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『青淵百話 : 縮刷』(同文館, 1913.07)p.544-553
七四、逆境処世法
世人は順境逆境といふことを通り言葉の如く云ふが、若し世が順調にゆき、政治が正しく行れ、何事も平穏無事ならば、順境とか逆境とかいふ場合は稀であらねばならぬ。時には運不運に因つて順境にも立ち逆境にも陥る人が無いとは言はれぬけれど、多くは其の人の勉強が足らず、智慧が足らぬ所から逆境を招致し、それと反対の智慧もあり、事物に考慮が深く、場合に適応した行り方をする人が順境に立つは自然の理である。して見れば特別に順境とか逆境とかいふものが此の世の中に存在して居るのではなく、寧ろ人の賢不肖才不能に因つて、殊更に順逆の二境が造り出されると見て差支ない。然り矣、余は実に爾か信ずるものであつて、順境といひ逆境といふとも、総て人々の心掛に因つて造りなされるものであるとして見れば、天の為せることの如くこれを称して順境である、逆境であるとは云へぬ筈である。故に一言にして順逆といふとも、其の順境となり逆境となつた所以を究め、此の者はこれ〳〵の理由で逆境に居るが、彼の人は云々の原因で順境に居るといふ場合を克く判断せぬと、これに処するの道如何をも根柢から論ぜられぬ訳である。
然らば人は如何にして順逆の二境を造るであらうか。余は今二つの例を引いてこれを説明しようと思ふ。
茲に二人が有るとして、其の一人は地位もなければ富もなく、素よりこれを引き立てる先輩もない。即ち世に立つて栄達すべき素因といふものが極めて薄弱であるが、纔に世の中に立つに足るだけ、一通りの学問はして世に出たとする。然るに其の人に非凡の能力があつて、身体が健康で如何にも勉強家で行が皆節に中り、何事をやらせても先輩をして安心させるだけに仕上げるのみならず、却て其の長上の意想外に出る程にやるなら、必ず多数人は此の人の行ふ所を賞賛するに相違ない。而して其の人は官に在ると野に在るとを問はず、必ず言行はれ、業成り、終には富貴栄達を得らるゝやうになる。しかるに此の人の身分地位を側面から見て居る世人は、一も二も無く彼を順境の人と思ふであらうが、実は順境でも逆境でもなく、其の人自らの力で左様いふ境遇を造り出したに過ぎぬのである。
更に他の一人は、性来懶惰で、学校時代には落第ばかりして居たのを、やう〳〵お情けで卒業したが、さて此の上は今まで学んだ所の学問で世に立たねばならぬ。けれども性質が愚鈍で且つ不勉強であるから、職を得ても上役から命ぜらるゝ所の事が何も彼も思ふ様に出来ない。心中には不平が起つて仕事に忠実を欠く、上役に受けが悪く遂には免職される。家に帰れば父母兄弟には疎んぜらるゝ。家庭に信用が無い位なら郷里にも不信用となる。斯うなれば不平は益〻嵩まり、自暴自棄に陥る。其処に附け込んで悪友が誘惑すると思はず邪路に踏み入り、勢ひ正道を以て世に立てぬこととなるから、已むを得ず窮途に彷徨しなければならぬ。然るに世人はこれを見て逆境の人といひ、又それが如何にも逆境であるらしく見えるのであるが、実は左様でなくて、皆自が招いた所の境遇であるのだ。韓退之が其の子を励ました『符読書城南』の詩中に、『木就規矩、在梓匠輪輿、人之能為人、由腹有詩書、詩書勤乃有、不勤腹空虚、欲知学之力、賢愚同一初、由其不能学、所入遂異閭、両家各生子、提孩巧相如、少長聚嬉戯、不殊同隊魚、年至、十二三[年至十二三]、頭角稍相疎、二十漸乖張、清溝映汙渠、三十骨骼成、乃一竜一豬、飛黄騰踏去、不能顧蟾蜍、一為馬前卒、鞭背生虫蛆、一為公与相、潭々府中君[居]、問之何因爾、学与不学歟、云々』といふ句があるが、こは主として学問を勉強することに就いて曰うたものであるとは云へ、又以て順逆二境の由つて別るゝ所以を知るに足るであらう。要するに悪者は教ふるとも仕方なく、善者は教へずとも自ら仕方を知つて居て、自然と其の運命を造り出すものである。故に厳正の意味より論ずれば、此の世の中には順境も逆境も無いといふことになる。
