氏ノ来訪アリ、血洗島ノ家政ニ付種々ノ協議ヲ為ス ○下略
 - 第57巻 p.82 -ページ画像 


諄信院墓誌 (拓本写真版)(DK570037k-0002)
第57巻 p.82 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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弟渋沢治太郎君を語る 渋沢元治著 第二〇頁 昭和二七年四月刊(DK570037k-0003)
第57巻 p.82-83 ページ画像

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