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『青淵百話 : 縮刷』(同文館, 1913.07)p.485-492
六六、意志の鍛錬
事物に屈託の生ずる場合、希望の達せられざる場合に際し、人は能く耐忍奮励しなければならぬと云ふ。此耐忍といふ言葉は心にも、働の上にも、乃至力にも応用の出来るもので、事実耐忍を心として一切の場合に臨むならば、万々間違の起ることは無い。而して、此の耐忍を心に置き、平素それを十分に活用する者が、即ち意志の強固の人、また意志を堅固に持つ所以であらうと思ふ。併し乍ら意志の鍛錬はそれのみで竭くるものに非ず。或る場合には新知識を吸収して次第に向上を試むるのも、確かに鍛錬の一方法たるに相違ない。して見れば日常身辺に蝟集する出来事は、一として鍛錬の材たらざるものはないが、要はそれを有意味に観るか、空々に観過するか、此の二者に由つて別るることゝなる。故に意志鍛錬を思ふの人は、日々に刻々に一些事と雖も軽視することは出来ぬ。一些事一小節も、これを用ふることの如何に因つて善悪の差を生ずるのである。
総じて世の中のことは心のまゝにならぬが多い。独り形に表はれて居る事物の上ばかりでなく、心に属することもまゝ左様なことがある。例へば、一度斯うと心の中に堅く決心したことでも、何かふとした事から俄に変ずる。人から勧められて遂に其の気になると云つたやうなこともあるが、それが必ずしも悪意の誘惑でないまでも、心の遷転から起ることで、斯のごときは意志の弱いのであると謂はねばなるまい。自ら決心して動かぬと覚悟して居ながら、人の言葉によりて変ずるが如きは、素より意志の鍛錬が出来て居るものではない。兎角平生の心掛が大切である。平素其の意中に『斯うせよ』とか『斯うせばならぬ』とか、事物に対する心掛が的確に決つて居るならば、如何に他人が巧妙に言葉を繰つても、うかとそれに乗せられる様なことはない訳だ。故に何人も問題の起らぬ時に於て其の心掛を錬つて置き、而して事に会し、物に触れた時、それを順序よく進ませるが、即ち意志の鍛錬である。
然るに兎角人心には変態を生じ勝ちのもので、常時は『斯くすべし』『斯くあるべし』と堅く決心して居た者も、急転して知らず〳〵に自ら自己の本心を誘惑し、平素の心事と全く別処にこれを誘ふ様な結果を齎らすが如きは、常時に於ける精神修養に欠くる所あり、意志の鍛錬が足らぬより生ずることである。斯の如きは、随分修養も積み鍛錬を経た者でも惑はされることのないと言はれぬものだから、況や社会的経験の少い青年時代抔には、いやが上に注意を怠つてはならぬ。若し平生自己の主義主張として居たことが、事に当つて変化せねばならぬやうなことがあるならば、宜しく再三再四熟慮するがよい。事を急激に決せす[ず]、慎重の態度を以て能く思ひ深く考へるならば、自ら心眼の開くるものありて[、]遂には自己本心の住家に立ち帰ることが出来る。此の自省熟考を怠るのは、意志の鍛錬に取つて最も大敵であることを忘れてはならぬ。
以上は自己が意志の鍛錬に関する理論でもあり、又しかく感じた所でもあるが、序を以て余が実験談を此処に附加して置き度い。余は明治六年思ふ所ありて官を辞して以来、商工業といふものが自己の天職である、若し如何やうな変転が起つて来ても、政治界には断じて再び携はらぬと決心した。元来政治と実業とは互に交渉錯綜せるものであるから、達識非凡の人物であつたら此の二途に立つて、其の中間を巧妙に歩めば頗る面白いのであるが、余の如き凡人が左様の仕方に出るときは、或はその歩を誤つて失敗に終ることが無いとも限らない。故に余は初めから自己の力量の及ばざる所として政治界を断念し、専ら実業界に身を投じようと覚悟した訳であつた。而して当時余が此の決心を断行するに方つても、自己の考案に竢つ所の多かつたのは勿論のことで、時には知己朋友よりの助言勧告も或る程度まではこれを斥け、断々乎として一意実業界に向つて猛進を企てた。しかるに最初の決心がそれ程雄々しいものであつたにも拘らず、さて実地に進行して見ると中々思惑通りにはゆかないもので、爾来四十余年間屡初一念を動かされようとしては危く踏み止り、漸くにして今日あるを得た訳である。今から回顧すれば最初の決心当時に想像したよりも、此の間の苦心と変化とは遥に多かつたと思はれる。