若し其の人に優れた智能があり、これに加ふるに欠くる所なき勉強をしてゆけば、決して逆境に居る筈はない。逆境が無ければ順境といふ言葉も消滅する。自ら進んで逆境といふ結果を造る人があるから、それに対して順境なぞといふ言葉も起つて来るのである。例へば身体の尫弱の人が、気候を罪して、寒いから風を引いたとか、陽気に中つて腹痛がするとかいうて、自分の体質の悪いことは更に口にしない[。]これも風邪や腹痛といふ結果の来る前に、身体さへ強壮にして置いたならば、何もそれ等の気候の為に、病魔に襲はるゝことは無いであらうに、平素の注意を怠るが為に、自ら病気を招くのである。然るに病気になつたからというてそれを自分の責とはせず、却て気候を怨むに至つては、自ら造つた逆境の罪を天に帰すると同一論法である。孟子が梁の恵王に『王歳を罪すること無くんば、斯に天下の民至らん』と曰うたのも矢張同じ意味で、政治の悪いことを云はず、歳の悪いことに其の罪を帰せしめんとした誤である。若し民の帰服せんことを欲するならば、歳の豊凶は敢て与る所に非ず、専ら治者の徳の如何を主とせなければならぬ。然るに民が服せぬからというて、罪を凶歳に帰して自己の徳の足らざるを忘れて居るのは、恰も自ら逆境を造りながら、其の罪を天に問はんとすると同一義である。兎に角世人の多くは、我が智能や勤勉を外にして逆境が来たかの如く云ふの弊があるが、そは愚も亦甚しいもので、余は相当なる智能に加ふるに勉強を以てすれば、世人の所謂逆境なぞは決して来らぬものであると信ずるのである。
以上述べた所よりすれば、余は逆境は無いものであると絶対に言ひ切り度いのであるが、左様まで極端に言ひ切れない場合が一つある。それは智能才幹何一つの欠点なく勤勉精励人の師表と仰ぐに足るだけの人物でも、政治界実業界に順当に志の行はれてゆく者と、其の反対に何事も意と反して磋跌する者とがある。而して後者の如き者に対して、余は真意義の逆境なる言葉を用ひ度いのである。これを前に論じたやうな種類の逆境、即ち世人は目して逆境と云ふけれども実は其の人自らが造成した境遇と、今余が論ずる如き人物行動に欠点なくとも、社会の風潮、周囲の境遇に依つて自然と逆境に立たねばならなくさせられたのとに比較すれば、其の差は如何であらうか。前者の如きはそんな境遇に陥らぬ様にしようとすれば其の人の心掛一つでどうにでもなる性質のものだが、後者はそれと同一に視る訳にはゆかない。仮令自分は如何様に思へばとて、社会の風潮、周囲の事情がこれを逆の方面に運んでゆくからには、或る意味に於て人間力の及ばぬ点がある。即ち天命に依つて然る所以であると覚悟しなければならぬ。斯の如き場合に処した人にして始めて逆境に処するの心得が必要である。故に余は此の意義に於て逆境処世法を説かんとするのである。
これに先だちて、真の逆境とは如何なる場合をいふか、実例に徴して一応の説明を試み度いと思ふ。凡そ世の中は順調を保つて平穏無事にゆくのが普通であるべき筈ではあるが、水に波動のある如く、空中に風の起るが如く、平静なる国家社会すらも時として革命とか、変乱とかいふことが起つて来ないとも断言されない。而してこれを平穏無事な時に比すれば明かに逆であるが、人も斯の如き変乱の時代に生れ合ひ、心ならずも其の渦中に巻き込まれるは不幸の者で、斯ういふのが真に逆境に立つといふのでは有るまいか。果して然らば余も亦逆境に処して来た一人である。余は維新前後世の中が最も騒々しかつた時代に生れ合ひ、様々の変化に遭遇して今日に及んだ。顧みるに維新の際に於けるが如き世の変化に際しては、如何に智能ある者でも、又勉強家でも、意外な逆境に立つたり、或は順境に向うたりしないとは言はれない。現に余は最初尊王討幕、攘夷鎖港を論じて東西に奔走して居たものであつたが、後には一橋家の家来となり、幕府の臣下となり、それより民部公子に随行して仏国に渡航したのであるが、帰朝して見れば幕府は亡びて世は王政に変つて居た。此の間の変化の如き、或は自分に智能の足らぬことは有つたであらうが、勉強の点に就いては自己の力一杯にやつた積りで不足はなかつたと思ふ。併し乍ら社会の遷転、政体の革新に遇うてはこれを如何ともする能はず[、]余は実に逆境の人となつて仕舞つたのである。其の頃逆境に居つて最も困難したことは今も尚記憶して居る。当時困難した者は余一人だけでなく、相当の人才中に余と境遇を同うした者は沢山あつたに相違ないが、斯の如きは必竟大変化に際して免れ難い結果であらう。但しこんな大波瀾は少いとしても、時代の推移に連れて常に人生に小波瀾あることは已むを得ない。従つて其の渦中に投ぜられて逆境に立つ人も常にあることであらうから、世の中に逆境は絶対に無いと言ひ切ることは出来ないのである。只順逆の差別を立つる人は、宜しく其の因つて来る所以を講究し、それが人為的逆境であるか、但しは自然的逆境であるかを区別し、然る後これに応ずるの策を立てねばならぬ。
さて逆境に立つた場合は如何に其の間に処すべきか。神ならぬ身の余は別にそれに対する特別の秘訣を持つものではない。又恐らく社会にも左様いふ秘訣を知つた人は無からうと思ふ。併し乍ら余が逆境に立つた時自ら実験した所、及び道理上から考へて見るに、若し何人でも自然的逆境に立つた場合には、第一に其の場合を自己の本分であると覚悟するが唯一の策であらうと思ふ。足るを知りて分を守り、これは如何に焦慮すればとて天命であるから仕方がないとあきらめるならば、如何に処し難き逆境に居ても、心は平らかなることを得るに相違ない。然るに若し此の場合を総て人為的に解釈し、人間の力で如何にかなるものであると考へるならば、徒らに苦労の種を増すばかりか、労して功のない結果となり、遂には逆境に疲れさせられて、後日の策を講ずることすらも出来なくなつて仕舞ふであらう。故に自然的の逆境に処するに方つては先づ天命に安んじ、徐ろに来るべき運命を待ちつゝ撓まず屈せず勉強するがよい。
それに反して人為的逆境に陥つた場合は如何にすべきかといふに、人為的から逆境を招くのは多く他働的でなく自働的であることは、彼の二学生の例に依つて釈然たる所であるから、何でも自分に省みて悪い点を改めるより外はない。前にも述べた通り、世の中のことは多く自働的のもので、自分から斯う仕度いあゝ仕度いと奮励さへすれば、大概は其の意のまゝになるものである。然るに多くの人は自ら幸福なる運命を招かうとはせず、却て手前の方から殆ど故意に佞けた人となつて逆境を招く様なことを為て仕舞ふ。それでは順境に立ち度い、幸福な生涯が送り度いとて、夫を得られる筈が無いではないか。故に己より生じて遂に逆境に立たねばならぬ運命を余儀なくされたといふ場合なら、先づ自分に就いて其の悪い点を直す、又、天命と自覚したら、其の事を処して完全の道理を尽すといふより外、逆境に対する道はあるまいと思ふ。