若し余の意志が薄弱であつて、それ等幾多の変化や誘惑に遭遇した場合にうか〳〵と一歩を踏み愆つたならば、今日或は取返しの付かぬ結果に到着して居たかも知れぬ。例へば過去四十年間に起つた小変動の中、其の東すべきを西するやうなことがあつたならば、事件の大小は別として、初一念は此処に挫折されることになる。仮に一つでも挫折されて方向が錯綜することになれば、最早自己の決心は傷けられたことになるので、それから先は五十歩百歩、もう何をしても構ふものかといふ気になるのが人情だから、止め度が無くなつて仕舞ふ。彼の大堤も蟻穴より崩るゝの喩の如く、左様なつては右に行くものも中途から引き返して左へ行くやうなことになり、遂には一生を破壊し了らねばならぬ。しかるに余は幸にも左様の場合に処する毎に熟慮考察し、危く心が動きかけたことがあつても、中途から取返して本心に立ち戻つたので、四十余年間先づ無事に過して来ることを得た。これに由つてこれを観るに、意志の鍛錬の六ケ敷きことは今更驚嘆の外はないが、しかしそれ等の経験から修得した教訓の価値も、また決して少いものではないと思ふ。而して得た所の教訓を約言すれば大略次のごときものがある。即ち一些事の微に至るまでもこれを閑却するは宜しくない。自己の意志に反することなら事の細大を問ふ迄もなく、断然これを跳ね付けて仕舞はねばいかぬ。最初は些細のことゝ侮つてやつたことが、遂にはそれが原因となつて総崩れとなる様な結果を生み出すものであるから、何事に対しても能く〳〵考へてやらねばならぬ。
凡そ事物に対し『斯くせよ』『斯くするな』といふが如き正邪曲直の明瞭なるものは、直ちに常識的判断を下し得るが、場合に依つてはそれも出来兼ねることがある。例へば道理を楯にして詞巧みに勧められでもすると、思はず知らず、平生自己の主義主張とする所よりも反対の方向に踏み入らざるを得ない様になつてゆくものである。斯の如きは無意識の中に自己の本心を滅却されて仕舞ふことゝなるのであるが、左様の場合に際会しても、頭脳を冷静にして何処迄も自己を忘れぬ様に注意することが、意志の鍛錬の最大要務である。若し左様いふ場合に遭遇したなら、先方の言葉に対し、常識に訴へて自問自答をして見るがよい。其の結果、先方の言葉に従へば一時は利益に向ひ得られるが、後日に不利益が起つて来るとか、或は此の事柄に対して斯う処断すれば、目前は不利でも将来の為になるとか、明瞭に意識されるものである。若し目前の出来事に対し、斯の如き自省が出来たらば、自己の本心に立ち帰るは頗る容易なことで、従つて正に就き邪に遠ざかることが出来る。余は斯の如き手段方法が即ち意志の鍛錬であると思ふのである。
一口に意志の鍛錬とは云ふものゝ、それにも善悪の二者がある。例へば石川五右衛門の如きは悪い意志の鍛錬を経たもので、悪事にかけては頗る意志の強固な男であつたと云つて差支ない。けれども意志の鍛錬が人生に必要だからとて、何も悪い意志を鍛錬する必要はないので、自分もまたそれに就いて説を立てる訳ではないが、心の常識的判断を過つた鍛錬の仕方をやれば、悪くすると石川五右衛門を出さぬとも限らない。それ故意志鍛錬の目標は先づ常識に問うて、然る後事を行ふといふことが肝要である。斯うして鍛錬した心を以て事に臨み人に接するならば、処世上過誤なきものと謂つて宜しからうと思ふ。
斯く論じ来れば、意志の鍛錬には常識が必要であるといふことになつて来るが、常識の養成に就いては別に詳説してあるから茲には省くとしても、矢張其の根本は孝弟忠信の思想に拠らなければならぬ。忠と孝と此の二者より組立てたる意志を以て何事も順序よく進ませるやうにし、また何事に依らず、沈思黙考して決断するならば、意志の鍛錬に於て間然する所は無いと信ずる。併し乍ら事件は沈思黙考の余地ある場合にのみ起るものでない。唐突に湧起したり、左なくとも人と接した場合なぞに、其の場で何とか応答の辞を吐かねばならぬことが幾らもある。左様いふ機会には余り熟慮して居る時間が無いから、即座に機宜を得た答をしなければならぬが、平素鍛錬を怠つた者には、其の場に適当なる決定をすることが一寸出来難い。従つて勢ひ本心に反した結末を見なければならぬ様なことになる。故に何事も平素に於て能く鍛錬に鍛錬を重ねて置かなくてはならぬ。常に心掛を其処に置き、意を専らにして事に当るならば、遂には意志の強固なことが其の人の習慣性となりて、何事に対しても動ずるの色無きを得るに至るであらう。これ実に余が意志鍛錬の工夫である。